3-2

「今日明日は、ゆっくり休めよ! 部屋から出るなよ!」

 イリアスはそう言って、部屋を出ていった。


 よし。こっそり出るか。とユリシーズは時間を置いてから行動を始めた。

 寝台から足を下したところで

「ダンジョンはいつでもあなたをお待ちしておりますよ」

「怖いからやめろ!」

 寝台の下から例の悪魔が顔だけ覗いて言ってくるので、ユリシーズは声を出した。


 大きい声を出してしまった、と慌てて口を抑える。とりあえず、確認するべきか。とユリシーズは扉を見つめた。


「ユリシーズ様、いかがされましたか」

「お部屋からお出にならないようにと仰せつかっております」

 扉の前には騎士が二人待機していた。なるほど、とユリシーズは納得する。

 これは軟禁。いわば謹慎をしろということなのだ。それならば、そうと言えばいいのに。


「すまない。父と話ができないかと思って……昨日倒れてからのことも知りたいし」

 ここは己の顔の良さを使うべき、とユリシーズは憂い顔を作って同情を誘えるように哀れっぽい声を出した。伏し目がちに見えるようにと視線を落とす。


「陛下もユリシーズ様を気遣われておりました。きっと今日中にお見舞いに来られることでしょう」

「それまで体を休めながらお部屋でお待ちください」

「そうか、ありがとう」

 ユリシーズは素直に礼を言って、部屋に引っ込んだ……と見せかけて扉をほんの少しだけ開けておいた。

 扉の前で、騎士たちが何をしゃべるのか聞きだすつもりである。



「さすがにお美しいな、ユリシーズ様は」

「母君と瓜二つだそうだ」

「絶世の美男子が身柄を拘束され、屈辱に顔をしかめる……最高じゃないか?」

「やめろ。口を塞ぐぞ」

「罰を受けなければいけない美男子を愛のためにお仕置きができず、ただ軟禁するしかない青年と、その青年の心中を思い測れず、困惑する美男子……口では憎まれ口をたたき、きっと睨みつけながらも、非力なため抵抗もできず」

「いい加減にしろ。不敬が過ぎる」

 ぶつぶつと妄想を垂れ流す片方の騎士をもう片方が嫌そうに諫めている。


 イリアスはそんなんじゃねーよ!


 ずっと聞いていると脳が腐りそうだ。ユリシーズはそう思って、それ以上聞くのを止めた。



 部屋の中を検める。衣服は普段使いのものが揃っている。狩りの時に使っている片手剣や革製の胸当てや胴巻きもあった。

 私物は纏めて移されたらしい。


 大仰な鋼鉄製の鎧よりは革製の防具の方が狭い場所での戦闘では有利になるだろうかと考察する。


「装備品の確認ですか?」

「うるせえよ」

 期待を込めた声をかけられて、反射で言い返す。まだ行くと決めたわけではない。


 片手剣、ナイフ、投擲用の小型ナイフ。手持ちの武器はこれだけ。クロスボウは扱うのが苦手で、自前のものは持っていなかった。

 ……苦手でも所持しといて練習しとけばよかったな、と後悔が浮かぶ。行くと決めたわけではないが。



 着替え、片手剣を提げ、窓を開ける。いけるか? まあ、いけるだろう。と、縄を垂らす。地上につくほどの長さはなかったが、途中まで縄伝いに降りて、縄がなくなった先は飛び降りる。


「めっちゃここから脱出したのバレバレだな……」

 窓から垂らした縄がそのまま残っている。戻るときどうしようかと思ったが、もう堂々と正面から戻ってこようと決めた。



「うわあ……なんだこれ」

 山を登り高台から城と領地を見下ろす。城から大きな亀裂が南に向かって伸びている。その亀裂の真ん中から横方向にも亀裂が入っていた。

 縦横に十字の大きな亀裂が形成されていた。

「南北に3マイルン、東西に2マイルンというところか」

 亀裂の大きさを確認して、ユリシーズは頭を抱える。

「城の目の前……領地のど真ん中にあんなでっかい穴が……」

 穴の周辺に作業をしている人影がちらほら見える。埋めようとしているのか。簡易の柵で立入禁止の囲いを作ろうという動きも見える。


「山の中も確認するか」

 山中は領民が狩りをしたり材木を切ったり、果実やきのこや山菜などの山の幸をとったりするなど人の出入りがある。

 先のダンジョン誕生の余波を受けて崩落などしていないかがきがかりであった。

 それを確認するため、山を周る。



「あっ、そう言えばこれ……」

 しばらく山を巡った先に出てきたそれはかつての遺物。朽ちた塔が断裂したものである。

 この塔はダンジョン誕生以前から断裂した形でこの場所にあった。それがそっくりそのまま形は変わらず崩落もしないで残っている。

 それは、山中にはダンジョン誕生の影響はあまりなかったことを示していた。


「これの断裂ってかつて何かがあった証拠だよな」

 ユリシーズは独り言つ。古の塔は何か巨大な鋭利なもので断ち切ったようにきれいに切断されていた。斜めに断ち切られた塔はそのままの状態で倒れもせずそこにあり続けていた。どのくらいの年月そこにあるのか、全体に苔むして蔦や草木に覆われている。


「これ、なんなんだろうな」

 もちろん、答えはない。

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