第262話 卑怯

 自ら闘手として出てきた塩山の民ワスツージャダム氏族長のジン。

 【剣士】の異能によって強靭化された長剣と、対戦相手モンゴの剣とがぶつかるたび、激しい火花とともに特殊な音が地下空間に鳴り渡る。

 10メルテ以上離れているイリアの鼓膜をも痛めつけた。


 畑の民ザオラアダムの剣士モンゴは【剣士】ではなかった。

 レベル60にならなければその真価を発揮しない、『武器系』の中でも特殊なアビリティー【騒刃】。

 通常の強靭化効果をもつ≪武装強化≫の他に、『現象系』の特性を持つ≪振動付加≫の同時使用で武器を高速振動させて異常な切れ味を発揮させる。



 始めのうちは確かめるように武器を振るっていた両者だったが、やがて優劣は決したようだった。

 レベル60でようやく第2異能が生える【騒刃】のほうが優れていてほしいところだが、それでもやはり武技系最強は【剣士】。

 火花を散らし鋼をすり減らしているのはモンゴの剣だけのようだ。

 何も恐れないと言わんばかりに積極的に前に出るジンに対し、モンゴは剣をぶつけ合わないように回避しながら、後退しつつ反撃の機をうかがうような戦い方になってきた。


 チルカナジアの戦士団頭領家に生まれ、武技系偏重文化の中で育ったイリアには最初から分かっていた。

 【剣士】がレベル1から使う≪斬気≫は、鋭く研ぎ澄まされた武器の辺縁の部分であれば圧倒的な、ほとんど超常的と言っていいほどの強靭化効果を発揮する。

 対して【騒刃】の≪振動付加≫が切れ味が増すというのは、刃が対象物に衝突する回数を飛躍的に増やすという効果だ。「硬くした刃」を振動させても「より硬い刃」にぶつかってしまえば逆効果にしかならない。


 【騒刃】にも利点はあって、魔物の肉体や普通の鋼鉄板など比較的やわらかい物を斬る際は軽い手ごたえで切れ、また異物が付着しづらく切れ味が落ちないらしい。

 レベル60に至った者はそもそもステータスがずっと高いため、その感覚はきっとイリアには理解できていないし、あまり自分の物差しで考えても意味は無いわけだが。


 そのレベル60あるはずのモンゴが円形の闘場を回るように逃げ続けるが、20歳は若い壮年の氏族長相手にとうとうつかまり、ジンの長剣がモンゴの剣を上から抑えつけた。

 ≪振動付加≫を停止して強靭化のみに切り替えた方がまだ勝ち目はあったかもしれない。モンゴの武器は根元から破断し、刃が地面に落下してむなしい音を立てた。

 降参の意志を示す老剣士は悔しそうな表情を浮かべている。



畑の民ザオラアダムに【剣士】保有者は居なかったんですかね?」


 イリアの疑問に対し、イスキーの知人の戦士が振り返って答えた。


「ひどいことを言うなよ。あのモンゴって人は3回目の評決で5対5の勝ち抜き戦に参加して、4人倒して議案否決をきめてるんだ。強いんだよ本当に」

「そうなんですか。ちょっと高度すぎて俺にはわからなくて」

「その時の相手の中にも【剣士】保有者は居たと思ったけど簡単に倒してた。塩山の民ワスツージャダム氏族長の腕がそれ以上に良かったってことで、アビリティー種別だけの問題じゃない」

