2 婚約破棄だ!……からのー
快晴である。
「めでたい!」
「こんな日の酒は相当旨いぞー!」
「お前らはまだ飲めんぞ」
兵士達は浮かれていた。それを彼らをまとめる騎士が諫める。祭りの雰囲気に人々の表情は明るかった。
城内では、厳粛に建国のための式典が執り行われていた。順番に出席者が名を呼ばれて入場していく。
「わあ……。本当に王子様だわ」
「おきれいね……」
「本当にお顔だけは最高……」
令嬢たちがささやいている。式典のために着飾ったユリシーズを見て彼女達は感嘆していた。
「黙ってれば最高の王子様よねえ」
ろくにまともに会話したことないだろう、とユリシーズは内心で毒づく。
壇上でユリシーズは祝辞を述べた。堂々と紙を広げてそれを読む。
今日の良き日を迎えられたことを云々、これまでの皆の歩みと助けに感謝云々、これから王国の民として邁進云々……
大して感情も込めず、ただ紙にあるままをつらつらと読む。元々用意された文章がよかったのか、聴衆の反応は悪くなかった。いっそ堂々としたのが良かったのかもしれない。
「もっと自分の言葉を入れても良かったんだぞ」
イリアスにはそう言われた。そう告げる顔の向こうに満足げにうなずいている顔が見えている。
「これからの王国に栄光あれ! 神よ! 我らを守り導き給え!」
「我らを守り導き給え!」
王が宣誓し、祈りを捧げ、声を上げる。それに昂って聴衆が同調し声を上げる。
厳粛だった式典はそこで大いに盛り上がり、その雰囲気のまま宴に入った。
厳かな雰囲気から一転、宴は和気あいあいと盛り上がる。
「無礼講だ、無礼講!」
どこかでそんな声が上がっている。本当の無礼講を見せてやろうか、などとユリシーズは考えている。
「あいさつ回りするぞ」
イリアスに言われてともに立つ。イリアスに連れられて、あれはどこそこの家門の貴族の親類でと教えられてから彼らと会話をする。知ってる顔でも、いつの間にか肩書が変わっているのでいちいち教えてもらう。
こんなところでも手取り足取り……うんざりしつつこなしていく。
「もう少し表情を柔らかくした方が」
「いや、それはダメだ。このくらい硬い表情の方がいい」
従兄達がユリシーズの表情の良し悪しをああだこうだ言っている。
「にこにこ対応して、うっかり惚れられたらどうする」
「いい大人がそんなことないだろう」
「わからんぞ。人というものは」
また顔のせいか、と思いため息を飲み込む。従兄達が付き従うのは、ユリシーズを心配しているため。余計な失言や行動をしないように注意しているのはもちろん、降りかかるトラブルからも守ろうとしているのだ。
この二人はまるで、ユリシーズの鎧。とても重たくて自由に動かせない。
むしろこの二人の方が自由に動いている。ユリシーズよりも。そして、彼らの方がユリシーズより優秀だと評判だ。
だったら、彼らが王になってくれればいいのに。
「さて。これで主だった有力者への挨拶は終わったな」
「この会場の中にいろよ。外に出るときは声をかけろよ。見守ってるからな」
ユリシーズは一旦解放される。それでも、枷はついたままだと感じる。
辺りを見回しながら、会場を歩く。ぐるっと見てみても、向こうからユリシーズに近寄ってくる気配はない。目があっても、すっと逸らされる。人々との距離がある。まるで人望がないというのを改めて実感する。
とりあえず、知った顔を探す。
ドロシーがいた。ドロシーはホリーと一緒にいて二人で盛り上がっていた。
「ドロシー、今日のドレスきれいね! 似合ってるわ」
「ありがとう! ホリーも素敵よ。かわいいわ」
年頃の娘たちは互いの衣装を褒めていた。女達は呑気だな。とユリシーズは思う。
声をかけるか? だが、声をかけても微妙な雰囲気になりそうだ。
苦痛の時間だ。どうやって時間をつぶすか……考えていると、視界に勢いよく老婆が入ってきた。よくパンを押し付けてくる老婦人だ。
「きちんと挨拶できてたねええ! 偉いよおお!」
「あ、ああ。ありがとうございます」
身分が高いのか低いのか、よくわからない婦人だ。いつもはまったく飾り気のない、そこらの農婦と変わりない格好をしている。今日は場に合った衣装を身に着けている。どこかの有力者の奥方なんだろうか。
「ご飯は食べた? これが美味しいよ!」
「ありがとうございます」
彼女はユリシーズを見ると何かを食べさせなければと思うのだろうか。ここでも食べ物をしきりに勧めた。
彼女の相手をしながら、ユリシーズはドロシーたちの話に耳を傾けている。
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