誕生日
夜会まで後一週間。その日の朝、ガブリエラは食卓で新聞に目を通し、思わず声を上げた。
「あ」
「どうした?」
マティアスが、朝食を食べる手を止めて聞いた。
「……いえ、何でもありません……」
ガブリエラは誤魔化した後、心の中で焦っていた。実は、今日はガブリエラの誕生日である。色々大変な事があって、今新聞の日付を見るまで忘れていたが。
この世界では、自分の誕生日を祝う準備を自分でする習慣がある。本当は、今まで良くしてくれたマティアス達への感謝の気持ちを込めてパーティーを開きたいが、皆夜会に向けて忙しく準備してくれている。呑気にパーティなどしている場合ではない。しかし、何もしないというのも……。
悩んだ末、ガブリエラは決めた。
その日の夜、食堂のテーブルに並んだ料理の数々を見て、マティアスとリディオは目を丸くした。
「……おい、どうしたんだ、豪勢じゃないか」
「随分と手間がかかっていますね」
「……実は、今日、私の誕生日なんです」
しばらくの沈黙の後、リディオが口を開いた。
「おめでとうございます」
「ありがとうございます、リディオさん」
マティアスも、ハッとなって言った。
「……おめでとう。……しかし、何で今まで言わなかったんだ?」
「今日新聞を見るまで、忘れてたんですよ。……皆さん夜会に向けてお忙しそうですが、私が無事誕生日を迎えられたのは皆さんのおかげですから、何かしらの形で感謝の気持ちを伝えたいと思いまして……」
「……そうか……」
食卓に着いたマティアスは、ガブリエラの作った料理を口にして、穏やかに微笑むと言った。
「……おいしい」
次の日、ガブリエラが世話になった皆にプレゼントを渡したいと言ったところ、マティアスが付き添うと言ってくれた。黒髪のウィッグをかぶり、マティアスと一緒にベルナルド、プリシッラ、ロマーナにプレゼントを渡して回ると、皆一様に喜んでくれた。ちなみに、ガブリエラにはお金が無いので、全員に手作りのクッキーを渡した。
帰り道、馬車が街の大通りを走っていると、マティアスが急に「止めてくれ」と御者に言った。
「どうしたんですか?」
「この店に寄って行こう」
そう言ってマティアスが指さしたのは、装飾品等を売っている店だった。
「え……私、お金ないですよ」
「俺からの誕生日プレゼントを買うんだから、お前が金を出さなくてもいいんだよ」
「でも……」
「店の者には悪いが、高価な物を買うわけじゃないし、俺は、お前と会えて良かったと思ってる。だから、何かプレゼントしたいと思ってるんだが……ダメか?」
正直、嬉しい。ガブリエラは、マティアスと一緒に店に入る事にした。
店に入ると、沢山の素敵な装飾品が目に入り、ガブリエラの心は踊った。ふと近くの陳列棚を見ると、茶色い宝石が嵌ったペンダントが目に入った。マティアスの瞳の色に似ている。タイガーアイという名前の宝石らしい。
「これが欲しいのか?」
マティアスが、声を掛けてきた。
「そうですね……ねだるつもりは無いんですけど、このペンダントに惹かれています」
「ふうん……お前、前にビアンコとドレスの話をしていた時、紫が好きだって言ってなかったか?」
「ええ、でも……これが良いんです。マティアス様の瞳の色に似ている、このタイガーアイが」
「そうか……。これは値段も他のペンダントに比べてそんなに高くないし、これを買おう」
そう言って、マティアスは店員を呼んだ。
帰りの馬車の中で、ガブリエラは嬉しそうにペンダントの入った小箱を眺めていた。そんなガブリエラを見ていたマティアスは、声を掛けた。
「ガブリエラ」
「何でしょう?」
「……改めて、誕生日おめでとう」
「ありがとうございます、マティアス様」
今、ガブリエラは危険な立場にいるが、それでも今だけは、この幸せを噛み締めていたいと思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます