第243話 お説教

 バンサカ郷の宿。女子の二人部屋の布団の上でハァレイが寝ている。

 窓の外はもう暗い。狭いのに全員が集まって灯壺の明りを囲んでいた。

 「うぅ」という声に振り向くと、こちらに寝返りをうったハァレイの目が開いている。

 郷に戻ってすぐ、医療の知識がある郷長アイラが簡単に診断してくれてただのマナ切れだと言ってはいたが、戦闘中に倒れたという事実は重く、全員が安どのため息を吐いた。


 それからしばらく、ハァレイは体の調子を確かめながら戦いがどうなったのかを訊いた。リーナが自分の手柄を中心にして説明し、だいたいの所を把握したようだ。


「そう。まあ勝てたならよかったわね……」

「まったくだな! あの畑モグリさえ出てこなけりゃ、前と同じように簡単にやれたのに!」


 リーナはいつも通り楽しそうだが、ガリムとザファルは少し落ち込んだような表情を見せている。最初に花鼻畑モグリに襲われ脛に噛まれたガリムは3針縫った左足を包帯でぐるぐる巻きにしていた。

 責任を感じているのかもしれないが、それは間違いだ。

 今回のことに責任があるのはイリアである。


「みんなすまなかった。草原にあれが出るってことは分かってたはずなのに、まさかあんな、一番厄介な出かたをするとは思ってなかった」

「いや、分かってたのは僕も一緒だから。そうなったときの対処もガリムと考えてたんだけど、咄嗟のことでぜんぜん役に立たなくて。申し訳ない」

「なんだそれ? そんな想定してたの私は聞いてないぞ!」


 作戦の欠陥をザファルは見抜いていて、だがそれを言わずに自分たちだけで対処を考えていたという事だろうか。

 そんなこととは知らずに無謀な狩りを主導していたと解り、イリアは顔を赤くしてうつむき、もう一度侘びの言葉を吐いた。



「ひとついい?」

「……なに?」

「私、今日の戦いでカナトの命を助けたんじゃないかと思うのよ」


 花鼻畑モグリに組みつかれ、逃げられない状況で四つ腕シャコを足止めしてもらったのだからその通りだった。

 その同じ花鼻畑モグリが失神したハァレイを襲った時の、カナトの頑張りについては伝わっていない。内心の葛藤は状況説明をしたリーナだけでなく、イリア以外は知らないことなのでしかたがない。

 長身の14歳は鼻の頭をいちど指で触ってから「かもな」と呟いた。



「だからまあ、捕虜って立場ではあるけど一つ言っておきたいことがあるの。聞いてくれる?」

「はい」

「言いたいのはイリアじゃないのよ。カナトの事。今日あったことの責任はカナトにもあると思うわ」

「……」

「私は戦いのことはあなたたちほど分からないけど、ここに来たのはイリアのレベル上げのためよね? 作戦を練ったうえでの魔石狩りで、強敵と戦って腕を磨くって話じゃないんだったら、あの4人の申し出を断るべきじゃなかったはずだわ」


 2匹出てきた四つ腕シャコのうち、一匹を倒した4人組のことだ。その主導者らしき鋸刃の大剣使いが手伝うと言ってきたのを、断ったのはカナトだった。


「私がお酌をするとかいう話に腹を立てたのかもしれないけど、大したことじゃないでしょう? いつものあのお店でみんなで食事しようって程度の意味だと思うわ。危ない狩りが少しでも楽になるなら、それくらいなんでもないじゃない」

「それは、まあわかるよ。けどなんというか、カナトには俺がいろいろと背負わせすぎてしまっているというか……」

「二人の事情はよくわからないけど、私にはむしろ逆に見える。カナトはイリアに甘えすぎてるわ」

「甘えてるだと?」


 顔を上げたカナトがさすがに言い返した。

 ハァレイの意図は分からないが、「甘え」という言葉を聞くと、魔物のとどめを任せてしまっているイリアの方がそれにあたるような気がしてしまう。


「聞いてよ。あなたはなんていうか、人を怒らせることを全然気にせずふるまってるように見える。気さくでいいっていう人も居るかもしれないけど、私はイリアの方が人として付き合いやすいって感じるわ」

「……そう?」


 思いがけず、なにやら嬉しくなってしまったが、カナトの表情がいっそう険しくなったのを見て黙ることにした。


「カナト、あなたイリアと一緒じゃなかったら、もっとたくさん揉め事に巻き込まれて来たんじゃない? イリアが丸く収めた場面がいっぱいあったんじゃないの? 友達にそういう負担を押し付けるのはよくないわ」

「そんな事は、……ない」

「本当に? ずっと見てるわけじゃないからあれだけど、あなたザファルやガリムともあんまり話さないわよね。何かあったんでしょ、きっと」

「……」


 話題に上がったザファル本人は「それはもう終わったことだし」と言う。

 実際イリアから見るとそれほど悪い仲ではないというか、火魔法の話などの役に立つ話はしているし、カナトがザファルをみとめている部分も大きいように思う。

 だがイリアの評価は戦いの味方としての見方に偏っているかもしれない。雑談をしたり、個人的な気遣いなどしている場面は確かに少ないかもしれない。


「共通語だと『紳士的』とかいうんだったかしら。嫌われないようにとか、仲良くするために他人にやわらかく接することを、イリアにばかり任せてはダメだと思う。すこし年上だからって頼り切ってはいけないわ。せっかく縁があって背中を預け合ってるのに、このままだと一生付き合える関係にはならないよ?」


