第12話

 自分じゃなくて良かったという安堵感と共に、他の人は大丈夫なのだろうかと思う。そして、この人は何をしたいのだろうかとも。

 ロイさんの事を称えたいだけならば一人でやれば良いし、ネットマナーは守れと思える。

 調べている間にロイさんの配信が始まり、新装備やスキルの紹介がされていく中で、黄色いコメントが飛び交う。


「凄い……なぁ」


 凄く遠い。

 とても遠く感じる。

 同じ画面の向こう側なのに、今と昔では全然違うように思えてしまう。

 たかが配信、されど配信。

 時を追うごとに、どんどん距離が離れていくように感じる。

 応援しているのに、どこか応援できない寂しさに襲われる。


【ひなたん:コイン×100 もぉロイたんすごすぎ!】

【まいまい:コイン×100 それだけ調べたって、努力したんだね】


「だーかーらー、コイン投げなくて良いって!」


 ひなたんとまいまいを主としたコイン投げが繰り広げられている。もはや副業レベルに達していくのではないのだろうか。自分がロイさんに言っておいてだが、コインが投げられると比例したように、私の心の中には鉛が溜まっていくようだ。

 そんな時、1つのコメントに目が釘付けとなる。


 べびぃどぉる:ナルルはゲーム楽しみたいだけだもんね!


 ナルルって、ロイさんの事だよねと、どこか頭の中で理解したくない私がいた。

 親しみめいた呼び方で、ひなたんとまいまいに対して牽制するかのようなコメントに、息を呑む。

 確かに、ずっとロイさんはゲームを楽しみたいだけだと言っていた。それを知って理解しているかのような発言に、私の胸はざわついている。

 何かを感じ取ったのか、まいまいは静かになるものの、ひなたんはいつもと変わらない。


 ひなたん:そうだね! ロイたんゲーム楽しんで!

 ひなたん:ロイたんが楽しんでゲームしてるのが何よりだよぉ(はぁと)

 ひなたん:でもでも! コインも投げちゃう! ロイたん大好き! 神! 激推し(はぁと)

 ひなたん:ロイたん、しゅきしゅき~(はぁと)


 既に、ひなたんしかコメントしなくなっている配信。画面の向こうに居るリスナーは、皆私と同じように呆然と眺めているだけなのだろうか。

 そうであったら嬉しいのにと思うけれど、今はこの空気をどうにかしなきゃとも思える。

 ロイさんは、ただ無言でエリアの敵を倒して、ドロップした品を見せていくだけになっているのだから。


 しぃ:新スキルの設定はどうしていますか?


「あ、設定? 組んでるやつ出すね」


 他人行儀な感じになってしまいつつも、震える手で勇気をもってコメントすれば、ロイさんは素早く対応してくれた。


 神楽:お~! なるほど。

 きのぴー:メモっとこ!


 意思を組んでくれたのか、古参メンバーが追い打ちのようにコメントを打ってくれた。


「じゃあ今日はこの辺で~! ピックアップしたまとめ動画をまた出すね」


 微妙な空気が若干良く変わった所で、ロイさんの配信は終わった。


『ありがとう』


 すぐに送られてきたメッセージに、私の意図がロイさんに伝わった事を嬉しく感じ、胸が温かくなる。


『どういたしまして』


 反面、ロイさん自身に何とかして欲しいという気持ちも生まれてしまうのだけれど。




 ◇




<べびぃどぉる:ナルル~! また次のエリアが出た時は紹介よろしくね>

<ひなたん:ロイたんの声に、癒されにきたよぉ~!>

<べびぃどぉる:動画は勿論、配信を楽しんでね!>

<:リアル大事にして下さい>

<さくら:お疲れ様です! いつもありがとうございます!>

<ひなたん:さすが、ひなたんのロイたん(はぁと)>

<まいまい:あんまり張り切りすぎて倒れないようにね~>

<べびぃどぉる:ナルルは楽しんでるんだもんね! でも気を付けて(笑)>


 上げられた動画の中で、密かに牽制しあっていると思えるコメントが連なる中、さくらがいつもの赤ちゃん言葉でなく、他人行儀な感じに違和感を覚えた。


 過去の動画を開いて最近のコメントを見返せば、そこでもさくらを覗いた人達が牽制しあうコメントを書いている。

 どうしてこうなっているのだろう、なんて私が考えても意味がないのは分かっているけれど、考えてしまう。

 何より、見てしまえば不愉快しか感じない。それでも見てしまう自分には呆れる他ないのだけれど。

 手があいた時には、つい開いて見てしまうロイさんのチャンネル。そこにある、コメント。


<ひなたん:ロイたんかっこよす(はぁと)>


 ひなたんのコメントに、返信マークがあり、まさかロイさんが反応したのかと不安な気持ちに駆られた私は、返信を開く。

 ロイさん、いつもこういうコメントには返信しなかったのに、と思っていれば、そこに書かれていたのは予想を反する事だった。


<まいまい:もぉ良い。あんたにくれてやる>


「……え……」


 思わず、声が漏れた。

 まいまいが……離れた? まさか?

 嬉しさと戸惑いが入り交じる中、ロイさんを物のように言う不愉快もある。

 正直、私にとっては同じように嫉妬の対象だったのだ。まぁ、マナーのあるなしから、ひなたんは不快レベルではあり、まいまいに関しては嫉妬だけだったのだけれど。

 だからこそ、まいまいの方が離れるという事に、一瞬さくらの存在が脳裏によぎった。

 ひなたんは、一体どこまで何をしているのだろうか。

 ロイさんのファンが減っていく事に対して、何も思わないのだろうか。それは、本当にファンと言えるのだろうか?

 増えていた登録者数の中、動画にコインが投げられた後、一人減った。


【まいまい:コイン×500 今までありがとう。】

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