泥だらけの悪役令嬢2

 早速マティアスとガブリエラは、馬車で孤児院に向かった。

「あの……マティアス様、大丈夫ですか?」

 ガブリエラが、馬車の中で心配そうに聞いた。

「大丈夫って、何が?」

「なんだか、顔色が悪いですよ。最近は朝もよく出かけているようですし、お疲れではないですか?」

「……大丈夫だ。仕事量は増えているが、貧血の症状は出ていない」

「そうですか……具合が悪かったら、すぐに言って下さいね」


 そうこうしている内に孤児院に到着した。馬車を降りると、ガブリエラは孤児院とその周辺を見回した。

 孤児院は壁が白く、ほとんど石で造られているようだった。思っていたより敷地が広く、庭の木や花壇は綺麗に手入れされていた。昨日の夜に雨が降ったせいで、地面がぬかるんでいるが。


 二人が建物の中に入ろうとすると、二人の周りを子供達が取り囲んだ。

「あー、前にも来たおじさんだー」

「今日はお姉さんもいるー」

「私もこんな服着たいー」

 口々に言葉が発せられる。

 マティアスは、困った顔をしながら、「ガブリエラ、頼む」と言って、一人建物の中に逃げ込むように入って行った。入る直前、「おじさんって……」とマティアスが呟いていた気がしたが、ガブリエラは何も言わなかった。


 マティアスがいなくなると、子供達はガブリエラに話しかけた。

「お姉さん、あそぼー」

「お姉さん、あのおじさんの恋人なのー?」

 子供達の中には、「お姉さんを困らせちゃダメたよ」と窘める者や、ガブリエラを不審な目で見る者もいたが、基本的には人懐っこいようだった。

 ちなみに、マティアスの恋人である事は否定しておいた。プリシッラの襲撃の件の後から、マティアスの優しさに触れるたびに心臓の鼓動が早くなるのを感じてはいたが。


 不意に、一人の子供がガブリエラに泥団子を投げてきた。泥団子で遊びたいらしい。ガブリエラのドレスが泥で汚れ、しばらく沈黙が流れた。比較的年上の子供達は、顔を青くしている。

 ガブリエラは、フッと笑うと、言葉を発した。

「どうやら、私の実力を見せつける時が来たようね」


 しばらくして建物から出てきたマティアスは、唖然とした。庭で、ガブリエラと子供達が泥団子を投げ合っていたのだ。ガブリエラも子供達も、服が泥だらけだ。

「……おい、何してるんだ」

 マティアスに声を掛けられ、ガブリエラはその場に固まった。


 馬車の中で、ガブリエラは身を縮こませた。馬車が汚れないようになるべく泥を落としてから孤児院を出たが、服が汚れているのは一目瞭然だ。

 マティアスのパートナーではないとはいえ、伯爵の隣にいる人間がこんなに汚れた服を着ているのは、申し訳ない気がしてきた。

「ガブリエラ」

「はい」

「これから貴族の屋敷に寄って少し話をするから、その間馬車で待っていてくれ」

「……わかりました」


 馬車はしばらく街道を走っていたが、ガブリエラはふと気が付いた。馬車の隙間から見える風景に、見覚えがある。まさか……。

 馬車がある屋敷の前で停まった。その屋敷を見て、ガブリエラは両手で口を覆った。

――そこは、ガブリエラの実家だった。

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