商人とドレスと銃声と2

「あの……先日は手当てして下さったようで、ありがとうございました。白いドレスも……」

 ティーカップをプリシッラの目の前に置きながら、ガブリエラは言った。

 リディオは現在、アンジェリカが起こした事件について密かに調べており、外出している。リディオも命を狙われるかもしれないのに普通に外出して良いのだろうかと思ったが、本人によると、自分の身は自分で守れるし、バルト家には迷惑を掛けないから大丈夫との事。


「礼には及びませんよー。あのドレスの代金も、バルト伯爵から頂いてますしー」

「え……そうだったんですか」

 てっきり、あのドレスはプリシッラの厚意でプレゼントされたものだと思い込んでいた。

 ガブリエラが慌ててマティアスを見ると、マティアスは何でもないといった表情でガブリエラに言った。

「気にするな。濡れたままのドレスを着て風邪でも引かれたら困るから買っただけだ」

「……代金は、いつかお返しします」

「では、早速商品を見て頂きましょうかー。ガブリエラ様には、ドレスをご紹介しますねー」


 プリシッラは、トランクから何着かドレスを取り出した。青、黄色、ピンク、様々な色のドレスが目の前に広げられる。

「わあ……どれも素敵ですね」

 ガブリエラが目を輝かせた。


「バルト伯爵には、時計をご紹介しますー」

 そう言って、プリシッラはまたトランクに手を伸ばした。そして、中から時計を取り出そうとした時、マティアスはプリシッラの手元を見て目を見開いた。

 「伏せろ!」

 マティアスはそう言うと、ガブリエラに覆いかぶさるようにして床に倒れ込んだ。プリシッラが取り出したのは時計ではなく、小型の拳銃だった。そして、その銃口は、ガブリエラに向けられていた。


 銃声がした後、ガブリエラは茫然としていたが、自分の左肩に赤い液体がボトボト落ちてくるのを見て、ハッとなった。

 マティアスの右肩を銃弾が貫通していて、肩から流れる血がガブリエラに落ちてきていたのだ。


「マティアス様!」

「……怪我はないか?」

 マティアスは、汗を滲ませながらガブリエラに聞いた。

「私は大丈夫です。それよりマティアス様が!」

「お前は自分の心配だけしていろ」

 そう言うと、マティアスは立ち上がり、プリシッラの方に向き直った。

「……油断した。刺客だったか。お前は、信用できる商人だと思っていたんだがな」

「反応が早いですねー。やっぱり、一筋縄ではいきませんか」

 プリシッラが笑顔で言った。しかし、その笑顔にはどことなく影があった。


 「バルト伯爵、そこをどいて下さい。そうしたら、あなたの命だけは助けてあげますよー」

「せっかくの厚意だが、断っておこう」

「そうですか……」

 プリシッラは、また引き金を引いた。今度は、マティアスの左脚に弾丸が命中した。

「マティアス様!」

「……お前、逃げろ」

 痛みに顔を歪めながら、マティアスはガブリエラに言った。

「そうしたいのは山々なんですけど……倒れた拍子に足を捻ったみたいで……」

「……ちっ……」


 マティアスは、懐から何かを取り出すと、プリシッラの方に投げた。それは床に落ちると、小さな音を立てて、煙を吐き出し始めた。たちまち部屋は霧に包まれたようになり、何も見えなくなる。

「マティアス様、これは……?」

「リディオが、昔暗殺に使う為に開発した煙幕なんだと。持っていて良かった」

 二人が話していると、プリシッラの声が聞こえてきた。


「時間稼ぎのつもりですかー?その怪我で女性を一人支えて逃げるのは大変でしょう。逃げ切る前に視界が開けてしまいますよー。諦めて、ガブリエラ様を殺させて下さいー」

「俺は諦めが悪い男なんだ。もう少し足掻いてみるさ」

「マティアス様、どうしてそこまでして私を……。契約書には、命を懸けて私を守って下さいだなんて書いてませんでしたよね」

「本当に、バルト伯爵は優しすぎますー。あなたとは三年くらいの付き合いになりますが、全然変わってませんねー」


 早くも、視界が開けてきていた。そして、プリシッラの方を見たマティアスは、不敵な笑みを浮かべた。

「いや、俺は変わった」

 いつの間にか、リディオがプリシッラの後ろに回り込み、左腕でプリシッラを拘束しながら、右手に持ったナイフをプリシッラの喉元に突き付けていた。

「……全然気付かなかったですねー」

 プリシッラが、困った表情で呟いた。


「バルト伯爵、遅くなり申し訳ございません」

 リディオが謝った。

「いや、誰かが死ぬ前に帰って来てくれて良かったよ」

 そう言うと、マティアスはプリシッラの方を見た。

「言っただろ。俺は変わったって。……今、俺は一人じゃないんだよ」

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