3-3


 山の中に大きな異変はなかった。

「あっ、ユリ様だ!」

「ユリ様ーー! 遊ぼーー!」

「ユリ様ー」

 山を下りてきたところで子供達に見つかる。一斉に群がられた。

「ユリ様、抱っこ!」

「ユリ様、おんぶ!」

「あっ、待って! 腕2本しかないから、定員2名だから!」

 屈んで相手しようとしたところを背に数人、腹側に数人と群がられて身動きが取れなくなる。

「ユリ様、お花で冠作った!」

「こっちは首飾り!」

「わあ~上手に作ったねえ」

「ユリ様にあげる!」

「もらってー」

「わあー、ありがとう」

 返事をする間もなく勝手に頭や首に飾られ、それに感謝を告げる。

「ユリ様、あそこシカのうんこ!」

「えっ! やべえじゃん! こんなとこまで出てきてんの!」

 村の近くを指さされて、ユリシーズは農作物への被害が出ないか心配になる。村人と協力して猟をしなければと焦る。


「ユリ様、おしっこ……」

「え? ああ、出ちゃったか」

「ふううううう~~~」

「あああ、泣かない泣かない! 大丈夫だから!」

 子供達と押し合いへし合いしながら村に向かって歩いていく。


「ユリシーズ様、何してんだ」

 当然ながら大人に見つかった。

「あんた、こんなとこでうろついてて大丈夫なのか? 謹慎中じゃないのか?」

 やはり謹慎処分になってたか。と村人の言葉で正解を知る。


「この子に聞いたんだが、あっちのところにシカが村まで近づいてる痕跡があって」

「ユリシーズ様」

 報告していると、ぽんと肩を叩かれる。

「そういうのは、村人に任せればいいからさ」

 優しい声で幼子に諭すようにしながらぽんぽんと何度も肩を叩かれる。

「あなた、王子様なんだから」

「ユリ様、昨日の王子様の服着ないのー?」

 王子様の言葉に反応して、子供が思い出したように言う。昨日の建国祭が始まる前に、貴族籍を得た人物たちと王族は馬に騎乗したり馬車に乗ったりして街道でお披露目したのだ。

「もっと着てー」

「あれはよそから来た人をおもてなしするとき用の服だからさ」

「俺も着るべきだと思うなあ。格好から入るって言うじゃん」

 大人にも言われて、ユリシーズは苦笑するしかない。


「今日は仕事になんないからさ」

 村人の視線の先には、例の巨大な亀裂だ。

「だから、子供達は遊ばせてたんだ」

 普段農作業の手伝いに駆り出されるはずの子供達が、今日はみんなで花を摘んだりして遊んでいたのは、そういうことだ。

「立ち入ったりしないように、柵をこしらえてた」

「ありがとう」

「穴ぼこーぶわー」

「なんかね。ドーンてきたらね! グラグラって揺れてね! そしたら、地面が割れてた!」

 口を挟んでくる子供達にうんうんとうなずいて返す。


「落ちたら危ないから、近づいちゃダメだよ」

「デビーが怒られてた!」

「まだ入ろうとしてる」

「そっか。君らはダメだからね」

 デビーとは羊飼いをしている男だ。

「デビーがちょうど羊の放牧している最中に巻き込まれかけたらしくてさ。あいつに預けてた羊も全部落ちてしまった」

「そうか、被害は農地だけじゃなかったか」

「そうなんだよー。羊がさぁー」

 村人は特大のため息を吐きながらぼやく。

「そう言えば、山の方は特に大きな崩落はなかったようだが」

「ユリシーズ様……」

 また、ぽんと肩を叩かれた。

「そういうのこそ、村人とか騎士に任せればいいから」

 しょうがないなと笑われる。

「領地の様子を知ってるってのは、いい領主様になれる素質だとは思うけどさあ。あなたがこれからなるのは領主様じゃなくて王様なんだから」

 こんなに王から遠い身分の人間からもふさわしい行動をしろと言われる。

 気まずさに視線を逸らせば、話題に出てきた羊飼いの姿を見つけた。

「あいつ、まだこの辺うろうろしてんなあ。おかしな行動しないか、様子見とかないと」

「さっきまで、入れてってずっと言ってたー」

 羊飼いは亀裂を見ながら一定の距離を保って歩いていた。それは、亀裂の周りを警戒する騎士たちの動きを観察しているようにも見えた。




「あっ、ほら。お迎えが来なすったぞ」

 村人の指差す先には、遠目にもでかい男バルドーだ。

「なんだ。その花まみれの格好は。浮かれて見えるぞ」

 やって来たバルドーに花冠と花の首飾りをつけたままなのを指摘される。

「ほら。帰るぞ」

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