第9話

『動かしてないけどね。同じハンドルネーム使ってるから検索でもかけたのかな』

『検索してみよう。てか危ないよ!?』


 そうして見つけた、ロイさんのサブ垢。そこにはしっかりと居住地が書かれていた。と言っても都道府県表記で止まっているのだけれど、私の隣県だという事が分かった。


『まぁ男なんで。地域だけバレたとしても平気。てかしぃ、もしかして家近い?』


 ドキンとした。

 ロイさんも明日の天気予報を見たのだろうか。


『ストーカー平気と?(笑)うん、隣県だね』

『いや、平気じゃなかったわ! ストーカー無理! 気を付ける! そしてしぃは会える距離にいると(笑)』


 また、ふざけてそんな事を言うのだろう。ロイさんは最寄り駅まで私に教えて来た。


『気を付けて~(笑)そこなら電車で二時間くらいじゃないかな?』


 自分の最寄り駅を教える事はしなかったけれど、素直に返事だけはした。近距離ではないが行けない距離ではない。


『会いたくなったら会おう(笑)』

『ハイハイ』


 茶化したようにメッセージを送っているけれど、思いがけずロイさんの最寄り駅を知れた事に嬉しさを覚えている中、そんな冗談を言われては、高ぶった心臓の音が頭に響いていくようだった。

 けれど、内心は疑心暗鬼でいっぱいだったりする。

 実は教えたとか? 本当にばれただけ? 仲いいの? もう会った? 気になっているの?

 放たれる事のない言葉が、次から次へと脳内を駆け巡る。そのほとんどが、悪い想像だ。

 現実には起こっていない、ただの予測で不安に襲われる。良し悪し関係なく、確かなものとする為に、何か情報はないのかとコメントを隅から隅まで読み始めてしまう。


<さくら:イチコメ!>


 配信だけでなく動画投稿までも、さくらは待機しているのだろうかと思える。

 それとも……真っ先に教えている?

 見れば見る程、悪い考えが頭を支配していってしまうのに、それでも全てのコメントを読み漁る為に、最初の動画から開いてしまう。

 そこには、嫌悪と不快感で背筋が凍りそうになるコメントの山があった。


<ひなたん:おはよ~!>

<ひなたん:休憩中かな? お昼ちゃんと食べた?>

<ひなたん:ロイたんの声聞きながら眠るね(はぁと)おやすみなさい(はぁと)>

<ひなたん:コメ返も良いけど、ロイたんも早く寝なきゃだよ~?>


 怖いという恐怖心と、ネットマナーが悪い事への嫌悪感や不快感、そして……彼女なのかと勘繰りたくなる程の嫉妬。

 色んな感情が入り交じりながら、震える手でスマホを操作する。


『過去の動画でのコメントも見たけど……ひなたんって人、大丈夫なの? 彼女とかなら問題ないのかな? でも危ないよね?』


 若干の探りも入れて送れば、ロイさんはまだ寝ていないのか、すぐに返事がきた。


『彼女じゃないし。どれ?』


 私は画像を撮って送る。

 本当にネット内で情報を調べて集めているのだとすれば、怖すぎる。


『コメントの返事してる時間から推測されたのかな。返事はしてないんだけど……さすがに止めてって言うわ。』

『連絡先知ってるの? 知っていてスルーしていたのなら良いんだけど』

『ゲーム内でフレンド申請来てたから、一旦承認してメッセージ送るよ。さすがに配信やコメ返で言うわけにもいかないし。しぃが不安がってるみたいだから、こういうコメント止めてもらう』

『不安というか……ネットの怖さ?』

『そりゃあるでしょ。ゲームにログインしてくるわ。またね』


 行動の速さに驚く。ロイさんは知っていてスルーしていたのに、私が言ったからコメントを削除した上、不安にならないように動いてくれる。それがとても嬉しく思え、涙しそうになる。

 そして、ネットの怖さも実感した。ロイさんは男だから怖くないのだろうか。私なら直ぐに配信を止めてしまいそうな案件だ。

 改めてコメントを見返せば、一部返事のしようがないコメント以外、ロイさんは返事をしている。その投稿時間を見ていれば、確かに朝・昼・夜と、ロイさんの生活リズムが分かるようだ。

 けれど、投稿された時間は、その日のうちならば〇分前、〇時間前となっているだけで、次の日になれば〇日前とかになるのだ。どれだけチェックをしているというのだろう。

 私も、自分自身が嫌になる程チェックをしていたと思っていたのだけれど、それ以上もあるのか。


「今頃、ひなたんと絡んでるのかな」


 ただの注意にも、絡んでいるなんて言葉が出てきてしまう程に、私の心は嫉妬に染まっているのだろうか。

 女子グループにメッセージを送ろうにも、自分の中で未だに感情の整理がつかず、文字に起こす事が出来ない私は、次の日に報告した。


『何それ、こっわ。ネットストーカーか!』

『ヤッバー! 暇人すぎる!』

『それ言ったら私もだけど……』


 チクリと胸に刺さる言葉だけど、否定しようがない私は肯定を返す。


『しぃはバレないようにしてるし、相手に不快感与えてない』

『しぃさん、ファン達に牽制とかしないようにね? 怖いよ。行動力がおかしい人だよ』

『絶対しないよ! 家に突撃されそうで怖いって!』


 表立っては、ある程度の距離感を持たないと。そう改めて思い知らされる。

 好きだけど、誰だって我が身は可愛いものだ。

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