黒髪の薬師4

 そんなある日、たまたま外出していたロマーナは、マティアスと黒髪の女性が孤児院から出てくるのを見た。その女性は、緑色の服を着ていたが、その服は泥で汚れているようだった。マティアスは、その女性に優しい眼差しを向けていた。


 二人はどういう関係だろうと思っていたが、ロマーナはある事に気付いた。マティアスは最近、顔色が良い日が多い気がする。人間の食べ物だけでヴァンパイアの顔色が良くなるだろうか。もしかしたら、あの女性の血を吸っているのかもしれない。それなら、あの女性をマティアスから解放しなければ。……いや、自分はただ、マティアスがのうのうと生きているのが許せないだけかもしれない。

 そう思いながら、ロマーナは、その女性をマティアスから引き離す計画を立てた。


「……その女性が、ガブリエラ様、あなたよ」

 ロマーナは、話し終えると、マティアスを睨んだ。

「どう?自分の正体を暴かれた気分は。どうせ、ガブリエラ様の事も騙してるんでしょう?あの日の事、あなたの口から真実を話しなさいよ」


 マティアスはうまく取り繕おうとしたが、口が勝手に動いた。

「……イデアの血を吸ったのは……事実だ。そうしなければ……ロマーナは……死んでいた……」

「……どういう事?」


 あの日、たまたま店の側に来ていたバルト一家は、男が発砲した後、すぐに異変に気付き駆け付けた。クリストフが「何やってるんだ!」と叫ぶと、男は逃げて行った。

「待て……いや、追いかけている場合じゃないな」

 クリストフは、倒れているイデアの元に駆け寄った。

「……出血が酷いな」

 エミーリアが、ロマーナの傷口を見て言った。

「こちらも酷いわ。……二人共助けるのは、無理だと思う」


 イデアは、瀕死の重傷を負いながらも、必死に言葉を発した。

「……お願い……ロマーナだけでも……助けて……」

「エミーリア、ロマーナに血を飲ませろ!……しかし、マティアスを含めて私達三人の血を飲ませるだけでロマーナの傷口が塞がるかどうか……。ヨハンは人に血を与えるには幼すぎるし……」

 クリストフは、エミーリアに背負われてスヤスヤ寝ているヨハンを見ながら言った。


「そうね……三人でロマーナに血を飲ませても、傷口が塞がる前に私達三人は貧血で死ぬわね。このままだと、ロマーナもイデアも助からない。……一つだけ、ロマーナが助かるかもしれない方法があるけど……」

「……どんな……方法なの……?」

 イデアがエミーリアに聞いた。

「……私達三人があなたの血を飲むの。そうすれば、私達がロマーナに提供できる血の量が増える。ただし、そうすると、あなたの救助が出来ないわけだから……あなたは確実に死んでしまうけど」

「……構わない。私の血を……飲んで……ロマーナを……助けて……」


 クリストフは、数秒苦しげな顔で目を瞑ると、再び目を開いた。

「……エミーリア、マティアス、イデアの血をもらおう」

 クリストフは、イデアの傷口から流れる血を左手で受け止め、飲み込むと呟いた。

「……やはり私は、性格が悪いな……」


「……俺達三人で……交互にイデアの血を飲んで……ロマーナに血を飲ませた。……三人共フラフラになったけど……何とかロマーナを……救う事が出来た……イデアが死んだのは自分のせいだと……ロマーナが思わないように……この事は秘密にする事にした……」

 マティアスの言葉を聞いて、ロマーナは愕然としていた。

「……私を助ける為だったの……?」

 そして、床に膝を突くと、両手で顔を覆った。

「ごめんなさい、ありがとう……ごめんなさい、ありがとう……」

 ロマーナは、しばらく言葉を繰り返していた。その目からは、涙が溢れていた。


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