第259話 族長国のふざけた制度
本来はサマルも氏族長会合に参加するような立場ではないのだが、ティニカイスからの報せを運んできた役割上、証言者として9月22日の本会合に特例で出席したらしい。
本会合で主に決められるのは、各氏族が毎年払う供出金の額やその使い道だ。
今回のように大々的な掟の変更が提議されることはめったにないのだが、その評決を出すとき多数決で決定するわけではないらしい。最終的には必ず全氏族一致という形をとるそうだ。
無論意見が分かれることはあり、否定する者が出るから簡単には氏族一致に至らない。
その場合、「強者が決めて弱者が従う」という最古の掟に則ることになる。
一つの議案に対して賛成派が5氏族以上だった時には『決闘評決』を要求出来る。
決闘によって否定する氏族の代表者をすべて倒すことが出来れば、議案はその時点で可決となる。
一日に一度しか行われない決闘評決では各氏族が参加できるのも一日一度。
否定派が一勝でもすればそれで否決になるので一見有利だが、そもそも否定派が多数派の時は決闘評決にならないので、何度も繰り返すうちに少数派が不利になる仕組みになってはいる。
決闘と言っても1対1とは限らず、複数人参加の勝ち抜き戦か、あるいは勝ち数争いか、もしくは多対多の同時衝突という場合もあるらしく、毎度毎度それは変わるらしい。
「魔法や異能を使わず、素手でなるべく穏便に」などと生ぬるいことは許されていない。異能も魔法も武器もありだというから非常に危険だと言わざるを得ない。
否定派すべてが倒れない限り賛成派の意見が通ることがないため、
【魔物使い】の熟達者が代表になれば、その使役する魔物までが「戦うための武器」と同様に見なされるため、通常誰も勝てないらしい。
現状、『国境完全封鎖案』に賛成しているのは「
そして、融和派だった「
なぜ二つの氏族が賛成に回ったのかは、イリアにもなんとなく理解が出来る。
もともと融和派の思想は東方や西部と友好を結ぶこと自体ではなく、その結果として国の乱れを無くしたいというものだ。
手段が変わろうが、国境閉鎖で侵入者を防ぐことが出来れば目的は達成できるという考えなのだろう。
否定派が「
そこに「
そしてある意味で、ハークは現在非常に重要な立ち位置になっている。
仮にハークが否定派に回ると決意すれば、閉鎖案に反対する氏族が5つ揃うことになる。
そうなれば今度は、「『国境完全閉鎖案』などもう二度と議案にするな」という逆の決闘評決に持ち込むことが出来る。
だがもし、『国境完全閉鎖案に対する完全否定案』が通ればようやく、この長すぎる氏族長会合に終わりを迎えさせられる。
チルカナジア王国において、国家意思の最終決定権は王室が持っている。そしてそういう政治形態を『独裁』だと批判する価値観が西部先進国の中にはあると聞く。
イリアは祖国へのそういう批判の意味がよく分からない。
ラウ皇帝国が独裁国家だと批判されるのはともかく、西部諸国にも議会制と並立させながら王国を名乗る国は多い。
『
民選主義国では、統治者である「賢者」を選ぶ投票に民が直接参加できたそうだ。
しかしその実態は、580年代当時とっくに時代遅れとされていた「賢者権威主義国家」でしかなかったし、マクシミリアン一世王と「権賢分離」を唱える賢者議会によって早々に滅ぼされている。
西部先進国の中心ともいえるデュオニアも、かつては各地域からの代表者の合議によって意思決定をする「共和制」をとっていたのだが、分断によって内乱が発生。国が衰退し、現在ではアール教司祭総長に選定された大公が支配権を持って統治する「公国」を名乗っている。
大公家はもう3代目になるらしいが、アール教会や賢者議会、あるいは学術の権威や地方州知事の意見をよく聞いて、優れた決定を下す名君が続いていて何の問題もないと聞く。
建国されて既に300年。ほとんどの時代で発展を続けてきたチルカナジアは王国としてほかの国よりも安定し、長い発展の歴史を持っている。
結局のところどういう政治形態をとろうが、権力を握る人間が知恵と力と慈愛を持たない限り民が幸せになることはないし、国が栄えることもない。
ともかく、イリアはスダータタル族長国のことを「共和制」に近い政治形体だと思っていたのだが、実態はとんでもない暴力主義国家だった。
独立してから170年以上の歴史があるし、そう若い国でもないのだが「力によって支配する」という極めて野性的な政治形体を残している。
そういうやり方でも国の運営が成り立つとはさすがにイリアも思っていなかった。
本会合が正午には再開される。スァスを近くで目撃したイリアたちも証言者として出席することになっている。
どういうことになるのか不安なような、すこしだけ高揚するような気持ちになっていた。
十氏族の集合する平原の中心地に向かうと、そこには不気味な地下への階段が口を開けていた。
ザファルとリーナとガリムの3人はイシュマルと、ハァレイはアリィルと一緒に居るはずだ。それぞれ所属する氏族に分かれ、順に地下遺跡の中に入っていく。
トゥドメルテ大王が率いてこの地に君臨したサバラァ民族は、魔物やあるいは他の誰かに絶滅させられたわけではない。スダータタル十氏族の由来である山岳民族とも、ある程度は血縁的繋がりがあると考えるのが妥当だ。
だが文化的にはほぼ完全に断絶しており、この遺跡がもともと何のために作られた施設なのかは分かっていないらしい。
墓だという説が一番有力なようで、ラハーム教の教義で否定されるまでは、呪われた土地、立ち入るべきではない「禁足地」にされていたらしい。
既に2氏族が遺跡の中に飲み込まれていき、
20人全員が武装していて、見るからに熟達した戦士。
イリアとカナトの周りにいる
「あ、見ろよイリア」
「ん?」
カナトの指し示す方に見知った顔があった。むこうも気付いて歩み寄って来た。
「イスキーさん。お久しぶりです」
「そう久しぶりでもないが、なんだその恰好は。お前たちまで本会合に出るのか?」
「そう言われましたから」
「証言者はオレだけで十分だと思っていたが、アイナラシンダではないお前たちが出席するとなると……」
「おっさんも違うんだろ? 今回は特例なはずだ」
レベル40を超え実績も十分に積んだイスキーは
カナトの背後、鎧を脱いで灰色の戦衣姿のガーラが義孫の言葉遣いを
「しつけが至らずすみません
「カルクザーク、しかし、うちの氏族が3人もアイナラシンダを欠くとなると決闘評決に問題が起きませんか」
聞き捨てならない話が出た。実は嫌な予感もしていたのだが、案の定の事態に口を挟まずにはいられなかった。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ? 俺とカナトも20人の中に入ってるんですか? 証言者として出席するんですよね?」
「そんな仕組みは氏族長会合にはないのですよ。氏族長以外は20人全員、護衛戦力という事になっています。決闘評決だって昔は氏族張本人が行うものだったそうですが、それでは老齢の経験豊な方が氏族長になれないという事で掟が変わり、護衛を代理にできるようになったのです」
「ではやはり、カナトたちを連れて行くわけには」
「安心なさい
ガーラの言葉でイスキーは安心したようだが、イリアの心中にはまだどこか拭い難い不安がある。
ガーラが付いてきてくれればいいのにと思うのだが、カナトの義祖母は会合中、周辺の警備の指揮をとらねばならないそうだ。
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