「なるほど」


 同じ【剣士】保有者である父ギュスターブはジン・ワスツージャダムと年代が近い。

 ギュスターブが全力で剣を振るっているところをイリアはちゃんと見たことがないが、もし戦えばどちらが上なのだろうか。

 ともかく賛成派がまた一勝を挙げ、残る否定派は「奥山の民エンイスカダム」と「深森の民アルライアダム」だけとなった。



 『国境完全閉鎖案』への賛成派氏族はまだ4つ残っているが、決闘に名乗りを上げる順番なのに誰も立ちあがらない。どうやら皆こちらの方をちらちら見ている。

 ハーク・オルターワダムは立ち上がり、少しだけ躊躇した。そして、恥ずかし気に対戦相手を指定する。


「では、その…… オマイマ殿」

「ふんっ! 臆病者が!」


 結局のところ、いくら賛成派が勝ちを重ねようが深森の民アルライアダムの【魔物使い】を倒さない限り議案は可決しない。

 十氏族の中でも勇猛・精強で知られる央山の民オルターワダムに期待が集まっていたのだろうが、ハークにはまだそこまでの勇気が無いようだった。


 別に挑戦されたからと言って決闘を受けなければいけない規則ではない。断ればそのまま、今日の分の評決権を失うだけだ。

 奥山の民エンイスカダムの女氏族長はしばし考えている。

 するとそこに頭の薄い茶色い法衣の中年男が近づき、オマイマに何か耳打ちをした。


「……ははっ、いいだろう。挑戦を受けるよハーク」

「そうですか。では決闘の方法は?」

「全員だ。氏族長も合わせて21人、全員での勝ち数争いを要求する」

「な、なに!?」


 遺跡の空間全体が騒がしくなった。賛成派からは非難の声が上がり、南側の否定派氏族の方からもあまり好意的な反応はない。



「バカなことを言わないでください! こちらは証言者が3人いるんだ!」

「こっちにだって一人いる」

「バウルジャ殿はカルクザーク候補と言っていたでしょう!」

「なんの話だ? 本会合での認定を求めた記録はない。非公式の場での話を持ち出すな」

「そんなっ! 全員で戦えなどと、それではまるで紛争だ!」

「甘いんだよハーク」


 声の高さを一つ落とし、オマイマはハークを睨みつけた。


「こちらはすでに2度決闘評決に参加して、一度は負けを喫している。怪我人も出て万全でないのは一緒だ。規則にも違反していない」

「いやっ! それでも卑劣すぎる! 本当なら護衛は護衛、証人は証人で分けて考えるべきなのに、掟の不備を突いてこんな——」

「確かに不備かもな。だがどうするんだ? 証人だと言って100人も200人も本会合の場に連れてこられたら、それこそその場で氏族間戦争だ」

「そんなバカバカしい話をしているんじゃない!」

「ともかく今は掟の不備を云々する場面ではない。いずれ、いい考えでも浮かんだら議案にして出すんだな。うちも賛成するかもしれんぞ?」


 あざ笑うかのようなオマイマの態度。

 掟の不備というなら、条件を交互に提示することで公正性を保つことも出来なくなってしまった。全員で戦うのでは代表者を出すも何もない。


 ハークが振り返り、不安そうな顔を自身の屋形周りアイナラシンダに見せたが、屈強な戦士たちはそれほど悲観してい入ないようだ。


「ハーク様。要は11勝すれば勝ちなのでしょう? オマイマの言ったように、こっちには最初からやるつもりの者が17人居ます」

「そうですよ、普通にやって普通に勝ちましょう」

「なんなら17人で10勝でもいいんだ。ハーク様が最後に出て、あのくそ女を【鉄骨】の拳でぶちのめせばいい」


 ゲラゲラと笑う自分より年かさの男たちの様子に勇気を奮い起こしたのか、ハークは腹を決めたようだ。

 オマイマに向き直り、上着を脱ぎ捨て逞しく発達した傷だらけの上腕をむき出しにしてから宣言した。


「分かりました。では戦う順番は、毎度毎度同時に発表という事で」

「……まあ、それでいいよ」



 こうして氏族長会合の歴史で初めての、出席者総参加の決闘評決が開始された。

 結論から言えば、央山の民オルターワダム側の思い通りにはまったくならなかった。

 屋形周りアイナラシンダ同士がそれぞれぶつかり合い、17戦9勝8敗という結果に終わる。


 実力的にどちらが上だったか判断できるだけの目をイリアは持っていない。

 だが、この結果の要因は氏族長の心構えの問題が大きかった気がする。

 たとえ少しくらいの怪我をしても、オマイマはむしろ闘手を鼓舞し、そこから逆転する場面が3度あった。

 逆にハークは自分の配下が攻撃を受けると委縮し、降参を促そうと叫ぶ場面さえ見られたほどだ。


 17戦が終わるまでに1刻以上の時間がかかり、一つしか勝ち越せなかった熟練の戦士たちは怪我の治療をしながら落ち込んでいるように見えた。

 ハーク本人の落胆はそれ以上に見える。

 あまりこういう場面で見せていい顔ではないのではと、イリアには思える。



「ダメだ。もう降参するしかない」

「いや、あと2勝すればいいだけでしょう!」


 イスキーの言葉にハークは首を振る。


「イスキー、お前の異能を使用するのは禁ずる」

「……」

「わかっている。【赤肌】の異能は肉体強靭化の効果だけじゃなく、血のめぐりが良くなる分さらに強くなるんだろう?」

「はい。武器さえ貸してもらえれば、多少レベル差があっても何とかしてみせます」

「いや、やはりダメだ。だいたいにして、命をかけるような場面ではないだろう? ここで勝ったところでなんになる?」


 それはハークのいう事が正しかった。

 たとえ奥山の民エンイスカダムを退けたところで、深森の民アルライアダムの【魔物使い】をどうにかしない限りどっちみち勝ちは無い。



 イスキーはまともな武装をしていなかった。いつも通り鎧も着ないで、借りた槍を使って戦った。

 対戦相手は大型の斧槍を使う戦士で、武技系ではなかったようだが筋力がとても強かった。

 身軽に跳びまわりつつ戦うイスキーを巧みに追い詰め、はたき落した槍の穂先を踏みつけてから斧槍の半月型の斧の部分で柄を叩き斬り、勝利を主張した。

 21人対21人の勝ち数争いは互いに9勝9敗となり、こちらの残りはイリア、カナトとハーク。

 むこうはバウルジャとオマイマ。そして巨大な鎌のような武器を持った男。

 上半身裸で髪をすべて剃り上げており、顔の真ん中を横断するように傷跡が一本走っている。

 イリアたちを見て舌を出し、武器を揺らしてにやにやと笑っていた。

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