第244話 目標達成

「ということで、今日から5日間みんなは自由にしててくれ。宿代は払っておくから」

「そっかー。じゃあ僕は釣りでもしてみようかな」

「……ガリム様、磯に出るのは危険だ」

「それもそうだ。じゃあ砂浜からの投げ釣りにしてみようか?」


 ガリムの脚の怪我は2、3日安静にした方がよさそうだし、護衛が動けなければザファルも動けない。


 約3カ月前、20人超の中規模旅商隊の臨時雇いとして荷をこの郷まで運んだときは賃金として一人小銀貨2枚をもらっている。昼食もおごってもらった。

 小銀貨2枚は50キーラムほどの荷物の売値の3割にもなり、旅商隊は儲けのほぼすべてをイリアとカナトに渡してくれたことになる。多く稼ぐ事よりも、注文された品を期日通り届けることが重要だと旅商隊の長は言っていた。


 要するに、イリアとカナトが一日働けばだいたい小銀貨4枚は稼ぎ出せるという事だ。5日あれば大銀貨4枚になり、今まで稼いだ分も合わせれば必要な魔石を売ってもらえるくらいの金額になる。滞在費や食事代などを考えれば損が出るが、それでハァレイ関連の問題を整理できるなら安いものだ。


 朝食のウミウソ肉の煮物を頬張りながら、リーナだけは納得いかなそうな顔を見せている。


「そこまでしてレベル上げを急ぐ理由ってなんだ? 腕前も一緒に磨かなきゃレベルだけあっても意味ないぞ」

「イリアは…… リーナよりも腕が立つだろ。腕に見合ったレベルを求めて何が悪いんだよ」

「……な、なんだっ! 急に! リーナさんと呼べ!」


 ハァレイは荷運びの労力として期待できないし、リーナもハァレイの見張りということで残ってもらう。はじめは付いてきたがったのだが、5日間毎日クオスタスとの間を往復するだけと聞いてやる気を失った。

 仕事というのはつまらないものであり、つまらないことを他人の代わりにやるから報酬がもらえるのだ。



 初日にクオスタスに向かうにあたって、当然ながら注文を受けていないので持って行く売り物がない。

 郷長アイラの屋敷を訪ねると、住民と一時滞在者合わせて4百数十人の暮らす郷をまとめる執務で忙しいようだった。

 夫のマフタールが南の海岸で網打ち漁の指揮をしているというのでそちらに向かう。


「クオスタスまでのあきない? あそこまでじゃ旅商ってよりはおつかいだろ」

「おつかいならおつかいでもいいんですが。なにかないですかね」

「ないな。日用品なんかは玄人の商人が時期や天候を見て計算して運ぶものだ。塩は腐らないと言っても需要量はだいたい決まってる。下手に多く運べば値崩れを起こす」

「そうですか」


 予想していたことなので別に落胆はしない。

 実はすでに宿の経営者一家に頼まれて陶器の安い皿を買い付ける予定がある。はやく行かないとクオスタスについて注文を募る時間が無くなってしまう。


 南の海岸は岬のように突き出た部分があり、海面までの高さがあるちょっとした断崖になっている。海棲魔物が上がってくることがあまりないので比較的安全に漁ができるようだ。

 アビリティー保有者も、そうでない者も居るらしき10人ほどの漁師のうち、バリク爺さん他3人の曳く網が上がってくると、銀色の鱗をした大小の魚が何匹か掛かっていた。イリアよりも若そうな子供もいて、網から魚を外しては大きな桶に放り入れていた。



「よし、じゃあ助言してやるか。お前たちみたいに短い間にあぶく銭を稼ぎたいだけだったら、あえて高級品を扱う手があるぞ。すこし危険な商いになるが、この郷にだっていくらか金に余裕のあるやつもいる。少量だったら生活に必要のない物だって売りさばけるかもしれない」

「はあ、なるほど」

「あとはそうだな…… むこうの、少しいい料理屋に話をつけてこい。うまい魚を獲って味のいい一夜干しを作ってやるよ、明日明後日はそれを売りに行けばいい」

「いいんですか? そんな手間をおかけして」

「儲けは折半だ。売れなくてもオレの酒のあてにするから、損はしないって寸法だ」



 なにやら思いのほかうまく事が運んだので、さっそくクオスタスに向かうことにした。

 魔境浅層を突っ切ることになる往路は上り坂だ。塩など重いものを運ぶのはあまりやりたくなかったし、手ぶらなのは逆にありがたいともいえる。


 久しぶりの二人きりの行動なので、自然と警戒心が研ぎ澄まされるような感覚になる。

 カナトは自分の小遣いで購入した樫の長杖の先に、投擲剣を挟み込んだ手製の槍を作っていた。ハァレイと一緒に襲ってきた敵の投げてきたもので、あと2本がイリアの手元にある。クオスタスに到着したら、折れた槍の柄やダメになった穂先と一緒に屑鉄屋に売って商品の仕入れの資金にするつもりだ。




 夕刻にバンサカまで帰って来たイリアカナトは背中に大量の荷物を背負っていた。その大半は野菜だ。

 クオスタスの料理屋で一夜干しの魚が要るかどうか聞いて回ったとき、畑の民ザオラアダム領産の野菜が売れ残っているという話を聞き、市場に出かけて氷室に保管されていたものを引きとって来たのだ。

