overdose
夜会の日まで、あと三週間となった。作戦会議に参加したメンバーは、皆忙しい日々を過ごしている。
そして、ロマーナは、クリストフとエミーリアの墓の前にいた。花を供えに来たのだ。
「……ありがとう、ロマーナ」
庭に出て来たマティアスが声を掛ける。
「恩人の墓参りをするのは当然の事よ」
そう言って、ロマーナはマティアスの方を振り返った。そして、じっとマティアスを見た後、眉根を寄せた。
「……あなた、また顔色が悪くなったんじゃない?」
「……そうか?」
「そうよ。……ねえ、あなた、牙を隠す薬、平均で一日何回飲んでる?」
「……二回」
「本当は?」
「……三回」
ロマーナは、呆れた表情になった。
「飲み過ぎよ。あの薬、通常は一日一錠、多くても一日二錠飲むものなのよ。……貧血の症状は、どれくらいの頻度で出ているの?」
「……最近は、毎日出てる」
「多いじゃない!」
「……仕方ないだろう。最近、断れないような仕事を色々頼まれて、人に会う機会が増えてるんだから。」
「……その仕事を引き受けてるのは、ガブリエラのため?」
マティアスは、無言で目を逸らした。
「あなたが無理してる事、ガブリエラは知ってるの?」
「知ってるわけないだろう。知ってたら、あいつはどんな手を使ってでも俺を止めてる」
「……そう。なら、私、ガブリエラに言ってあなたを止めてもらうわ」
「待ってくれ」
マティアスは、切実な顔で訴えた。
「ガブリエラの無実を証明する為には、必要な事なんだ。……せめて夜会の日までは、黙っていてくれないか」
しばらく沈黙が続いた後、ロマーナは溜息を吐いた。
「……わかった、言わないでおく。でも、なるべく自分の身体を大切にしてね」
「ああ、恩に着る」
そう言って、マティアスは屋敷に戻っていった。
マティアスの背中を見ながら、ロマーナは小さく呟いた。
「……馬鹿な男」
マティアスは書斎に戻ると、机に向かった。書類に目を通してすぐ、眩暈がした。今はまだ午後二時。夕食を取れば治まると思うが、それまでガブリエラに悟られずに済むだろうか。
そんな事を考えていると、部屋のドアがノックされた。「入っていいぞ」と声を掛けると、ガブリエラが入って来た。その顔を見て、マティアスは目を見開いた。今にも泣きそうな表情をしている。
「……どうしたんだ?」
ガブリエラは、机の前まで歩み寄ると、言った。
「マティアス様、これからは、毎日私の血を吸って下さい」
「お前、急に何言って……」
マティアスは言いかけたが、ガブリエラの目を見て察した。
「……お前、さっきの話を聞いてたのか……」
ガブリエラは、頷いた後に言った。
「マティアス様が他人の為に無茶をする性格なのは、ここ二か月でよくわかりました。なので、もうマティアス様が無茶をするのは止めません。……でも、苦しかったら言って下さい。私に出来る事があったら、言って下さい」
ガブリエラの目から、涙が零れていた。マティアスは立ち上がると、ガブリエラにハンカチを渡した。
「わかった。……わかったから、泣くな。……お前に泣かれると、辛い」
ガブリエラは、涙を拭いたハンカチをマティアスに返すと、聞いた。
「……今は、貧血の症状は出ていませんか?」
「……実は、さっき眩暈がした」
「やっぱり、症状が出ているんですね……私の血を吸って下さい」
「……そうさせてもらう。ありがとう……」
マティアスは、ガブリエラの肩に手を置いて、首筋に牙を食い込ませた。
ガブリエラは、ヴァンパイアである自分の健康まで気遣ってくれる優しい人間だ。早く元の生活に戻れるようにしてやりたい。今でもその気持ちに変わりはないが、もう少しガブリエラ自身の心に寄り添う努力をしよう。マティアスは、そう思いながら血を飲み込んだ。
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