3-4

「ユリシーズ様、こないだ獲った鹿肉だよ」

 領民に通りすがりに鹿肉の燻製を渡される。

「あと、バーサの婆さんからパンだって」

「……ありがとう」

 さらにパンを渡される。ありがたいとは思いつつ、そんなに心配されるほど貧相に見えてるんだろうかと不安になってくる。

「やっぱり筋肉が足りてないから」

「はいはい」

 バルドーのぼやきにおざなりに頷く。そこからしばらく歩いていると、別の領民から木の実の詰め合わせをもらった。

 ……これは、都合が良すぎる。そこまで、積極的にダンジョンに行く気になっていなかったのに、さあ行けとばかりに食料が手に入ってしまった。



 すぐさま部屋に押し込まれそうになるのを抵抗して、屋敷内を歩く。バルドーが後ろを着いてくるが、無視する。


 ある部屋から盛んな話し合いの声が漏れ聞こえている。なんだ、とそれをこっそり聞き耳を立てる。

「では、持ち込む食料はひとまず3日分くらいにしておきましょう」

「ええ。わかったわ」

「一気呵成の攻略は諦めて、堅実にやっていきましょう」

「ええ」

 会話をしているのはドロシーと他数名。話の内容を聞くに、ダンジョンの攻略に向かう計画のようだ。


「なんで、あいつは自分で攻略しようと思ってんだ!」

「なにをいまさら。彼女がそういうお嬢さんだって知ってるだろ?」

 ユリシーズのぼやきに、同じように聞き耳をたてていたバルドーが軽口を返す。

「ほれ、とりあえず自分の部屋に帰った帰った」

 そして乱入は許されず、部屋へと追いたてられる。


 部屋に帰る際に、ユリシーズは件の騎士の妄言をバルドーにチクっといた。

「怖いよ。こんな妄想をされて頭の中で好き勝手されるなんて」

 憂いを込めた渾身の表情も、昔馴染みのバルドーには当然効かない。だが、目の前でそんな表情を見た騎士達には響いた。

 当の妄言を垂れ流した騎士は大いに落ち込み、諌めていた騎士ももっと強く言うべきだったと反省した。

「お前は要人の警護には向かないな」

 バルドーは管理者として、騎士の配置転換を告げる。

「そんなに怒んないであげてね」

「ああ」

 自分で仕向けときながらユリシーズはバルドーに寛大な処置を望む。思惑としては、好感度及び反発心の操作と、自身の罪悪感の半減を狙ってだ。

 うまくいくかどうかまでは知らない。だがやらないより、やっておいた方がいい。そんな気持ちだ。



 その日は、それからは部屋でおとなしく過ごした。部屋を訪ねてくる人はいなかった。



「お気持ちは固まりましたか?」

「うるさい」

 寝台で横になっていると、例の悪魔が真横から話しかけてくる。無遠慮にも横になるユリシーズと同じく寝台に横たわって目線を合わせてくる。

 親しげな雰囲気を出してくるが、性の匂いは感じない。あたかも友人であるかのように自然な態度で接してくる。

「お嫌でしょう。彼女に先を越されるのは」

 ユリシーズは彼への反発心から、肯定の言葉を返さない。だが、否定の言葉も返さず無言でいることで、暗に認めてしまっている。

 悪魔がくすくすと笑う。


「今なら、私があなたの攻略をお手伝いしますよ」

「お前は攻略されたいのか? 失敗させて魂を喰いたいんじゃないのか?」

 ユリシーズは悪魔に向き直る。表情が読めればいいと思ったが、薄く笑みを張り付けている男にそれは叶わない。

「私はね。ただ魂をそのまま食べたいわけじゃないんですよ。人だってそうでしょう。農作物は丹念に育て、狩猟で得た肉は丁寧に加工し、それらを美味しく調理する」

「……あー」

 なるほど。とユリシーズは得心する。

「私が得たいのは良質な欲求。素材をそのままいただきたいわけではないのです。ねえ、ぜひとも攻略してくださいませ」

 アロケルがぴっとユリシーズの胸に指を突きつける。

「あなたの育てた心をほんの少しわけていただく。それと引き換えに、私は願いを叶えましょう」

「育てた心?」

「ええ。悪心だろうが、良心だろうが、構わない。求めるのは強い願望であり、執心です」

「強い願望……」

 ユリシーズは不意に眠気を感じ出して、とろとろと目蓋を閉じた。

 おやすみなさいと聞こえた気がした。



 外から声が聞こえる。目を覚まし、身支度を整えたユリシーズは窓に寄り外の様子をうかがう。旅支度姿のドロシーが騎士数人を引き連れている。城の方へと向かっている。

 昨日の今日で……とユリシーズは苦々しく思う。

「一緒に向かわれますか?」

「いいや!」

 問いかけに否定を返して、ユリシーズは身一つで部屋を出る。

 扉の前で警護していた騎士はユリシーズを止めなかったが、距離を保って着いてきた。



「ホリー、見送りありがとう」

「ドロシー、気を付けてね」

 彼女は見送りに来たホリーと明るく会話をしていた。そこに、悲観の色はない。どこまでいっても彼女は真っ直ぐで、強靭な芯を保っていた。

「ユリシーズ様?」

 ホリーと抱擁していたドロシーがユリシーズに気づく。

「ドロシー」

「はい」

 ユリシーズはドロシーに声をかける。


 きっと何を言っても折れることはない。それでも、どうにかしてユリシーズは彼女の意志をくじけさせたい。

「俺は、お前の愛に応えられない」

「愛?」

 重々しく告げるのに対し、ドロシーはきょとんとしている。その様に、ユリシーズはカッとする。

「なぜだ! お前は俺が傷ついたから、ダンジョンに挑もうとしているんじゃないのか!」

「ええ? ……えーと、まあ、愛はありますよ。親愛とか友愛とか……」

 ドロシーは戸惑いながら、答えている。

「ならば、なぜダンジョンに挑むんだ」

「だって、悔しいじゃないですか。あの悪魔の勝手な行動で、せっかくの建国が台無しにされて」

 言いながら、ドロシーは悪魔アロケルの行動を思い出して怒りを再燃させていた。

「絶対に! あの、悪魔をギャフンと言わせてみせます!」

 怒りに燃えながら、ドロシーは声を大きくする。

「そうか……がんばれ」

「絶対に! あいつを! 泣かせてみせる!」

 ドロシーが己を鼓舞して大声をあげている。


 格好悪い。情けない。きっと誰よりユリシーズ自身がそう思っている。

 ユリシーズは今、ただの道化に成り下がった。

 そうだろうとも。ドロシーにユリシーズへの愛はあれど、そこに色恋の愛はない。

 だが、ユリシーズの側は違う。


 お前は俺の愛に応えられない。お前に俺の愛は受け止められない。お前に俺の愛は重すぎる。


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