2-3
崩壊音、悲鳴。それらが遠ざかっていく。足の支えを失ったユリシーズは崩落した床材と一緒に落ち、巻き込まれ、半身がつぶれた。
喧噪を遠くに聞く。ユリシーズは痛みに耐えながら、どうして意識が飛んでしまわないのか、と不思議に思った。
片目が開かない。つぶれたのか、確かめようにも痛む場所が多すぎて指の一本も動かせなかった。
気が狂いそう……の割りには冷静でいられている。どこか、おかしい。
ユリシーズが思案している内に、応急処置がされて腕や足は止血処理された。
聞こえてくる音に耳を傾ける。狭くなった視界から状況を見ようと唯一自由に動かせる片側の目玉を巡らせる。
哄笑が聞こえる。その声が先ほど頭の中で響いていたものと同じような気がする。
ユリシーズは誰かに抱きかかえられていた。鮮やかな色のドレス、見覚えのあるあごのラインに首筋、ブルネットの髪……ドロシーだ。
先ほど、暴言を吐かれた相手を放っておけずにこんなことをしている。こんな血でまみれた男を抱えてしまっては、せっかくの美しい衣装が汚れて台無しだろう。
彼女はつくづく人がいい。苦笑が漏れるが、表情は作られたかどうかわからない。
哄笑が聞こえる。男なのか女なのかわからないような声。そこに、野太い男の地を這うような笑い声が小さく聞こえている。
誰なんだ。知っているような知らないような……この哄笑の主は、先ほど頭の中で聞こえてきたあの声と同じか。
ユリシーズは痛みの中で考えている。周囲の喧騒はあまり耳に入ってこない。大騒ぎのはずが、どこか遠くの出来事のようにぼんやりと聞こえた。
頭に何かを押し付けられた。止血のためだろう。それをしているのは、やはりドロシーだろう。血に怯えることなく、的確に動いている。
「イッツ ア ショーゥ ターイム!」
場違いなほど明るい声が響いた。声の主は、あの哄笑の主と同じと感じた。目玉だけでその主がどこにいるのかを探す。
見つけた。だが、角度的に本来見えるはずのないところにいる。男は宙に浮いていた。上からこの広間にいる人間を見下ろしている。
だが、その姿がユリシーズにはしっかりと認識できた。
見せているのか? 俺に……
ユリシーズは朦朧としながら、意識を失えないでいた。その意識の中に、招かれない客が割り込んでくる。
黒い道化服に牡山羊のような角を持つ男だった。本当に男かどうかはわからない。どこか中性的な容姿だ。細身の体にぶかぶかの道化服は、体の線を隠している。
道化服は彼の動きに合わせてキラキラと輝く。黒い服の中に星のように小さな飾りがちりばめられていた。
「淑女並びに紳士の皆さん! この度は誠におめでとうございまーす!」
笑い声を含んだ宣言。おかしくてしょうがない。それを必死でこらえている。そんな風に聞こえる。
ユリシーズの意識の中の男も、にやにやとした顔で言っていた。
「私、魔界より参りました迷宮の支配人アロケルと申しまーす。私、こちらに新たな国が誕生したとお聞きし、祝いの品としてダンジョンを設けさせていただきましたー!」
男は迷宮の支配人と名乗った。その瞬間、目が合ったような気分になった。
声があちらこちらを行ったり来たりしている。男は中空でくるりくるりと舞っていた。
「あの、もしもし? 私の言ってること通じてますか?」
男が並べ立てる言葉に対し、広間にいる人間は次は何を言われるのかと身構えていた。そのため、男の言葉に対し、なにか反応を返すこともせず、固唾を呑んで見守っていたのだ。
男は、広間にいる人間達からの反応が返ってこないことを不審に思ってぴたりと動きを止めた。
宙から、身を乗り出してきて、人々の顔を覗き込む。近づいてきた男に人々は怯えて悲鳴を上げる。
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