2-2

「どこから見ても立派な令嬢よ!」

「言い過ぎよ。私なんて、元はただの村娘よ」

「言いっこなしよ。それはお互い様でしょう」

「貴族って本来高貴な血筋が必要なんじゃないの。こんな勝手に作っちゃっていいのかしら」

「そうねえ。でも、どこの国も建国時の功労者を取り立てて、貴族にしているんでしょう。それならば、私達の父が貴族になるのも、それほどおかしいことにはならないんじゃない」

「でも、それって大昔の話であって、現代の話ではないんでしょう」

「それはそうだけど」

 一拍の沈黙の後、姦しい笑い声が聞こえてくる。


 笑いごとか? 今後、他国に攻められるかもと思っているユリシーズは陰鬱な気分になる。下手に高位の身分を持ってしまうと、王と連座で殺される可能性が高くなる。


「とりあえず、他国のお客様をおもてなしするときに粗相がなければいいのよ。それから先のことは、時間が解決するわ」

「そうね。礼儀作法さえどうにかできれば」

「教養も馬鹿にできないわ。適切な受け答えができないと会話にならないもの。真面目に考えるば考えるほど、とんでもないことになったと思うわ……」

 ホリーがため息を交えながら語る。わかってるじゃないか、とユリシーズは思う。彼女たちの考えは楽観が過ぎるが、学ばなければという意欲を持ってくれていることには安堵を覚えた。


「気の持ちようよ。楽しいことも考えましょ」

 ドロシーの発言にユリシーズは瞬間的に苛立ちを沸き立たせる。



「美味しいかい?」

「はい」

 老婦人はユリシーズがしっかり咀嚼して嚥下するのを確かめている。

「本当に立派になったねえ。良かったよおぉ。お母様もきっとお空で安心してるよ」

「……お気遣いありがとうございます」

 気の利いたことも言えず、ただ老婦人に感謝を告げるばかりになる。もっと食べるんだよ、と言って老婦人は大勢の客の中に入って見えなくなった。


 ユリシーズは彼女の前で見苦しい真似は見せたくなかった。だが、そろそろ心は決壊しそうであった。


「今度、音楽の先生をお呼びして習うことにしたのよ。ホリーも一緒にやらない?」

「やりたい!」

「私、あれをやってみたいわ! ハープ!」

「いいわね。私はフルートが気になるわ」

「わぁ、それも素敵……」

「その先生が何ができるか次第でしょうけど、楽譜が読めるようになれば自習もできるわね」

「今まで音楽と言えば、素朴な太鼓と木笛と木琴と合唱だったけど」

「あれはあれで楽しいけどね」

「そうね。お祭りは今まで通りやりたいわ」

 その間にも少女たちの呑気な会話は続いていた。



 頭がずきずきと疼痛を訴えだした。このいら立ちを外に出してしまいたくなる。


 ――そうしなよ。強い願いは口に出して初めて叶う。


 幻聴か? 頭痛が生み出したのか、何者かのささやくような声が聞こえた。


 ――心のままに、己をさらけ出して。


 誰の声だろう。知らない。


 ――さあさあさあ。さあさあさあさあさあさあさあ。


 うるさい。うるさいうるさいうるさい。


「お前のことが気に入らない」

 怒りを込めた声が口を突いて出た。噴き出した怒りは表情を変えさせる。

 騒いでいた周囲にいた人々が一斉に止まり、こちらを見てくる。



「さっきから聞いていればなんだ。偉そうに」

 口が止まらない。偉そうなことを言ってるのは誰だ。そう思う自分がいるのに、止められない。感じている怒りは本物だからだ。



「ホリーの言うことに否定ばかりして。お前が何を知っているというんだ。元はただの村娘が。一丁前に貴族になったつもりか」

 正直、ホリーのことはどうでもよかった。だが、どいつも貴族になることを普通に受け入れていて、それでいいのかと突っ込みたくなる。死にたいのか、と。

 こっちは突然王族に上げられて困惑しているというのに。



「大体、お前は昔から言い方が上から目線だった。この俺に対してもだ」

 祝いの席をぶっ潰した。周囲の冷えた空気を肌で感じる。きっとあの老婦人もがっかりしたことだろう。そして、父の失望も想像に難くない。

 だが、もう引き返せないのだ。やってしまったのなら、最後までやり通せ。



「お前のような上から目線の人に優しくできない女と結婚なんかできるか!」

 ドロシーの物怖じせずにはっきりというべきことを言うところは実はかなりありがたかった。

 大抵の人間はユリシーズの身分と体面を気遣ってか、あるいはユリシーズを思いやる気持ちなどないからか、彼に注意をしてくることはないからだ。

 ユリシーズに気を遣わないイリアスやバルドーなどは注意ではなく子供への諭しのようになってしまってユリシーズの心に響かない。



「ユリシーズ様、いささかお酒をお過ごしになりましたか。あちらでお休みしましょう」

「俺は素面だ!」

 酒のせいにはしない。本当に飲んでないし。

 何が祝いの席だ。大きな国の一領地としてなら、なんとかやっていけるものを。戦争している国の隣でいきなり建国する神経が本当に理解できない。

 なのに、どいつもこいつもめでたいと浮かれてやがる。



「聞いているのか!ドロシー!」

 だが、その怒りをドロシーにぶつけるのは間違ってる。


 そもそもこんな風にみんなが楽しんでいる場をぶち壊すこと自体が間違っていた。

 そうだ。わかっていたのに、堪えられずにこうやって感情のままにやらかしてしまった。


 成人として、次の王として、不適格な行いだ。やり切った。やってやった。

 不思議と達成感がある。



 次はどうする。と思う間もなく。ピシリ、と不穏な音が聞こえて、足元が崩壊した。

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