第160話 試合結果
ぶつかり合ったり、あえて避けたりしながら、もう半キーメルテも来ただろう。途中イリアの「岩持ち」集団からは何人か抜けて周囲で起きている岩の奪い合いに参加した。抜けるだけでなく加わる者も居て、今は10人ほどになって大通りを駆け抜けている。
青い襟巻の集団数人が、奪い取ったのだろう岩を持って駆けてきた。全員でぶつかりに行く。重い岩を持ったイリアは一歩出遅れたが、ちょうど相手岩持ちの、岩を持っている本人とかち合った。
どうしたらいいか一瞬戸惑う相手にイリアは自分の岩を投げつけた。重い岩に脚をすくわれ、前のめりに転ぶ相手。珍しい女性参加者。
三日前、わずか6、7刻間練習しただけのイリアが、簡単に相手を出し抜けるのはすこし変な気もしたが、考えてみればレベルが10から19までという条件に当てはまる期間は普通長くても2年程度だろう。それなら経験の差などというものはそもそも無いのかもしれない。その年代の半大人にとって、これは一生一度の「バカな真似」なのかもしれなかった。
敵方がこぼした岩を拾い上げてイリアは大通りを駆け抜ける。もともと持っていた岩も味方の一人がひろって後を付いてきている。
うまい具合に青襟巻はみな味方側とぶつかり合っている最中で、護衛無しでさらに距離を稼ぐことが出来た。
大通りの南側半分2キーメルテの、さらにちょうど半分くらいまで来たところで、道がみっちり参加者たちで埋まっている。
少なくとも100人以上の敵味方が入り乱れ、押し合いへし合いしているその塊に向かって、イリアはさらに加速した。
お互いの衣服を引きちぎりながら、横を向いて掴み合っている二人の若者。青い襟巻の方に向かってイリアは跳んだ。10キーラム以上あるものを左腕に抱えているのであまり高くは届かないが、相手の腿の付け根に足をかけ。駆け上がるようにして肩を踏んでさらに跳ぶ。
今日イリアは靴を履いていない。裸足の者は他に見かけなかったが、ハンナに習った足運びを実践するにはやはりこの方がいい。
硬い靴底で敵方を踏みつけるのは武器の使用と見なされかねないが、裸足で踏むだけならそれは攻撃ではなく移動手段だと言い張れる。
そのまま敵方の肩や頭を踏んで歩いていても、左右の屋根の上に待機している審判役はイリアをとがめに降りてこなかった。
全員ではないだろうが、黄色く染められた外套を羽織っている審判役の多くは【マナ視】アビリティーの保有者だ。
ハインリヒ商会の従業員のニコと同じ異能を持っている彼らは、アビリティー保有者の余剰マナが減ったり、魔法・異能の行使のために体外に放出したそれを「見る」ことが出来る。彼らが見張っている限り規則違反行為は許されない。
踏みつけられた敵方の罵声を背に、イリアは200人近く居た参加者の集団を岩を持ったままで乗り越えた。途中何度も足を踏み外しかけたが落下はしていない。
ひときわ体格の大きい、半大人のくせに顎髭を生やした青襟巻の頭をふみつけて大通りに飛び降りると周囲から歓声が聞こえた。「すげぇー!」とか「いいぞチビ!」とかいう言葉の中に、細い声で「イリアさーん」と言うのが聞こえた。
声の聞こえた右上の方角を見ると、材木で覆われた二階建て家屋の屋根の上にカナトとアヤの姿。抱きかかえられたアヤは兄の首につかまっている。隣にはエミリアも居てこちらに手を振っていた。
岩を抱えていない右手を挙げて答えようとしたら、一瞬で間を詰めてきた青襟巻がすれ違いながら左肘の内側でイリアの顎をかちあげ、そのまま振りぬいた。後ろ向きに一回転。岩も手放して石畳に仰向けに落ちたイリアは一瞬意識を失った。
自力で素早く起き上がり周りを見渡せば、イリアをひっくり返した男はここまで運んできた岩を奪い、イリアがしたのと同じように集団の上を跳ねて向こう側に向かっている。その挙動は明らかに自分より巧みだ。
異能の使用は禁止と言っても、それは余剰マナを消費する任意発動型のことであって、【操躰】など『感覚強化系』の常時発動型異能を禁止するものではない。禁止のしようがない。
まあ本当に感覚強化系かはわからない。負け惜しみを言ってもしかたないのでイリアは奪い返すのをあきらめ、今200人の集団のなかで奪い合われている岩を隙を見て盗ることに決めた。
呻き声や怒鳴り声を立てながらひしめき合う集団の周りをうろうろとしていると、やがて味方の何人か固まっていところで赤襟巻の一人が体を起こし、こちらを見て、手に持っている黄土色の岩をぶん投げてきた。
