当主になりたい男3

 マティアス達は、改めてヨハンの話を聞く事にした。マティアスは自身が怪我をしながらもヨハンの手当てをしていて、ガブリエラとリディオは、テーブルや床の片づけをしている。

「……最近、薬学の発展の歴史について書かれた本を読んだんだ。とてもレアな本で、薬物がヴァンパイアの身体に及ぼす作用についての記述もあった。……そこに書いてあったんだよ。ヴァンパイアの牙を目立たなくする作用のある薬には、ヴァンパイアの寿命を短くするリスクがあるって」

 ヨハンが苦しそうな顔で言った。初耳だった。ガブリエラがマティアスを見ると、マティアスは何も言わず目を伏せていた。


「……兄さん、やっぱりリスクがある事を知ってたんだね。伯爵家の当主となると、どうしても貴族達と交流しなければいけない場面がある。そういう時に薬を飲まないといけないから、僕に当主になって欲しくなかったんだね」

「……お前は筋力はあるけど、肺が弱かったからな。お前に薬を飲ませるのが、不安だったんだよ」

「一人でリスクを抱え込んで……兄さんは、昔からそうだよね。父さんや母さんとそっくりだ」

「それを言うな」

 マティアスは、嫌そうな顔をして言った。


 次の瞬間、マティアスは右手で額を押さえ、椅子の背もたれに身体を預けた。

「どうしたんですか?」

 ガブリエラが慌てて聞く。

「……いや、少し眩暈が……。最近は朝食も食べるようにしてるんだが、貧血の症状が起こりやすくなってる気がする……」

「もう、そういう事はもっと早く言って下さい」


 ガブリエラは、椅子を持ってマティアスの元に駆け寄り、マティアスの真横に椅子を置いた。そして、自身が持って来た椅子に座ると、言った。

「どうぞ、血を吸って下さい」

 マティアスは一瞬躊躇ったが、ガブリエラの肩に手を置くと、ガブリエラの首筋に牙を食い込ませた。血を吸う直前、マティアスの息が首筋にかかり、ガブリエラの鼓動は早くなったが、今はとにかくマティアスに元気になってもらいたい。


 二人の様子を見ていたヨハンは、マティアスに聞いた。

「兄さん、その人、何者?ただのメイドじゃないでしょう?」

 マティアスは、ガブリエラの素性や現在の状況を説明した。ガブリエラは、ヴィッグを外しながらマティアスが説明するのを聞いていた。

「ふうん。色々あったんだね」

 ヨハンは、テーブルに頬杖を突きながら言った。

「ガブリエラ嬢がここにいる事は秘密にしておくよ。迷惑かけたしね。それと、当主を交代する為の書類に無理矢理サインさせる作戦は諦めたけど、健康には気を付けてね。もしかしたら貧血が起きやすいのは、薬の成分を分解する為に栄養素が消費されてるからかもしれないから」

「わかった」

 マティアスは、一言だけ呟いた。こうして、大変な一日は幕を閉じた。


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