 険しい顔のままでカナトは黙り込んだ。

 揉め事に巻き込まれるというか、その元になることの方が多かったわけだが、ザファルたちと合流してからのカナトの態度はむしろ少し改善していたと言っていい。

 久しぶりに悪いところ強くが出たのが、今回の助っ人の申し出を断った件だ。


 バウルジャが言っていた「下手に出ることを覚えろ」という言葉が思い出された。自分たちはまだ弱く、それどころかたとえ誰より強くなったとしても、無意味に敵を増やせばその分だけ危機にさらされるのはこの世の道理だ。



「……イリアとオレは、そういう関係じゃない」

「え?」

「イリアがスダータタルに骨を埋めるって話は、いきおいで言っただけの出まかせだ。それほど遠くないうち、こいつはチルカナジアに帰る」

「そうなんだ…… つまり、それが寂しくて変な態度になっちゃうのね」

「は? なにいってる、それは関係ない」


 布団の上に座っているハァレイは、ガリムが淹れた草茶を受け取り、礼を言って一口飲んだ。顔にかかった長い髪を耳にかけて、また話し始めた。


「寂しがってるとかじゃないっていうなら、それでもいいけど。でもね、友達が自分の意思で、自分の幸せのためにどこかに行こうとしているなら、それは快く送り出さなきゃいけないんだと思う。大人になるってそういう事だし、ちゃんとした大人には、きっと他にもいい仲間ができるんじゃないかしら。無理に引き留めて関係をダメにしちゃうような人間はかえって孤独になるものよ」



 サプフィ郷のサーヤーンだけでなく、央山の民オルターワダムの中にもカナトの親戚は多く居る。そうでなくても義祖母ガーラの伝手もある【槍士】のカナトは、求めればいくらでも仲間を募れるはずだった。

 自分の秘密を共有してくれる唯一の相手として、頼っているのは自分の方だとイリアは思っていた。それは間違いだったのだろうか。

 カナトは反論を返さなかった。ロウソクの火を見つめたまま、黙ったままでいる。


「……なんか、妙に長くなっちゃったね。いやな話だったら忘れて。なんだかお説教みたいになっちゃた」

「そういえばハァレイはもう18だったな! 人妻でもおかしくない歳だし、4つ下のお子様に説教くらいしてもいい! ちゃんと聞いておけよ! カナト!」

「お前に偉そうにされる覚えはない」

「だからカナト、リーナにお前っていうのもやめなさい。歳上とか身分とか言いたいわけじゃないけど、ちゃんと名前で呼んだ方が好かれるよ」

「別にこいつに好かれたくない」


 背中から襲い掛かったリーナが腕でカナトの首を絞めている。手首を掴んで抵抗しているが、リーナが≪ステータス遷移≫を使いだすと降参するしかなかった。




 だいぶ遅くなったが食事に行くというので、先に行って注文しておいてくれと頼んだ。草の汁まみれになってしまった服を着替えるため、カナトと二人男部屋に残る。誰も居なくなったのを確認してから、イリアはまた謝った。



「……なんの話だ」

「まあいろいろだけど、畑モグリのこととか。大丈夫だったか?」

「あの厄介な目を片方ザファルが潰してくれてたからな」

「そういう問題か?」

「近くで見たらちゃんと魔物だった。……どうであれ、むしろ良いことだったんだから謝られる覚えはない」

「……あと、槍のこととか」


 買ったばかりの柄が折れてしまっただけではない。

 【槍士】用の薄刃の穂先が機能するのは強靭化を掛けているからだ。リーナの跳び蹴りにより、カナトの手を離れた状態で押し込まれた穂先は曲がり、大きく欠けてヒビも入ってしまっている。修理よりも打ち直した方がはやい状態でもう使えないだろう。


「それだってもう買い替える時期だったじゃないか。柄はこれまで通り木製だっていいんだよオレは。大したことじゃない」

「……」


 四つ腕シャコの腕を全部いだ時、イリアはレベル25になってしまっていた。

 ハァレイのレベル戻しに動き出してから、カナトのレベル上げはほぼ出来ていないのに、自分だけが特に滞ることもなく順調に成長素を獲得してしまっている。

 気が引けないでもないが、それについては別に謝る事ではない。


 今日とれた二つの魔石は魔物の体から取り出してすぐ、意識を失ったハァレイを運ぶ途中でこっそり摂取させている。噛んだふりをして口の中に隠しておくのは簡単なことだ。

 ここまで来たからにはあと一押しなのだ。

 計算上、仮想レベル24以上の新鮮な魔石か、あるいは一匹目の時と同じように殺してから1刻たった四つ腕シャコの魔石でもハァレイはレベル22に戻せる。


「カナト。俺がうかつだったせいであんな危ない戦闘をさせて悪かった。身の丈にあったレベル上げをしようって言ってたのにな」

「いつの話だよ。肉削ぎバチとやりあう前のことだろそれ」

「とにかく、もう俺たちは四つ腕シャコとは戦わない」

「じゃあどうするんだ」


 カナトの槍を買い替えるのは少し待ってもらわなければならない。

 期限はあと6日なので、ぎりぎりなんとか間に合うはずだ。


「人間社会で問題を解決するのに一番当たり前の方法を忘れてた。労働とその報酬だ」

「つまり金ずくってことかよ。なんか格好悪いな……」


 格好悪くても構わない。あと一つくらいなら、必要な魔石は買ってしまえばいいだけだ。

 それなら誰の命も危険にさらすことなく、安全確実に目的を達成できるのだ。

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