2杯目 仕事
「さて、今日も頑張りますか」
必要最低限の家具だけが置かれた部屋で目を覚ます。
殺風景だが、俺は嫌いじゃない。
研ぎ澄まされた機能美ってやつだ。
いつものように外に出て身体を伸ばす。
朝日はまだ低く、早朝の爽やかな空気が気持ち良い。
裏の井戸から水を汲み、顔を洗う。
固く絞った布で身体を簡単に拭く。
よく冷えた水のおかげでさっぱりと目が覚める。
家に戻り寝間着から仕事着に着替え、前日に準備しておいた手荷物を持ってさっさと家を出る。
今なら朝市の屋台に間に合う。
足早に市場へと向かう。
「やっぱり朝の市場は良いねぇ」
たくさんの店、そして人々。人混みは好きじゃないが、活気ある市場の人々の営みを眺めるのは、この街が生きているのを感じられて嫌いじゃない。
「さて、今日の仕事のための糧を得ますかね」
市場を訪れる人々、そして市場で働く人々のために朝食を提供する屋台がそこら中に並んでいる。
商品をその場で加工して出してくれる店もある。
「それと、そっちももらおう」
「あいよ」
今日の仕事、ダンジョン探索に必要な消耗品も購入する。
ダンジョン探索は準備が一番大事だ。
自分の命に直結する準備を怠るやつは、すぐに死ぬ。
俺はそれを嫌というほど知っている。
そのついでに朝食の買い物もする。
パン屋で平べったく薄く伸ばされたパンを購入、もちもちとして美味いんだ。
それを軽く炙ってもらう。
油紙に包まれたホカホカのパンを革袋に入れ、次の店、川魚を扱う店で適当に魚を選びその場で捌いてもらう。
新鮮な野菜が並ぶ店で良さそうなトマトをその場で切ってもらい、すべてパンで挟む。
最後に香辛料の店でピリッと辛いスパイス盛り合わせを購入して、それにかければ俺の朝食の出来上がり。
店を変えれば無限の組み合わせが楽しめる。
俺の朝のお楽しみだ。
少し市場から外れて適当に腰掛ける。
革袋の中でまだ湯気を放っている自家製サンドを取り出し、豪快に頬張る。
昨夜あれだけ食べたが、朝にはすっかり腹が減っている。
そのくらいの若々しさを残しているのは、冒険者家業で鍛えているからだ。
「うん、うめぇ」
空腹は最高のスパイスだ。
温かいもちもちとしたパンとカリッと揚がったホロホロの魚、それにジューシーで甘味と酸味のバランスの良いトマト、それらをキリッと引き締める香辛料の味わい。
「我ながら最高の組み合わせだ!」
今日の組み合わせは絶品だな。
まあ、たいていハズレなんてないんだが……
がぶりがぶりとかじりついて、気がつけばぺろっと食べ終わってしまう。
「ふー、良い時間だな……行くか」
すっかり太陽が昇っている。
俺は市場を後にしてギルドに向かう。
ギルドは基本的に1日中開いているが、6の刻にその日の依頼が張り出される。パーティを組んで人気の討伐系依頼をするつもりもないので、7の刻あたりにゆったりと依頼を確認する。
「今日はこのあたりかな……」
ダンジョンに潜る冒険者が金を得る方法は、魔物を倒して落とすお金を直接得ることだ。
この世界の金は全て魔道具だ。
魔道具とは文字通り魔力を込められた道具で、金は神代の魔道具。
複製不可能、この世界の共通の金だ。
銅貨、銀貨、金貨、白金貨が存在しており、それぞれ100枚で上位の貨幣と同じ価値と定められている。
魔物を倒すと何故か金を落とす。神の定めってやつだ。
そして運が良いとその魔物に割り当てられたアイテムを落とす。
この落とすアイテムは多種多様で、例えばライブプラント系の魔物は野菜や植物を落とす。
オークはブター肉を落とすし、ミノタウルスはギュー肉を落とす。
高位の魔物ほど質の高い食材や道具を落とすので、俺たちは依頼を受けてそれを調達する。
余ったものは買取りに出すと、冒険者ギルドから商人ギルドへ渡り、商人たちが販売する。
もちろん、畜産や農業などをやる人間もいる。
冒険で得る食料の算出はそこまで多くない。
どちらかといえば、冒険者自身の生きるためと、一部贅沢品としての意味を持つ。
そして最後、これが冒険者の夢だが、宝箱だ。