 郷で唯一の地下貯蔵庫を備えた食料品店に持って行くと、仕入れ値のおよそ4割増しで買い取ってもらえた。




「うおー! 球菜ブラシカだ! 私にくれ!」

「銅貨5枚になります」

「高いな! でもしかたない、払ってくれザファル!」


 人の頭より大きな葉っぱの塊を4つに割り、リーナはそれにそのままかじりついている。

 いつも食事のとき野菜が少ないと嘆いていたリーナなので、絶対に欲しがるという予想は当たっていた。売らずに二つとっておいて正解だったようだ。

 妹にねだられ、自分の氏族で作られた農産物を買い取ったザファルも、味付けすらせずにぱりぱりと瑞々しい葉を齧っている。ガリムも同じだった。

 「ほんとうにウサギみたいだな……」とカナトがあきれた。畑の民ザオラアダムの氏族紋はウサギを模している。



 その後、イリアとカナトの旅商による金策はおおむねうまくいったと言っていい。

 クオスタスに無所属の旅商の手助けしてくれる公的な機関などないのだが、商売で成り立つ街の住人はみな人当たりがよく、丁寧に訊ねれば知りたいことはだいたい教えてくれた。

 また片道では半日もからないバンサカ郷に商いに行く者が意外と少なかったこともあり、注文は最後まで途切れなかった。


 利益率で言えば四つ腕シャコの甲殻を削って作った真っ白い櫛が一番高くなった。今後もバンサカ郷の工芸品として定期的に取り扱うことになったらしい。

 マフタールの用意した赤い魚の一夜干しも評判がよく、合計で56匹分売れてそれだけで大銀貨1枚半の利益を出した。

 イリアがクオスタスで仕入れた書籍や細工の美しい銀器なども、郷長アイラに預けて半分は売りさばけた。売れ残った分も最終日に返品して損は出していない。



 そして、5日の商いを終えて深夜。

 約束した大銀貨8枚を持ってイリアとカナトはバンサカの西の浜に来ていた。

 小さく打ち寄せる波の音が聞こえ、宿で借りた灯壺の灯りが黒い小湖海の水面を照らしている。

 マフタールの呼ぶ声がして、何がとび出してくるか分からない波打ち際から距離をとりつつ、薪を保存する小屋の裏手に向かった。


「遅かったじゃないか」

「そうですか? 刻限通りのような……」

「そもそもなんで夜なんだよ」

「それは秘密なんです。用意してくれました?」

「ああ」


 マフタールが示す場所になにか転がっている。

 明りを向けてみるとそれは四つ腕シャコだった。腕が4本とも残っていて、ぐったりと動かないがエラの部分から泡が吹いたり引っ込んだりしている。


「生きたままなんですか」

「そりゃそうだろ。殺して半刻以内の魔石なんてちょうどよく用意できるはずないんだよ」

「それはお手数をおかけしました。どうやっておとなしくさせてるんですか?」

「それは秘密、と言いたいところだが、単に海に逃げるのを阻止して窒息させてるだけだ」

「なるほど」


 息が切れて逃げると言っても凶化を解除していない状態だったのだろうから、下手に近寄ればあの腕の打突をもらうことになる。イリアたちにはまだ真似できないやり方だ。


「じゃあ魔石抜くぞ。金よこしな」


 代金を支払い、青黒い魔石を手にして郷に戻った。橋の見張り番はマフタールが話をつけている。

 宿の玄関だって普段は当然施錠され閉め切られているのだが、こちらもイリアが少額を握らせて開けてもらっていた。


 裸足になって足音を殺し、自分たち6人に割り振られている棟の廊下を進む。

 女子部屋の扉の前にきて、灯壺を消し、かわりにカナトがごく小さな照明魔法を右手に灯した。


 赤黒い炎の明かりを頼りに、戸口の木枠に糊で張り付けてあるカナトの髪の毛を探し、剥がしてゆっくりと引っ張る。

 扉のむこう側、振り下ろし錠の受けガネの窪みに細工をしておいたもので、扉の隙間から髪の毛を引いて、腕木を持ち上げて外すことが出来る。


 カタリと音がしたので、慎重に扉を押し開ける。

 男部屋の半分の広さの部屋。右奥の布団の中にいるのがハァレイだ。規則正しい寝息を確かめ、照明魔法をより一層小さくして忍び寄る。

 枕もとに膝をつくとき少し音を立ててしまったが、まつ毛の長い両目はまだしっかりと閉じている。


 自分たちで検証した結果、顔の中では頬骨の辺りが一番感覚が鈍い。

 ハァレイの目じりの下あたりに押し当てた四つ腕シャコの魔石を握力で割った。



「グゥ……」

「……」


 とくに反応がない。やはりレベル上昇の強い感覚でも熟睡している人間を目覚めさせることはないようだ。


 ハァレイのレベルをうっかり下げてしまってから、苦労を重ねること17日間。

 ついに目的を達成し、手袋をした右手を強く握りしめた。

 うまくいったことを伝えようと、後ろで覗いている共犯者を振り返る。

 中腰の姿勢で石炭の炎を操っているカナトの背後、赤い光に照らされて憤怒の表情のリーナが立っていた。

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