第25話

「またね」


 次がある事を願って、私も言葉を返して家に帰った。


 ――これで、私は身の置き場がなくなった。


 もうネットゲームに逃げる事なんて出来ないし、気分転換に会ってくれる人も居ない。

 リアルにそんな知り合いは居ないし、そもそも友人が居ない。


「あーあ……」


 全てを自分で手放した。

 後悔はしていないけれど、それに似た感覚が私の心に重くのしかかった。




 ◇




『しぃさん大丈夫~?』

『ゲームしよう! 付き合うよ!』

『いや、シンに悪いし……』

『シン坊ならソロでやるだろ! あいつは強い! 大丈夫!』

『私が悪いのに、シンが仲間外れとか申し訳なさすぎ……』

『女子会だと思えばシンさんも納得するよ~! 今までもあったじゃん』


 全てを二人に報告した後でも、特に変わらない関係性。相変わらず二人には心配をかけているけれど、いつもの四人組ではいられなくなっていたし、私もゲームへログインするのを躊躇っていた。

 会えば気まずいだろうし、シンもしばらく時間が欲しいと言っていたのだから、私には待つしか出来ない。


『ごめんね……流石に無理だよ』


 私がそう送れば、二人はそれ以上に誘ってくる事はなかった。

 いつもならゲームで楽しみ笑っていた時間。

 静かすぎる部屋に、心細さを感じる。ゲームをしていないだけで、いつもと同じ自分の部屋だと言うのに。

 時間をどう潰そうかなんて思いながら、無駄にブックマークを漁っていれば、以前までやっていたゲームが目についた。

 ロイさんをブロックしてから、ログインする事のなくなったゲーム。

 ロイさんだけでなく、シンやあすやん、りっぷ達とも出会えた場所。

 忘れる為に遠ざかっていたゲームにアクセスする。新しく始めたゲームから遠のいて、古いゲームへとログインしている自分に苦笑しながら、目の前に広がるゲーム画面が懐かしい昔の心を呼び起こしていく。


「三ヵ月ぶりか」


 新しいエリアでも出ているのだろうかと、運営からのお知らせを知らせるボックスを開けば、新規DMの通知があった。


「誰だろう」


 DMのボックスを開けば、差出人と件名に目を奪われた。

 久しぶりというタイトルでDMを送ってきていたのは、ロイさんだったのだから。

 一週間前に届いていたDM。

 自分からブロックしたくせに、ロイさんからのメッセージだと心が喜んで浮足立ち、すぐにメッセージを開く。


『元気してる? 配信も来なくなったみたいだし、ゲームもログインしてないみたいだね。』


 きちんと私の事を見てくれているのだという事に嬉しさを覚えながら、文章を読み進める。


『配信だけじゃなく、ゲームも楽しくなくて、ほとんどやってない。推し活とか意味の分からない事に巻き込まれた感があるし。べびぃどぉるが会おうってうるさいから一度会ったけど、すぐに解散したし。Hもしてないのに付き合えとか言い出すだけでなく、自分が彼女だと言い張って他の視聴者に喧嘩は売るし。ゲームするより私との時間を取ってとか意味の分からない事を言い出す始末で、手に負えなくなって疲れた』


 それはそうだろう。連絡先を交換して、あれだけ他者に対して牽制していたのだ。連絡内容だって、明らかに気があるものだったではないか。ロイさんも分かっていて、メッセージのやり取りをして会ったのではないのか。

 溜息が出てしまう。

 分かり切っていた事だろうとしか言えないのだ。これは女の感というやつで、男には分からないのだろうか。

 そして、会ったという一点において、心が鈍く痛む。

 Hはしていないと言うけれど、本当かどうかも分からない。まぁ、私にしていないと言い切る理由もないから本当なのかもしれないけどと、呆れながら更に文章を読む。


『しぃが居る時代が一番良かった。しぃと会って一緒に居る時間は楽しかった』


 ドキリと鼓動が高鳴る。

 誰かと比べられるのは嫌だけど、それでも楽しかったと言われれば、やはり嬉しいものなのだ。

 勝ち負けではないのだろうけど、べびぃどぉるに勝ったという優越感が少しだけ沸き起こる。


『また会いたい。良かったら落ち着いた頃にでも連絡して欲しい。俺はしぃの事をブロックしていないし、これから先もする気はないから。しぃには凄く感謝してる』


 全てを読み終えたと同時に、時が止まったかのように思考も停止する。

 これは誰からのDMだったろうという考えがよぎる程、ロイさんからとは思えなかった。だって、都合よく扱われていた筈だ。面倒臭い女なんて切り捨てて終わりで良いじゃないか。

 べびぃどぉると比べて良かったと言ったって、他にも女なんて居るのに。そんな思考が頭の中を駆け巡る。


 ――ここで連絡をしてはいけない。


 何の為にブロックしたのか。どうして断ち切ろうとしているのか。私は前に進むのだ。

 そう強く思っていても、感情面はどうしても縋り付きたくて。「一緒に居る時間が楽しかった」なんて言葉に、私もだと、もう一度会いたいと切に願ってしまっている。

 スマホのメッセージアプリを立ち上げて、ブロックリストの一覧を見れば、そこにはロイさんの名前もある。

 ブロックした後に削除してしまえば良かったのだけど、どうしてもそれだけは出来なくて、ただブロックの一覧にだけでも名前を残しておきたかったのだ。


「ロイさん……」


 もう口に出す事すらしなくなっていた名前を呟けば、自分の中から溢れる感情を押し殺す事なんて出来なかった。

 ここまで言ってもらえて、あんな事をした私に連絡をしてきてくれたロイさんを、どうして無視する事が出来るのか。

 私はブロックを解除すると、メッセージを打ち始めた。

 シンに対して申し訳ない気持ちがありつつも、あの時にハッキリわかった自分の気持ち。これ以上、偽り続けるのは無理なのだと、自身に対して諦めにも似た、吹っ切れた気持ちでメッセージを送信した。

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