当主になりたい男4

 翌日、バルト邸は賑やかになった。まず、朝にベルナルドがやって来た。

「やあ、バルト伯爵。実は、伝えたい事があってね」

 玄関でそう言ったベルナルドは、応接室の椅子に座ると笑顔で話を続けた。

「ダリオ・アッカルドが殺された件、衛兵の間では、ガブリエラが犯人だという見解だそうだ」

「笑顔で言う内容じゃないな」

 マティアスは、思わず突っ込んだ。

「まあ、十分気を付けてくれ」

 ベルナルドは呑気な調子で言っているが、ガブリエラ達の事を心配してくれているのだろう。いつの間にかマティアスに敬語を使わなくなっているが、親友だと思ってくれているのかもしれない。


 ベルナルドと話していると、また来客があった。プリシッラだった。

「おはようございますー。あ、先客がいらっしゃるみたいですね。自衛の為の新しい武器を紹介しようと思ったのですがー」

「何、武器だと」

 何故か玄関を覗きに来たベルナルドが口を挟んだ。

「興味があるな。紹介してくれ」

 ベルナルドはそう言った後、プリシッラと自己紹介し合った。


 ベルナルドやプリシッラを含めた五人が応接室で話していると、ヨハンが応接室に現れた。

「賑やかだね。兄さんって、友達いないと思っていたけど、結構いるんだね」

「待て、友達じゃない」

 マティアスが否定したが、ベルナルドとプリシッラは気にする様子もなく、ヨハンと自己紹介し合っていた。


 しばらくした後、ベルナルドとプリシッラは帰り、ヨハンも旅立っていった。ヨハンは、屋敷を発つ前にガブリエラに「兄さんの事、よろしくね」と笑顔で言っていた。


 皆が帰った後、マティアスは自室で寝ていたが、一時間もしない内に目が覚めたので、リビングに入った。ふと庭に目を向けると、ガブリエラが墓の前にいるのが見えた。

 マティアスが庭に出てみると、ガブリエラが墓の前に花を供えていた。

「花を供えてくれていたのか」

「マティアス様。……マティアス様を育てて下さったご両親のお墓ですからね。これくらいはさせて頂きたいと思いまして」

「……ありがとう」


 マティアスは、ガブリエラの隣に立った。しばらくの沈黙の後、マティアスは口を開いた。

「……俺、父さんと母さんの事、嫌いだったんだよ」

「はい?」

「二人共、自分の事を『性格が悪いけど良く見せてるだけ』とか言ってたけど、本当はお人好しなんだよ。自分達は質素な生活をして貧しい人達の為に寄付したり、仕事を見つけるのを手伝ったり……。そんなんだから、流行り病で亡くなるんだ。もっと栄養価の高い食事をするとか、高い金を出して腕の良い医者に診てもらうとかしていれば、もっと生きられたかもしれないのに」


 マティアスは、石碑に手を当てて言った。

「俺は、そんな二人が、大嫌いで……大好きだった」

 マティアスは、両親の事が本当に大好きだったんだろう。灯里の両親は、灯里が死んでどう思っただろうか。そう考えていたら、いつの間にか、ガブリエラの目から涙が零れていた。

「おい、どうしたんだ」

 マティアスが、目を見開いてガブリエラに声を掛けた。

「……マティアス様、私の話、聞いてくれます?」

 ガブリエラは、自分に前世の記憶がある事、前世で何をしていたか等をマティアスに話した。


「……そうか。前世か……」

 マティアスは、ガブリエラの話を聞き終わると呟いた。

「私の話、信じて下さいます……?」

「ああ、信じるよ。学園でのお前の評判を聞いたけど、実際俺が会っているお前と違い過ぎるからな。……まあ、それでなくても、お前の言う事は信じるけど」

 好きな人に信じてもらえるのは嬉しい事だ。ガブリエラは、穏やかな表情で微笑んだ。

「ありがとうございます、マティアス様」

 マティアスは、戸惑ったような表情をした後、目を逸らして言った。

「……別に、礼を言われる程の事じゃない」

 そして、マティアスはリビングに戻って行った。

 ガブリエラは、そんなマティアスの背中をしばらく眺めていた。

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