第261話 決闘評決
イリアたち7人もバウルジャと同じように下の地面に降りると、モクマーが改めて概要を説明した。
ちょうどひと月前の9月の3日、ハァレイと8人の敵がザファルを襲ったことを氏族長たちはもう知っている。
ハァレイは両ひざをつき、そして額も地面につけて両掌を上に向けた。最大級の謝罪を表す姿勢のまま何も言わずにいる。
「とてつもなく愚かな真似で、いずれけじめをつけねばならん事でもある。が、悪いのはスァスとか言うその女じゃ! そういう者が潜り込めんような確かな国境閉鎖がこの国には必要なんじゃ!」
「おい! 話をずらすんじゃない、今は証言を聴くところだろう!」
オマイマ・エンイスカダムの声。
自分の氏族の長の指示によりバウルジャが証言を始めた。
内容は襲撃の詳しい様子。そして戦った敵のレベルやアビリティー種別の予想だった。
途中からイスキーも加わり、詳細な説明によって敵がどんな構成だったのかを概ね明らかにしてしまった。
ザファルとリーナがハァレイを立たせて膝の土ぼこりを払ってやっている。
兄妹の父イシュマルの顔を見ると、完全な無表情だった。
「おいイリア、今の話、どこか違うってところはあるか?」
バウルジャは普段と違って、この広い空間の全員に声が伝わるような響く声を出している。やみくもに叫んでいるのではなく、肺も声帯も強く丈夫な高レベルならではの発音をしている。
そういう話し方ができないイリアはとりあえずせいいっぱい大きい声で答えておく。
「ないとおもいますっ!」
場違いな声を出してしまったのかと恥ずかしい気持ちになる。
続いてイリアたち7人が経験した第二の事件、タウディンに向かう途中スァスに出会い、崖に落とされそうになった時の事について、イスキーが説明し始めた。
スァスがの見た目が身長18デーメルテの長身の女であること、長い髪の毛を細く結い上げ、陶器の白い面をつけていることなど。
サマルの報告で既に伝わっている内容と違いはないらしかった。
だがスァスが武技系アビリティー保有者という情報は初めて明かされることだったようだ。
根拠は数メルテの距離で対面したイリアの見解だ。複数の氏族長から「確かなのか」と確認される。
「えーっと、吊り橋の太い本綱を、指一本にはめた細い刃で断ち切っていました。オレが知る限りではそんなことが出来るのは武技系だけだと思います」
特殊な武器や知られていない異能があれば話は別だが、常識的には武技系異能で強靭化した極薄刃の刃物でしか無理だと思われる。
イリアの説明で氏族長たちはだいたい納得したようだ。
証言が終わり、全員もとの場所、自分の氏族の席に戻っていった。
「まあ、ザオラアダムの娘っ子が持って来たのとそう変わらん話ではあった。それでもスァスとかいうその女の姿が、心中に形を成してきたとは言える。それではさっそく、本題の方に——」
「ちょっと待ってください、モクマー翁。その前に私からもう一つ、前提の確認として言いたいことがある」
「なんじゃいカウィート」
鏡のように磨き上げられた全身鎧の人物が立ち上がり、目線の部分にしか隙間の無い兜を脱ぎ去った。
栗毛の髪を短く刈り上げた髪型。瞳の色も薄く見える。
氏族長たちの中では2番目に若そうなその男が
「ハーク・オルターワダム、あなたは本来我ら
「……ええ、はい。そう考えていました」
「しかしだ。あなたたち氏族は9年前、今回のティニカイス襲撃と比べられないほどの悲劇を経験している。フトオリス年の
カナトの両親が亡くなった事件だ。
一つの小郷が消滅したほどの大事件だったわけだが、住人全員が殺されたわけではない。無傷ではなくとも130名以上、およそ7割が逃げ出すことに成功しているらしい。
つまり50人以上殺されているから、犠牲者は今回の10倍だ。
