5-2

「わー、なんかすごい」

「ヴェエエ」

 羊飼いは、ダンジョンを進んでいた。その傍らには、山羊が一匹ついてきていた。

 クルークをふるって、向かってくる蝙蝠をバシバシと打ち落としていく。山羊も時折角を振って戦いに参加する。

 その歩みに迷いは一切なかった。




「ドロシー様、お下がりください!」

「ならん! ここで引けば、私がここに来た意味はどこにある⁉」

 ドロシーは騎士の願いを却下し、前に出てメイスを揮った。大きなネズミのような何かの頭に打撃が打ち込まれる。

 ギュッと短い断末魔を上げてその怪物モンスターは息絶えた。


 騎士の一人、ケントは頭を抱える。

「ケント。諦めろ。この方を完全に戦闘から排除することは不可能だ」

 もう一人の騎士モーリスがケントの肩に手を置いて言う。

「戦闘には参加してもらいつつ、上手いこと危険からは逃れてもらう……危険な場面はなるべく俺達が引き受ける。そうするしかない」

 モーリスは続けて小声でケントに諭す。

「わかりました」

 ケントは考えてから、頭を上げた。

「新しい部屋に入るときは、まず私が先頭に立ち、罠の有無を確かめます。それから後に続いて下さい」

殿しんがりは俺が務めよう」

「わかったわ」

 ケントが提案し、モーリスが腹案を出す。ドロシーはそれにうなずいた。その素直な様子にケントは溜息を人知れず吐く。恐らくは、彼女はその場しのぎでうなずいているのではなく、本気で是とうなずいている。なのに、いざとなれば体が動いてしまうのだろう。ケントは内心でそう結論付けた。




「うわああああ!」

 ユリシーズは声を出して気合を入れる。彼が立ち向かっているのは、小さな蛇。その姿は見覚えのあるようでいて、牙やら目つきやらが違って見えた。そして吐く毒液の色の禍々しいこと。

 普段、山で蛇などを見つけても刺激しないように素通りするだけだ。が、その蛇は出合い頭から明らかにこちらに向かって威嚇音を出しながら側に寄ってこようとする。鎌首をもたげてゆらゆらと動きながらいつ噛みついてやろうかと間合いを詰めてくる。

 剣を抜き、バシバシと叩き付けるようにその頭や身に打ち込む。何度かそれを繰り返し、ようやく倒せた頃にはユリシーズの息は大分上がっていた。


「私に任せてもらえれば……」

 ユリシーズが蛇と戦い出した時、プラウドの王子は他に出てきた小さな怪物と戦っていたが、すぐに片付け終わってユリシーズの様子を見ていた。

 ユリシーズは思わず膝を抱えて座り込み、顔を伏せた。

「雑魚は俺です!」

 やけくそになって叫ぶ。

「気が済むまでそうしてもらってもいいんだが、そうこうしている内にまた出てくると思うんだ」

 プラウドの王子の言う通り、またしてもあの蛇が部屋に入ってきた。入ってきた蛇はすぐに王子が斬り捨てる。ユリシーズはのろのろと立ち上がる。


「普段、狩りの時なんか接近戦なんかしないんだよ……」

 ユリシーズは聞かれてもいないのに、言い訳を繰り出す。

「大体は身を隠しながら獲物を探して、見つけたら弓で射って……うっかり獲物に接近し過ぎた時は目回し草を投げて怯ませて、距離をとってから弓で射って」

「ほうほう。で、その弓は?」

「壊れたから修理中なんだよ~~~~」

 使っていて、弦が切れたのだ。一緒に狩りに同行した領民が直しといてやるよと言ったので、彼に預けてそのままである。


「弓があれば……」

 呟くが、本当に弓があればこのダンジョンで戦っていけるのか? と思わされる。向かってきた蛇の怪物は結構な速さで距離を詰めてきていた。こちらは身を隠す術もなく、弓を構える暇もなさそうである。

 結局は剣などで接近戦をせざるを得ないだろう。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る