ダンジョンに生まれる宝箱には階層によるランクもあり、金になるものが入っていることが多い。
良い魔道具でも引き当てればしばらくは食うのに困らない。
ダンジョンの最奥にあるダンジョン宝箱からは俺なんかは見たこともないようなお宝が手に入るらしい……
ダンジョン宝箱は1年に一度しか更新されないので、本当に貴重だ。
一つのダンジョンで同一人物がダンジョン宝箱を二度得ることもできない。
低級ダンジョンの宝箱を高位の冒険者が独占することができないように上手く出来ている。
だから、最奥にたどり着けるような冒険者は新たなダンジョンや、未知のダンジョンを求めて冒険をすることになる。
まさに、冒険者の夢のような話だ。
「さて、入りますか」
俺はこの街、アンピンのそばにある小さなダンジョンをメインに潜っている。
今日の依頼は10階層より下の魔物が出す野菜5キロと肉2キロだ。
俺がこのダンジョンで潜れる限界は20階層、安全に集められる。
俺はダンジョンの入口の柱に触れる。
「ダイブ、10、OK」
ふわりと浮くような感覚がすると、眼の前には洞窟が広がっている。
洞窟の壁、地面、天井は薄く光っており、薄暗くはあるが視界は良好だ。
ダンジョンの入口に必ず存在する柱。
この魔道具は10階層ごとに到達した階層まで飛ばしてくれる物になっている。
転移魔法なんてとんでもない物だが、なぜかダンジョンには必ず存在する。
10階層ごとに内部にも置かれている。
内部から外へ出るのも、帰還石という物が手に入っていれば一瞬で飛ばしてもらえる。
ただ、帰還石は魔物からのレアドロップか宝箱からたまに出るそれなりに貴重品なので、それを当てにするのは無謀だと言われている。
俺自身も長い冒険で数回しか手に入れたことはない。
しかも、帰還石はダンジョンから出てしまうと消えてなくなってしまう。
その時限りの消耗品で、手に入ればラッキーぐらいに考えておけば良い。
たまにダンジョン内部で需要と供給が噛み合うと小遣いになる。
「しかし、神様も面白い世界に俺を産んでくれたな」
こんな感じで、この世界には神様が用意した色んな仕組みがある。
俺は、そんなこの世界が嫌いじゃない。
「願わくば、引退まで健やかに過ごせますように」
先が見えている俺は、できる限り貯蓄をして、あとは適当にギルドの手伝いでもして、老いて死ぬだろう。
若い頃には血湧き肉躍るような冒険もしたが、ここが俺の限界。
それでも、毎日は充実しているし、こうしてスリルのある探検ができる……
洞窟の曲がり角の先に魔物が2体、定番のゴブリンとスライム、変な組み合わせだ。
こちらには気がついていない。俺は得物である棍棒を握りしめる。
まずは……スライムを殺る!曲がり角から飛び出し、スライムの核めがけて棍棒を振り下ろす。
ベキンっ!
手応えあり!ドロドロとスライムが崩れていく。
「ギャッギャ!」
ゴブリンは手に持った槍を突き出してくる。
「遅い!」
槍の柄を棍棒で叩き落とし、体勢の崩れたゴブリンの頭めがけて振り抜く。
べぎゃっ!
慣れた感触が手に伝わる。
致命傷だ。ゴブリンは大の字に倒れ、そしてスライムと同じようにダンジョンの地面に飲み込まれていく。
ダンジョンはこんな風に死んだ魔物や、そして人間を食らう。道具は時間がかなりかかるが、死体は早い。
汚い話だが、排泄物も同じくらい早く吸収してくれるので、色々とありがたい。
ダンジョン内でゴミを捨てるときは一箇所にまとめて部屋の隅に置いておくのがダンジョンのマナーだ。
飲み込まれた後には銅貨と……
「なっ!帰還石!?いや、そんな物に運使わなくていいよ……」
だったら何か道具とか食材を出してくれと思ってしまう。
しかし、俺は知っている。
こういう運がギリギリのところで命を救うことを……
俺はありがたく帰還石を収納袋へと収めた。
「今日のダンジョンはなんだか違う気がする〜」
軽口をたたきながら、俺はダンジョンの奥へと進む。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます