すいーと・あそーと
栗尾りお
5分だけの特等席
公園を過ぎたところで、いつものチワワとすれ違う。もう少しすれば、後ろから園児を乗せた自転車が来るはずだ。
次の角を右に曲がれば、5分ほどで学校に着く。その前に髪だけでも確認しておこう。
胸ポケットに入れたスマホを取り出し、鏡代わりに使う。
早起きして、洗面台でいろいろセットして……最終確認も家を出る直前に済ませてきた。それでも万全の私でいたいから。
軽く前髪を整えて、最後に軽く微笑む私。そんな私の隣を自転車が園児の声と共に隣を過ぎ去った。
「よし」とそっと声に出してから、スマホをしまう。そして前へと進み、角を曲がった。
学校へと繋がる直線の道。この時間は学生で溢れかえる。背伸びして前の方を確認したり、振り返って後ろを見たり。
色々な人談笑と人の流れの中で、なぜか君の姿だけはすぐに見つかった。
小走りで人混みの中を進む。
少しでも早く。けど前髪が崩れないように。
「おはよ!」
後ろから見慣れた背中を強く叩く。「痛ってえな」と文句を言われるまでがセットだ。
「『痛ってえ』じゃなくてさ。ほら、挨拶されたらどうするの?」
「……何でそんなテンション高いんだ?」
「朝だからだけど? それより、ほら。言ってみ? おはようって。難しい? お・は・よ・う」
「……おはよう」
「はい、よく出来ましたー! 偉いですねー!」
覗き込むと恥ずかしがって、そっぽを向く君。私の可愛さに照れてると思い込むのは、少し傲慢だろうか。
君の理想になるにはまだ努力しなければならないことは山のようにある。今はまだ1番になれる自信はないけど、いつかはそう思わせたい。
そんな野望を胸に抱きながら、バシバシと背中を叩いた。
「……あっ、そうだ! 聞いて聞いてー!」
今日も君の隣を確保できたから。1秒たりとも無駄にはしたくなくて、勢いで他愛のない話を始める。
昨日、友達とあった話。授業中の小さなハプニング。最近見つけた面白い動画や行ってみたいお店など。勢いだけの私の話を彼は黙って聞いてくれる。
別々の教室に入るまでの5分にも満たない時間が愛おしくて、同時に歯痒かった。
朝起きて1番初めに話す同級生。その特等席に座れるなら、洗面台での奮闘も、無理して保つテンションも、君のためなら全然辛くない。5分くらいなら私の最大限を維持できる。
でも、ふとした瞬間に普段のことを考えてしまう。
教室では何をしているのか。誰とどんなことを話しているか。クラスの女の子とは仲がいいのか。
私はただの同級生。気持ちすら伝えていない私が嫉妬するのは変なのは分かっている。それでも不安にならずにはいられない。
君のクラスには可愛い子が多いから。
君の好きな明るい性格の子がいるから。
その子達がいい子なのを知っているから。
ここから教室までは5分くらいだろうか。僅かな時間で交わす何気ない雑談。
私たちはクラスが違う。校舎の中では関わることが少ない。だから、せめてこの時間だけは
5分だけ許された私の特等席。この場所はまだ誰にも譲るつもりはない。
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