5 攻略してみようチュートリアル
小脇に抱えられてダンジョンに入ったユリシーズはプラウドの王子の背中を叩きながら、周囲の様子を見る。
石造りの廊下が続く。背後からやってくる人間はいない。
ユリシーズは懐からナイフを取り出した。瞬間、ユリシーズは放り出された。慌てて、前に前転しながら体勢を取り直した。
「あー。なんだ、そんなちっさいナイフか」
プラウドの王子はユリシーズが武器を取り出したことを物音で察知したらしい。自身の身を守るために、ユリシーズを放り投げたのだ。
「鎧通しかと思ったけど、違うみたいだな」
なんの脅しにもならない。彼の態度が物語っている。ユリシーズはナイフを自分の顔にあてがった。
途端に、彼がはあっと息を飲む。
「まままま待て待て待って」
なんでこれが脅しとして成立するんだよ。ユリシーズは自分でやっておきながら、己と現状に内心でツッコミを入れる。
「そんなちっさいナイフでも、その顔に傷が傷、ダメだダメだとにかく下ろして下ろしなさい、危ないって!」
「改めて聞くが、あんたはプラウドの王子。それで間違いないな」
「ああ。王子とはいっても、庶子の出の末席も末席。そこらの下位貴族と同じような扱いだ」
「やっぱり……!」
やはり彼は『火種王子』である。
『火種王子』とは、プラウドの取る戦略である。末席の王子にさせる捨て駒の役割だ。奪取することを狙っている隣接している領土に末席の王子をお忍びで送り込む。そこで末席の王子がその地の領民と問題を起こす。王子を傷つけられたプラウドはその領土を攻め込む大義名分を得る。
その戦略のために、プラウドの王は多妻で子を多く持つ。もちろん、捨て駒にされる王子たちには王位継承権は持たされていない。国内で大して敬われもしていない。それでも、彼らは歴とした王子なのだ。
「いきなり求婚なんてしてくるから、絶対おかしいと思ってた」
「いや、あれは結構本気なんだけど」
「お前がおかしな行動をとれば、俺はこの顔をめった刺しにする」
「やめてーー!」
ユリシーズは自身の顔の良さを知っていた。だが、それを誇りに思ったことはない。顔の良さなどは母親から受け継いだもので、自分の努力で得たものではない。自分の顔は嫌いではないが、特別好きでもない。ただの事実として知っている。それだけである。
「あんたが問題を起こすかどうかを見張ってるやつが近くにいるはずだ」
「あー。いるかも。でも、撒いちゃったかも」
ダンジョン内の通路。今見える範囲にはユリシーズとこの王子の姿しかない。この王子はユリシーズへの好感を狙ってか、ユリシーズのダンジョン内潜入を手助けした。
その際に、見張りとはぐれたと判断するべきか。
見張りはすぐにダンジョン内へと追いかけてくるはずだ。だが、あの時メディナの騎士が王子に倒されたのを聞きつけて応援の騎士達が駆け付けようとしていた。
メディナの応援の騎士達がすぐに追いついたならば、彼の見張りはすぐには追いつけないはずだ。今頃、メディナの騎士に阻まれているか、メディナの騎士達の姿を見て頃合いを見計らっているだろうか。
「今、あんたはここに一人……」
「そうだ。君は見たところそんなに荒事に向いてない。どうだ。戦いは主に私に任せて、一緒にダンジョン攻略に行かないか」
「……」
素直にうなずきたくはないが。ユリシーズは考える。何としても、この王子を秘密裏に始末しなければならない。そうでなければ、この国はプラウドに攻め込まれてしまう。
人目を忍んで誰かを葬るのに、これほど適した場所はあるだろうか。
問題は、それができるほどユリシーズは武力に長けていないということだ。
「おかしなことをすれば、俺はいつでもこの刃を使う」
「わかったわかった」
二人は連れ立って前に進みだした。
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