第26話

 ロイさんの家から近い主要駅。

 あれから、ゲームしていなくて返事遅くなってごめん、私は元気だとスマホのメッセージアプリから返せば、ロイさんから直ぐに会いたいと返事があった。

 それを突き放す事もせず、ただ私は自分の感情に従って、素直に会う約束をしたのだ。

 緊張と焦燥感から少し早く着いた私は、鏡で何度も自分の姿を見返した。本当に初めての恋をしているようで、シンの時はこんな事なかったな、なんて思う。


「しぃ」


 ロイさんと会うのは二度目。だけれど、激しく鼓動が高鳴るのは同じだ。


「久しぶり」

「久しぶり……です」

「何、その他人行儀なの」


 緊張から思わず敬語交じりになってしまえば、ロイさんが苦笑する。

 やらかしたかな、なんて思って内心焦る。


「お昼食べた?」

「あ、食べてない」


 緊張で何も食べられなかった、遅めの待ち合わせ。


「俺も~。じゃあ軽く食べようか。ディナーは予約してあるし」

「え!?」


 ロイさんの言葉に驚きの声が短くあがった。今日は特にどこか行くとも聞いてなくて、ただ待ち合わせただけなのだ。


「嫌?」

「嫌……じゃない」


 私の言葉で、ロイさんは満面の笑みを見せた。それだけでもう私の心はいっぱいで、何とか軽めの食事なら出来るかなと思えるほどだ。それに、わざわざロイさんが予約をしてくれていた事に嬉しさを隠せない。

 喫茶店で軽食を食べて、映画を見て、ウィンドウショッピングをする。


「しぃの好きなもの教えて」


 そんな一言にすらドキドキしてしまって、まともに考えを巡らせる事が出来なくなってしまう。

 自分の新たな一面が色んな所で飛び出してきて、羞恥心でどうにかなりそうだと思う反面、楽しい。ロイさんと一緒に居る時間が、この上なく幸せで仕方がない。


「ロイさんは何が好きなの?」

「俺は意外とオタクだよ」

「知ってる」


 ちょっとした事で笑い合い、お互いの好みを知る。そんな些細な事でさえ、今までしてこなかった、否、する距離感じゃなかった。

 縮んだ距離に心弾ませ、ロイさんの事を沢山知る事が出来て、私はやっぱりロイさんの事が好きなのだと改めて実感する。

 その反面、「好きだった」と過去形にして送った最後のメッセージが脳裏に過る。

 ロイさんは触れてこないし、私も触れていない。実際どう思っているのだろう。

 不安が小さく込み上げるけれど、今はそれに触れられていない事に安堵しながら、この楽しさを満喫していれば辺りが暗くなっていく。


「あ、そろそろ向かおうか」


 ロイさんに案内された場所は高層ホテルの夜景が見えるレストランで、私は思わず狼狽えた。ドレスコードとか大丈夫なのかと思ったけれど、流石にお互いジーンズというラフすぎる恰好ではない。


「あの……」

「大丈夫」


 高級そうで、マナーにも自信がない。いきなり連れてこられては心の準備なんて出来ておらず、躊躇うどころか逃げ出したくなる気持ちが溢れてきたが、ロイさんの言葉で少し安心する。

 店員に止められる事もなく案内された席に着けば、そこは夜景を見渡す事が出来る、窓際の席だ。


「すごい」


 思わず出る声を止める事が出来なくて、ネオン輝く街並みを見下ろす。

 人間なんて、とても小さくて、その中の一人として居たのだと思えば少し寂しい気持ちが芽生える。でも、これだけ多くの人が居る中で、私はロイさんと出会えたのかと思えば、それは奇跡にも近い。


「喜んでもらえて良かった」


 優しい笑顔で言うロイさんに、もう何度目か分からない鼓動の高鳴りを覚える。


「ここは口コミ評価高くて、料理も美味しいらしいよ。……分からないけど」


 実際食べた事ないからと、そっぽ向くロイさんに安心感が込み上げる。ここでネットでの情報だと言われなければ、私は誰と、どんな女と来たのか想像して、また不安に襲われていただろうから。

 店がオススメするシャンパンを飲み、小前菜・前菜・スープ・魚料理・ソルベと舌鼓を打ちながら楽しむ。

 ナイフとフォークなんて滅多に使わないから、食器が当たって音が鳴る。少し不器用さが目立って恥ずかしく思うけれど、それはロイさんも同じようだ。ロイさんの方から、食器の当たる音が聞こえる度に、心で安堵する。

 私だけ出来ないなんて、置いていかれているようで。距離が離れるようで、何となく寂しいのだ。

 こんな贅沢、自分では絶対しない。もうこの先ないだろうと思い、美味しい! 最高! と言いながら、肉料理・フロマージュとゆっくり味わいながら食べ進めて行く。

 最後のデザートを食べ終わった時、ロイさんがスッとテーブルの上にカードらしきものを出した。


「上に部屋を取ってある」


 この人は、どれだけ私の鼓動を跳ね上げさせるのだろう。拒むか、それとも心のままに付いて行くか。

 チラリとロイさんの表情を盗み見れば、不安げに視線を彷徨わせていたが、口元は何とか微笑んでいた。


「行こうか」


 私が拒否をするとは思ってもいないと言った言葉使いだけれど、その手が少し震えているのが見て分かった。

 ロイさんでも緊張するのかと、戸惑いながら後を付いていけば、ロイさんから安堵のような息の漏れる音が聞こえた。

 エレベーターの中では、お互い無言の空気が流れる。

 こんな高そうな所を予約してくれたのかと思えば、気持ちが落ち着かない。一体、どういう事なのだろうと思う反面、ここまでしてもらえる事に喜びもある。

 降りて、ロイさんの後をついて行くと、とある一室の前で立ち止まった。

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