目撃と契約5
その後マティアスは、リディオを縛っているロープを解く前に、リディオが隠し武器を持っていないか調べていた。
「危険な物は持ってなさそうだな」
そう言って立ち上がった瞬間、マティアスはふらついた。
「大丈夫ですか?」
ガブリエラが慌てて駆け寄る。
「大丈夫だ。しばらくしたら良くなる」
「もしかして、血が足りないのでは?」
リディオが口を挟んだ。
「血が足りない?」
ガブリエラはそう言って首を傾げた。リディオは、驚いたように言葉を続けた。
「おや、この屋敷に居るのに知らなかったのですか?ヴァンパイアは人間の血を飲まなくても生きてはいけますが、栄養を通常の食事で摂取するとなると大量の食糧が必要になる。恐らくバルト伯爵はしばらく人間の血を飲んでいないのでしょう。栄養が不足して、貧血のような症状が出ていると思われます」
バルト伯爵の正体もヴァンパイアの体質も、裏の世界ではそれなりに有名な話なのですがと、リディオは付け加えた。
そう言えば、ゲームでそんな設定があったなとガブリエラは思い出した。
「あの……私に出来る事はありませんか?助けてもらったお礼もしたいですし」
「……いや、出来る事は何も」
「いや、あるでしょう、出来る事」
マティアスの言葉を遮って、リディオが言った。
「何をすればいいんですか?」
ガブリエラがリディオに向き直って聞く。
「バルト伯爵にあなたの血を吸わせるのです」
「余計な事を……」
マティアスがリディオを睨んだ。
「……一つ確認したいんですけど……血を吸わせても、私がヴァンパイアになったり死んだりする事はないんですよね?」
ガブリエラはマティアスに聞いた。
「……血を吸い過ぎない限り死んだりする事は無いが……俺はお前の血を吸うつもりは無い」
それでも、ガブリエラは引き下がりたくなかった。素っ気ない態度だが、本来のゲームとは違い、優しい人。そんな彼を助けたいと思った。
部屋を見回しながらしばらく考えた後、ガブリエラはふと思いついて、口を開いた。
「……では、私と契約しましょう」
「契約?」
「はい。私は命を狙われている身。家に帰るのも危ないですし、私をこの屋敷に匿って下さい。その代わり、私は定期的にあなたに血を提供します」
「そんな契約……」
「そうと決まったら、早速書類を作ってしまいましょう。……リディオさん、マティアス様の身体を拘束して下さい」
ガブリエラは、そう言ってリディオを縛っているロープを解いた。マティアスは抵抗しようとしたが、今はふらつく程体調が悪い。すぐにリディオに羽交い絞めにされた。
ガブリエラは、部屋の隅に置かれた机にあるくすんだ緑色の便箋と万年筆を手に取り、サラサラと契約内容と自分の名前を記入した。
そして、無理矢理万年筆をマティアスの右手に握らせた。全てを察したように、リディオはマティアスの手を握り、無理矢理マティアスの名前を記入させた。
「これで契約成立ですね」
ガブリエラが笑顔で記入済みの便箋を取り上げた。
実は、この便箋は普通の便箋ではない。脳内麻薬を分泌させる働きのある植物が使われていて、この便箋を使用して契約をすると、契約内容を守らずにはいられなくなるのだ。
ちなみに、ゲームの中では、マティアスはこの便箋を使って部下を操っていた。ガブリエラには、ゲームの攻略本を読んでいた灯里の知識があったので、この事を知っていた。
「こんな事、許されると思って……」
マティアスは言いかけたが、大きく体がぐらつき、壁に手を付いた。
「ほら、こんなに調子が悪いじゃありませんか。早く私の血を飲んで下さい」
ガブリエラがマティアスに近づいた。
若い女性に身体を近づけられて、マティアスは貧血で理性を失う危険性を感じた。その前に血を吸ってしまった方がまだマシだ。
「……くそ、二人共、覚えてろよ」
そう言うと、マティアスはガブリエラの両肩に手を置き、彼女の首筋に自分の口を近づけた。牙が食い込んだ瞬間、プツリと音がする。
ガブリエラは、首筋にチクンと軽く痛みが走るのを感じた。
ふと見ると、窓からは、綺麗な星が見えていた。その夜空が未来の希望を暗示しているのか、災いを暗示しているのかは、誰にも分らない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます