第10話

『最悪、シン坊に護衛頼め!』

『ストレッチやマッサージ! 自分ケアで暇な時間なくそう!』


 暗い話題の筈なのに、二人は面白くやりとりしてくれる。


『最近、爪の調子が悪いから、ネイルしたら割れるかな?』

『タンパク質とれ!』

『爪に保湿をして!』


 ここで話していても解消されない悩みだけど、愚痴って気持ちを吐き出した後は、女子トークで気分を明るく変える。


『あ、ごめん。良い話題になったとこだけどさ。ロイナルのチャンネルを見て来たんだわ』

『あすやんさん、なんか見たのー?』


 メッセージの返事はせず、私はロイナルちゃんねるを立ち上げる。


『いや、そのひなたんの方向性が、またおかしなトコに言ってるんだよ。昔の動画コメントの返信から見返してみ?』


 あすやんが言った通りに、昔の動画を開ければ、いくつかのコメントにある返信の数が二とか三に増えている。それを開けて見てみれば、想像の斜め上を行く、ひなたんのコメントがあった。


<ひなたん:イチコメすごーい! ひなたんも頑張ろ!>

<ひなたん:うんうん! ロイたんって凄いイケボだよね!>

<ひなたん:わかる~! ロイたんかっこいい!>

<ひなたん:ロイたん大好き仲間だね!>


 注意されたからなのか、ロイさんに対してコメントするのではなく、ロイさんに対して褒め称えているコメントに賛同する返事を書き込んである。

 正直、私もここまで見ていなかったから、驚きしかない。


『うわぁ。ひなたんさんって人、仕事してないのかな?』

『専業主婦とかだったら大草原案件』

『あすやん、よく見つけたね』

『ひなたんという奴の危険度を知りたくてw』

『これは本当に危険すぎる。しぃさんが心配!』

『しぃ、今までみたいに距離感を保って、コメントしない方が良いんじゃないか?』


 怖い。

 けれど、ここまで好きという気持ちを全面に出せるのは凄いと思う反面、気持ちが悪い。


『ネットリテラシーは、どこに行ったんだろうねぇ』

『何それ? ネットマナー的なの?』

『そそ。ロイナルちゃんねる、民度が低く見えるなぁ』


 結局、話題だけでなく気分も変えられず、気持ちが落ち込んだままグループメッセージはそこで終わった。

 配信や動画のアップがなくとも、コメント欄でリスナー同士が絡むという中、ロイさんからは他愛ないメッセージが来る日々。

 ロイさんは気にしていないのだろう。

 私もあえて、そこを聞いたりはしない。知らないふりだ。

 いちいち言ってしまえば監視されているように思えて、不快な気分にさせてしまうかもしれない。だったら、見なければ良い話なのだけれど、どうしても気になってしまう。それは、私の悪いところなのだろう。


『週末だから、今夜は配信するよ!』

『やった! 楽しみ!』

『そして休日は動画編集に勤しみます(笑)』

『脳に休日がない(笑)』


 いつもと変わらないやり取りだが、ロイさんの報告を素直に喜べない自分が居る。

 どこか複雑で、いっそ教えてくれなければ良いのにと思うのは、見たくないコメントが多々あるからだろうか。それでも、教えられた配信時間までに仕事と家事を終わらせ、準備万端で待機してしまうのだ。


 さくら:いちばんのりにゃー!

 ひなたん:流石さくらちゃん! 負けたぁ。


「はぁ……」


 待機画面になった途端、打ち込まれたコメントに溜息が出た。これだけで既に気分は憂鬱で、楽しみにしていた気持ちが激減している。


 さくら:ひなたんしゃん、こんばんわぁ。

 ひなたん:さくらちゃん、こんばんわぁ! 配信楽しみだね!


 二人だけの世界が繰り広げられている。

 これを見ている人の事なんて、きっと何も気にしていないのだろう。なんか、とてつもなく不愉快だ。


「こんばんわ! 今日は新しいエリアの探索をしようと思います」


【ひなたん:コイン×100 きゃ~! ロイたん(はぁと)】

【さくら:コイン×100 待ってたにゃ(はぁと)】


「いや、投げなくて良いって」


 ロイさんの声で気分が浮き上がるかと思いきや、コインとコメントで一気に気分を害した。

 呆れ果てた、無機質なロイさんの声も良いけれど、ひなたんに対して不快さだけが増していく。


 神楽:まだ行ってないや! よろしく!

 ひなたん:あ、神楽ちゃんも居るぅ~!


 神楽さんにまで、と思ったのだけれど、ひなたんのコメントに対して神楽さんは返事をする事がない。


 古くから居る神楽さんのコメントは、それなりに場を考えて発せられている事を思い出す。古くと言っても少し前だけど、その時は視聴者全員マナーも良かったのに、なんて感傷に浸りながら配信に目を向ける。


「あ~、ここ絶景ポイントかも!」


 ひなたん:ロイたん似合う~!

 きのぴー:敵はどう? クセあるの居る?

 ひなたん:あ、それも大事だよね! ロイたん、どうかな~?


 動画へのコメントが注意されたから、配信でロイさんに絡みまくるひなたんは、とてつもなく異様に見えた。


「とりあえず敵はそれなりにレベルが必要な位で、今の所クセのある奴は居ないかなぁ」


 ひなたんの一人独壇場か。そうコメントしたくなる気持ちを抑えていれば、スマホから通知音が鳴った。


『えげつないな』

『しぃさん、大丈夫~?』

『見てたの?』


 グループメッセージを読んで苦笑いが浮かんだ。二人にはそれだけ心配かけていたのだろう。


『勿論だよ! あのコメントからの配信だからね!』

『何あれ。ちゃんねる乗っ取り? 彼女気どり? どちらにしろ痛い。息子があんなの彼女として連れてきたらって想像したらゾッとした』

『草生えるw』


 あすやんの言葉に笑い、グループメッセージでやり取りして、心に余裕を持ちながら配信を眺めた。

 コメントすれば絡まれる可能性もある。私はひなたんと関わりたくないし、絡みたくもない。

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