「当時あなたはまだ10代の若者だったのだろうか。ともかく、結局のところあの事件はラハーム教自治領との不毛な
「はいカウィート殿、おっしゃる通り言い訳できない。そのような話を、昨晩アリィル殿にも聞かされました」
大きな舌打ちの音が聞こえた。オマイマの口から洩れたものだ。
「オレ…… いや私は『国境完全閉鎖案』に賛成します。自慢するようですが我が氏族の戦士は精強です。十分な数をマヤリナ川に送れば、必ず国境閉鎖にも尽力してくれることでしょう」
「……おおっ!」
南側の5氏族から歓声が上がった。
これで賛成が6で否定が4となり、数字の上では均衡が崩れたようにも思える。
モクマーが枯れ枝のような掌を打ち合わせ、喜ばしそうに宣言をした。
「それでは、さっそく評決に入ろうではないか! もはやこれ以上は時間の問題、粘る事でもなかろうが」
「アタシは断じて反対だ! もっと穏やかな手段で実害を減らすことを考えるべきだろうが!」
「話はもう口が腐るほどしたわい! 『決闘評決』じゃ!」
ハークを含めた5人の氏族が立ち上がり、モクマーと揃って手を三度打ち鳴らした。
一瞬にして地下空間が得も言われぬ緊張感に満たされ、
第一決闘に名乗りを上げたのは賛成派氏族、
氏族長カラカシ・アルツテンザダムは降参せずにそれを受け、3対3の勝ち数争いを提案した。つまり2勝すれば勝ちという事だ。
ラダングが勝ち数争いに同意、カラカシは自分の側近とみられる
交互に条件を出し合うことである程度公平性を維持しているというようなことだろう。
実際に戦う人間を闘手と呼び、土がむき出しの円形の地面の部分を闘場というらしい。闘手は勝負がつくまで闘場から出ることは許されない。
行われた3連戦の内容は非常に高度であり、イリアには何が何やらよく分からなかった。
熟達の戦士にとって10メルテという間合いは狭いと言っていいのだろう。
お互いに構え、「始め」の合図で一歩か二歩地面を蹴るだけで衝突、近接戦闘が発生する。思考詠唱だろうが魔法を使う間など無さそうだ。
最初の1戦では
いきなり否定派が勝ちさっそく否決になるのかと思いきや、
続いて太い鎖の先に刺付き鉄球のついた、変な武器を振り回す大男が相手の盾を弾き飛ばして降参させた。
大刃矛使いに脛を斬りつけられた者はけっこな怪我を負って運び出されていったし、この決闘評決は「試合」などと呼ぶべきではないのだろう。
ともかく3連戦はほんの5分程度で終わってしまい、否定派の
次に名乗りを上げるべきは否定派の方。イシュマル・ザオラアダムが立ち上がった。
指定した相手は小柄で眼鏡の氏族長が率いる
逃げずにこれを受けたジン・ワスツージャダムは1対1の決闘を提案した。
「そちらはこれまで2度参戦して怪我人も出していますし、これ以上無駄に犠牲を出すのはあまりに気の毒だ」
「お心遣い感謝する。ではそちらの闘手をお出しに」
眼鏡の氏族長は自ら地面に降りてくると、刃渡りだけで1メルテある長剣を鞘から抜き掃った。炎に煌めく刃はうっすら黒ずんでいて赤晶鉄製だとわかる。
極薄刃の長剣はせいぜい3キーラム程度しかないのだろう。片手で振り回されるとイリアの目には切っ先の軌道が見えもしない。
「闘手は私自身です。ご存じの通り【剣士】保有者なので、対応できる方、もしくは命の要らない方を出してください」
その手に握られているのは、ジンのものより少しだけ幅があるようだが、それ以外はほぼ変わらない、やはり赤晶鉄の長剣だった。
「これはこれは。モンゴ殿がお相手なら心配はない。全力を出させてもらいましょう」
小柄で眼鏡の氏族長は見た目によらず強そうな態度だ。
イリアにとっては今日初めて見る二人による決闘が、モクマーの合図によって開始された。
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