第245話 あいまいな決着

 イリアとカナトはリーナによって男部屋に引き据えられた。

 並んで座らされ、背後にはハァレイと『牛首刈り』を構えたリーナ。右に立っているガリムはあくびをしている。

 正面にいるザファルは何故かイリアたちと同じように、膝を折り向かい合って座っていた。


「いやー…… なんというか、僕も擁護しづらいなぁ……」

「さあ吐け不埒者! 何しようとしてたっ‼」


 背後から大ナタがイリアの顔の横に突き出される。休みの間に研ぎあげたらしく、黒光りするはがねが灯壺の炎を反射してギラリと光った。


 作戦の成功から一転しての窮状に、頭がついていかない。

 こういう場合に機転が利くカナトを頼ろうと左を見ると、膝の上に両手をついた姿勢のままでイリアを見返してきた。なにやら見たことのない情けない表情をしている。


「もう吐いてもいいか」

「えぇ……」


 危機を乗り越え苦労を重ね、ようやく問題を整理できるところまでこぎつけたというのに、いくらなんでもそれはない。思わず口の端がひきつって持ち上がってしまった。


「何を笑ってる!」

「痛い痛い! 首に当たってる!」

「当ててるんだ!」


 牛首刈りの刃が当たった首と肩の間辺りを触って見る。血は出ていない。

 そもそもナタなのであまり鋭利には研がれていないわけだが、そうでなくても、レベル25というのはもはや刃物が事故的に当たっただけで怪我をするようなレベルではなかった。

 ザファルが妹に落ち着くように言ってから、さらに言葉をつづけた。


「リーナが言うには、君たちが手を出したのはハァレイだけだったってことだけども。ハァレイ自身はどうなの? 何をされたか覚えてるの?」

「リーナの声で起こされるまでは本当に寝ていたからわからないんだけど…… 目が覚める前になにか、全身に気持ちいい感じがあったような……」


 またしても牛首刈りが首筋に押し当てられた。横から顔を出したリーナの額に静脈が浮き出ている。


「……どこに触ったか言ってみろ、この色狂い!」

「触ってはない! それは本当!」

「ハァレイが嘘をついてるっていうのか‼」


 先ほど女子部屋から逃げ出すときに廊下で騒動し、他の客に苦情を入れられてしまっている。そこから一度落ち着いてこの状態になったわけだが、この室内でもやはり声は漏れる。ザファルがもう一度妹をなだめた。



「なんというかね…… 最悪なことを言うけども、君たちがハァレイに何をしようが、僕らの口を出すことではないわけだよ」

「そんなっ! それは無いだろザファル兄!」

「聞きなさいって。ハァレイのことは脇に置いたとしてもだよ。畑の民ザオラアダム氏族長の娘が寝ている、錠のかかった部屋に忍び込んだというのは十分問題なんだよね。リーナが怒ってるのはそこだろう?」


 「そうだ!」と答えてから、しばらく間がある。

 イリアが恐る恐る振り返ると、三たび大ナタが突き出された。


「……いや、間違えた。ハァレイの事こそ問題だ。あのガーラって婆さんが釘を刺してたし、こいつらは名誉に反するようなことはしないだろうと信頼していたんだ! ハァレイに何かするにせよ、それは捕虜権の期限が過ぎてから、正々堂々挑むのだろうと買いかぶっていた!」


 カナトはうつむいて顔を手で覆ってしまった。ガーラの名を聞いてひどい処罰を受ける想像をしているのだろう。


 リーナの感情は混乱しているようでもあるが、その言葉に計算しているふうは無いというか、本当の気持ちで話をしているように感じた。

 状況は冗談のようだとも言えるが、怒りの中に悲しみも垣間見えるリーナの表情に、本当に少し辛くなる。嘘やごまかしで応えることがイリアには躊躇われた。



「……本当に、みんなが考えているようなことは何もしていない。それは誓えるんだけど…… 実際何をしていたかは言えないんだ」

「なんだそれは!」

「痛い痛い! 何をしてたのか、答えられないっていうしかなんだ!」

「答えられないって?」

「秘密がある。どんな秘密なのか、話したいって思う気持ちもあるんだ。俺も皆を信じてるし、秘密を守ってもらえたはずだって思う。もし畑の民ザオラアダムに『嘘をつけなくなる薬』なんてものがあるって知らなければ、話してたと思うよ」

「『自白剤』はうちのものってわけじゃないぞ、深森の民アルライアダムが全氏族に分けてくれているものだ!」


 「それはバラしちゃダメなやつ……」とザファル。氏族長一族だから知る裏事情なのだろうか。


 自白剤の存在はイリアにとってかなりの脅威と言える。口から摂らされるのか、あるいは気体として吸わされるものか分からないが、ともかくスダータタルに住む人間は「命がけで秘密を墓に持って行く」ということができないのだ。

