当主になりたい男2
マティアスは、持っていたティーカップをテーブルに置いて言った。
「……その話なら、父さん達が死んだ時にしただろう。お前は体が弱い。当主の務めを果たすのは無理だ」
「でも、遺跡を巡って旅をする中で体力もついたし、医療技術も五年前よりは発達している。それに、僕だって領地経営の勉強はしてるんだよ。僕が当主でも問題ない」
「それでも、当主の座は譲れない」
マティアスは、真っ直ぐとヨハンを見据えて言った。
しばらくの沈黙の後、ヨハンは口を開いた。
「……だったら、強硬手段に出るしかないね」
ヨハンは、即座に立ち上がると、テーブルの上に身を乗り出し、向かいに座るマティアスに襲い掛かった。ヨハンの右手には、ナイフが握られているようだ。
「バルト伯爵!!」
リディオが素早く駆け寄るが、ヨハンは左足でリディオを思い切り蹴飛ばした。リディオの身体は部屋の隅まで飛ばされ、壁に激突する。その衝撃で、リディオは気を失ったようだった。
すごい脚力だが、ヴァンパイアにとっては、これでも体が弱い内に入るのだろうか。ガブリエラがついそんな事を考えていると、ヨハンが激しく咳込んだ。
「お前は肺が弱いんだから、無理するな。当主の座は諦めろ」
「嫌だ!」
そう言うと、ヨハンは再びマティアスに襲い掛かる。テーブルの上のティーカップが床に落ちて、大きな音がする。
マティアスはヨハンの勢いに押され、床に仰向けに倒れ込んだ。ヨハンがマティアスの上に馬乗りになる。ナイフの先がマティアスの腹部に刺さる直前に、マティアスがヨハンの手首を掴んだ。ヨハンは腕力もあるらしく、マティアスはヨハンの手の動きを止めるので精いっぱいのようだ。
「おい、ガブリエラ、この部屋から避難しろ!出来れば、リディオも連れて」
マティアスが大きな声で言った。
「わかりました」
ガブリエラは、そう言ってリディオの方に駆け寄った。
「兄さん、相変わらず優しいね。でも、そんな事じゃ、いつか足元を掬われ……ゴホッ……」
ヨハンが咳込んだ瞬間、マティアスはヨハンを蹴飛ばした。
ヨハンは床に倒れ込んだが、すぐに体勢を整え、マティアスに向かって行った。マティアスは、テーブルから落ちた果物ナイフを手に取り、ヨハンの持つナイフの刃を何とか受け止めていた。
「僕の方が腕力があるのを、忘れてないよね?兄さん」
そう言うと、ヨハンはマティアスの握る果物ナイフを叩き落とし、マティアスの左腕に自分のナイフを突き刺した。
「……っ!!」
「マティアス様!」
ガブリエラが叫んだ。
「ねえ、兄さん。僕、当主を変更する為の書類を持って来ているんだ。それにサインしてよ」
「……断る」
「なかなかしぶといね、兄さん。……そうだ、良い事を思いついた」
ヨハンは笑みを浮かべると、マティアスから離れ、リディオを引きずっているガブリエラの方に向かって行った。
「待て!そいつに手を出すな」
マティアスは焦った様子で叫んだ。
しかし、ヨハンはガブリエラを後ろから拘束すると、右手でガブリエラの喉元にナイフを突きつけた。
「ねえ、兄さん。当主の座を譲ってよ。じゃないと、この人がどうなるか……わかってるよね」
「そいつを放せ。もしそいつに何かあったら、俺はお前を許さない」
「ふうん……兄さんにとって、この人は特別な存在なのかな?まあ、それならそれで好都合だ。それで、どうするの?当主の座を明け渡すの?」
「……いや。当主の座は譲らないし、そいつの命も助ける」
マティアスがそう言った瞬間、一発の銃声が聞こえた。銃弾が、ヨハンの右腕に命中し、ヨハンの手からナイフが落ちた。
ヨハンが銃声のした方を見ると、意識を取り戻したリディオが、拳銃を握りしめていた。
「ビアンコから拳銃を購入しておいて良かったな」
マティアスが呟いた。
「くっ……」
ヨハンはガブリエラを放し、ナイフを拾おうとしたが、リディオに床に組み伏せられた。さすがに、腕から出血していたら十分な力が出せないようだ。
「終わりだ、諦めろ」
マティアスが、しゃがみ込んでヨハンに言った。
「……何でだよ」
ヨハンの声は、震えていた。
「何で、当主の座を譲ってくれないんだよ。兄さんが当主である限り、兄さんはあの薬を飲み続けなければいけないのに!」
ヨハンの目には、涙が浮かんでいた。
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