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「先程の地震を起こしたのは、そなたか」

 男に向き合って対話を測るのは、国王だ。国王は息子ユリシーズの姿に目をやって痛ましげに眉をひそめた。


 そんな父の姿も、まるで正面から見えているかのように知ることができた。

 これはあの男からの視点だろうか。



「はい! 先程ダンジョンを作りましたので、その影響でしょう!」

「その地震の影響で我が国民が傷ついた。それが祝いの品とはどう言うことか」

 国王が怒りを滲ませて詰問するのに対し、謎の道化師アロケルはにこにこと上機嫌だ。



「はい! ダンジョンといいますのは、古今東西危険と引き換えに多くの富と名声を授けるものなのです! 伝説の宝剣! 栄華を約束する宝石! 万病を癒す秘薬! どれをとっても自慢の逸品です!」

「ふむ。危険と引き換えといったか」

「ええ。なんでも、タダというわけにはいきません! 悪魔というのは、人の魂が欲しいものなんですよ! でも、皆さん死にたくないでしょう! 魂と引き換えに契約なんて、なかなかしてくれないんですよう!」

「なるほど。そこへ宝物をエサに罠にはめようと」

 悪意に受け取った国王の言葉に道化師アロケルが首を振る。


「いいええ。確かに罠はありますが、これは騙しなんかじゃありません。正当な勝負の場、なのです。人の叡知、運、体力を試す場、なのです。そして、攻略の引き換えに報酬を得られるのです」

 アロケルの言葉に、ふむ……と王は一度間をとった。考える振りに見せて、実際にはそうではないと父の癖を知るユリシーズにはわかっていた。


「断ると言ったら」

 やはり、とユリシーズは父の答えが予想と違わなかったと思う。 

「ええ! もう、持ってきてるんですよ! もう! ここに! ある! んです!」

「……事後承諾を狙うのは止せ」

 断れない状態にすでにされている。そのことに、王は隠しきれなかった苦渋の声を漏らす。



「ダンジョン産の宝物の素晴らしさを是非、ご体験下さいませんか?私、ちょうどいいものをひとつ、持ってきているのです。こちらの品は特別にダンジョンに挑む前に、差し上げましょう」

 アロケルの発言にユリシーズは嫌な予感が止まらない。


「さあさあお立ち会い! 皆さんこの右手にご注目! こちらご覧入れますは、たった今こちらの世に誕生いたしましたる生まれたてホヤホヤダンジョンから産出されたポーションであります! 一匙塗れば表面の傷はたちどころに治り、グッと飲み干せば深い傷も、しくしくたる痛みもどこへやら!」

 アロケルが取り出したのは、そんな奇跡を起こせる薬だ。

 そして、そんな薬を欲しているはずの人間がここに一人。


 仕組まれている。


 ……ユリシーズの『視界』には、にっこりと笑いながら手に持った薬を見せつけている男の姿。その男がユリシーズと『視線』を合わせて、そこで笑みを深くする。


 狙われていたのか、俺は……


 ユリシーズは痛みの中で消沈する。


「さあさあ、お立ち合い、そちらの貴公子を助けたくば!このポーションをひとつ、お試しあれ!」

 ダメだ。それに手を付けてはいけない。ユリシーズは思うが、それを伝えられないでいた。声がなかなか出せない。



「陛下、どうかお許しください」

「ドロシー、あれに乗るのか」

 ドロシーの発言に、ユリシーズはぎくりと身を固くした。

 ダメだダメだダメだ。それに乗ってはいけない。にたりと笑ったアロケルが近づいてくる。

 アロケルの腕が本物の視界に入ってきた。ドロシーが差し出されたそれを受け取る。



「ユリシーズ様、どうかこちらをお飲みください」

「い、嫌だ。嫌だ」

 やっと声が出せた。ユリシーズのドロシーの差し出す薬を拒絶する言葉は端的で、どこか子供の駄々のような言葉になった。

 もっと真っ当に否定しなくては。取り返しがつかないことが起こりそうだというのに。



 ドロシーはふっと一息吐いた。転がっていたナイフを手に取ると、それで己の腕を裂いた。

 ユリシーズの口から、ひっと声が漏れる。


 ドロシーの白い腕を鮮血が流れていく。白く美しい腕だったのに、傷一つあるべきではないのに、それが傷つけられてユリシーズの胸は大きく軋んだ。


 ドロシーが自分で傷つけた腕に液薬を垂らす。そのしずくが傷に落ちていくのを、ユリシーズは止められずに見ていることしかできなかった。

 一滴一滴がゆっくりと落ちていくように見えた。

 もう止められない。取り返しがつかない出来事はすでに起こってしまっている。


 ドロシーはユリシーズより先に覚悟を決めただけだった。

 それでも、ユリシーズは抗いたかったのだ。何より、彼女がそれに巻き込まれる必要はないというのに。誰より逃れて欲しかったのは、彼女なのに。

 ドロシーにあんな無様な物言いをしたのも、彼女を遠ざけて逃れさせたかったからなのに。



 液薬を垂らしてしばらくした後、ドロシーはその辺にあった布で傷口を拭う。この布はユリシーズの止血に使ったテーブルクロスの切れ端か何かだろうか。

 布を取り去った後、そこにはあるはずの傷はすっかりと消えていた。


 アロケルの差し出した薬は本物だと認めざるを得なかった。その効果を確認してドロシーはうなずいている。


「失礼」

 ドロシーがユリシーズの顔を覗き込んできた。ドロシーの目は真摯で強いものだった。腹を括り切っている。


 ドロシーは薬液を一気にあおると、ユリシーズに口づけた。ユリシーズの口内に、苦みのある液体が流れ込んでくる。

 それは一気に喉奥に流れ落ち、ユリシーズはそのまま飲み込むしかなかった。


 唇を離したドロシーはユリシーズが嚥下したことを確認すると、良しと言うかのようにうなずいた。

 そして、キリッとまなじりを上げながらアロケルに顔を向ける。

「そこな悪魔! せいぜい今の内に、勝ち誇っているがいい! 私たちは、必ずここなダンジョンを攻略し、ここを平らげてみせる!」

 ドロシーは大声でアロケルに宣戦布告した。


 平らげるってなんだよ……ダンジョンを無くして平らにして見せるって言いたいのか?

 ユリシーズはドロシーの宣言を聞きながら心の中で文句を言い、体から痛みが薄れていくのを感じながら意識を失った。

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