 もしかしたら他の国でもそうなのかもしれないが、ともかく、【不殺(仮)】の秘密を知る人間の数を増やすことにはより一層慎重にならざるを得ない。


 イリアは口元を引き締め、真剣な顔のつもりで4人の顔を見回した。

 ハァレイはそこまで怒っていないように見え、すこしホッとする。


「……僕もさ、カナトの言ってた、錆止め脂のにおいで四つ腕シャコが近寄ってこないっていう話、何か変だと思ってたんだよね。それと関係ある?」

「あるとも無いとも言いたくない」

「そんなに深刻なことなの……?」

「どうだろう。まだ分からないんだよ。2、3年たてば深刻じゃなくなるかも」


 客観的に見て何を言っているか分からないと思うが、嘘はついていない。

 ザファルは少し考えてからハァレイの意見を訊いた。この件最大の被害者とされる本人は肩をすくめて「まかせる」という意思表示をした。

 なぜか裁判官のような役割になってしまったザファルは妹の顔を見て、そしてイリアに話しかけてきた。


「それで、レベル上げはできたの?」

「……ああ。25になったよ」

「ガリムと同じか。【早成】は必要な魔石の量が少ないものね」

「……」

「イリアが自由にハァレイを連れまわせるのは明日と明後日の2日だけ。けど南砂漠の民タスティキラダム領に戻るには、僕らの足じゃ3日はかかるし、本郷のポニクスまでならもう一日余計にかかる」

「3日?」


 カナトが疑問の声を出した。


 バンサカ郷の北、水豊の民ベイシーラダム領の南端を中央連山麓を掠めるように東に向かえば南砂漠の民タスティキラダム領に入ることになる。

 魔境森林に食い込むように直進すれば2日で済む道のりだが、無理をせず大回りする経路なら確かに3日掛かることになるわけだが、ともかく。

 急に話題を変えたザファルの意図がいまいち分からない。



「秘密を話せないっていうならまぁしかたない。だったらイリアのハァレイに対する捕虜権は今日で停止ってことで、ポニクスまでは立場を逆転、イリアとカナトが無償で帰り道の護衛を務めるってことにしたらいいんじゃないかな。ハァレイ、それで怒りを収めてくれないか」

「私はいいよ、実害があったわけじゃないし。こんなところに無一文で放り出されたら困るもの」


 もとからハァレイを南砂漠の民タスティキラダムに還すのにもイリアが責任を持つと言っていた気がするが、それで事が丸く収まるのであればそうしてもらいたかった。裁判官ザファルはなおも言葉を続ける。


「……で、リーナのほうの話だけど。僕としてはこのままうやむやにしてしまいたい」

「なにぃー?」

「父上に話したりして公の問題にすると、あまり笑ってすまない事態になると思う。リーナはそれを望むかい?」


 畑の民ザオラアダムは比較的、男女関係についてはおおらかだという噂を聞いたことがあるが、もしリーナの部屋に忍び込んだことがバレたらどういう事態になるのだろうか。


「スダータタルの掟って、明文化されてないからまだよくわかってないんだけども……」

「西の人からしたら曖昧なものなんだろうね。けど今回の場合、たぶんそのあいまいな掟すら厳守されない。父やルナァラ姉は政治的な問題にしちゃうと思う。つまり央山の民オルターワダムへの駆け引きの材料ってこと。そんなの面白くないでしょ、リーナも」

「それは…… うーん……」

「それとも個人的に責任をとらせるかい? イリアかカナトのどっちかと結婚したいってリーナが言うなら、望む通りにできるかも」

「そんなもん望むかっ!」

「そう? どっちも偉大な戦士カルクザークを狙える器だし悪くなさそうだけどな。イリアを選んでこの国から出られなくしたら、カナトも寂しくなくていいかなと思ったり」

「カルクザークには私自身でなるからいい!」


 リーナは照れているとかではなく、本当に少し不快そうにしている。

 イリアが若干傷ついていると、隣のカナトが口を開いた。


「そういうのは、本当にやめてくれ…… イリアはチルカナジアに家族が居るんだ」

「ああそうなの? 天涯孤独なのかと思ってた」

「イリアは家族とまた会える日を想って、この国で頑張ってる。もしも責任がどうとか、そういう話になるならオレに被せてくれ」

「だからならない! 私が男に困ってるとでもいうのか⁉」



 ガリムが急に右肩を掴んできた。驚いて顔を見ると、その青みがかった瞳に深い同情の色が見える。普段よりも大人びているというか、ザファルと同じ11月の誕生日には20歳になるという、歳相応の人格を感じた。


「……いや、俺の家族はなんていうか、俺がいなくても困ってないというか。居てもいなくても変わらないから、自分から離れたというか……」

「いつでも会えるから会わないのと、会えないのは、違う。事情はわからないが、イリアが苦難を乗り越えられるよう、オレも神に祈ろう」

「……うん。……ありがとう」



 明日からまた移動が始まる。十分な睡眠をとりたいというのは皆共通だ。

 その後何分かぐずぐずと話は続き、最終的にリーナは「今度から寝る時は扉に罠を仕掛け、勝手に入った者は髪の毛を全部むしる」と宣言し、それでことを収めてくれた。

 うやむやにしたいというザファルの巧みな誘導の結果な気がする。

 自身が氏族長になる未来をあり得ない事だと言っていたザファルだが、実はその性格や頭脳において為政者としての資質を十分備えているのではないか。

 何となくだが、イリアにはそんな風に思えるのだった。

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