両腕をひろげ、10メルテの距離を飛んでくる岩を正面で受ける。
腕だけでは受け止めきれず腹に直撃した。肋骨にひびが入りそうな衝撃。
なんとか尻もちをつかずに持ちこたえ、振り返って『勝利の輪』のあるほうへと振り返ると数人の青襟巻が殺到してくる。
思わず速度を緩めると、背後から援護のために味方が4人、前に出てきた。
その4人を盾にして左に回り込み、さらに前へ。とにかく前へと岩を運ぶ。
何度も何度も出てくる北軍「防ぎ方」をやり過ごし、時に押しのけ、あるいは味方と一緒に激しく撃破して数分。とうとう1キーメルテにもおよぶ距離、イリアは自分の岩を守り切った。
下町地域の南端、石と灰土で出来た構造物。第一大橋の延長上に東西に延びる防壁もどきを背景に「勝利の輪」が見える。
高さは5メルテ、距離はまだ30はあり「投げ方」であっても届くはずはない。
輪の下には北軍の最後のまもりである「
中央の岩持ちを守りながらが突進していく。何人も下に押しつぶされながら、輪までもう少しという距離。味方の中心から岩が2つ同時に投げられた。一つは外れて見当違いの方へ飛んでいったが、もう一つは直径2メルテの勝利の輪の真ん中を通った。
周囲の建物の屋根の上から、外してしまったという嘆きの声と、それをかき消すほどの歓声。負けない声の大きさで「29点!」と叫んだのは、防壁もどきの上に3人並んでいる黄色外套の審判役。
攻めかかっていた味方はそのまま敵方とぶつかり合い、人数に差があるにもかかわらず勝利の輪近くの位置を譲らないでいる。
勝利の輪を通った方の岩は下に居る審判役に拾われ、地面に置かれた大岩にぶち当てて割られてしまうので再利用はできない。
外れた方を手に入れた北軍は10人ほどで固まってまごついているようだ。
そのせいで北軍「輪の下」は人数を割かれ、イリアたちも加わった南軍を押し返せないでいる。
その時、張りのある大声が北軍「輪の下」の中心から響いた。
「割ってしまえ! 今から北まで運ぶことは出来ない!」
賢い判断だろう。ここで北軍が岩を確保していたところで、4キーラム先まで運ぶのは時間的に見ても不可能で、途中で奪い返されるのが落ちだ。
指示の声に従ったのだろう、北軍の動きが連携を取り戻した。だがイリアたちの後からも二組の岩持ちがやって来て人数的には押している。
ぐるりと辺りを見回すと、一番最初にイリアが岩を渡した「
イリアが振り返ってそちらに向かおうとすると、「岩を割れ」という賢明な指示を出したのと同じ声が、今度は何か感情的に叫んでいる。
「どいてくれっ! そいつは僕がぶちのめす‼」
もう一度勝利の輪の方を振りかえる。青い襟巻を付けた味方をかき分け、前に出てくるのはオスカー・ヴァーハンだった。何の因果なのか、その瞬間イリアとオスカーを結ぶ直線上には北軍も南軍もいなくなって途が開いてしまっていた。
姿勢を低く、足の裏と石畳の接地面を最大に。上に跳び上がりそうになる力を生まないように、横方向にのみ力をかけ、歩幅を細かく足を運ぶ。
アビリティーの恩恵をうけた自分の脳の働きが活性化し、時間感覚が戦闘用に切り替わる感覚。あるいはさっきまでもそうだったのかもしれないが、今はなぜかはっきり自覚された。
岩を両手で体の前に抱え、僅かな距離を加速しながらオスカーに向かっていく。
お互いあと一歩の距離。オスカー腰がをひねり右ひじを引いて、そしてそれをイリアの側頭部に打ち込もうと上半身を回転させた。
イリアは岩を強く抱きしめ、首に力を込めてそのまま体当たりを敢行。
肘は革兜に突き刺さり、衝撃が中の詰め物をつらぬいてイリアの脳を軽く揺らす。
が、直後。低い姿勢から突き上げるようなイリアの体当たり。オスカー・ヴァーハンの体全体を上に跳ねあげた。
体重だけならイリアの方が間違いなく軽いが、岩込みの重量であれば標準体形のオスカーを完全に上回る。空中で縦回転して後方に墜落したオスカーを尻目に、ぽっかりと開いた途を突き進んだイリアは横に回転。勢いをつけ、距離も高さも5メルテほど離れた「勝利の輪」目掛け、黄土色の岩を両手でぶん投げた。
放物線を描いて岩は輪の中に吸い込まれた。審判の叫ぶ「30点!」の声。
全身の力を抜いて立ち尽くすイリアに襲い掛かってくる敵方は居なかった。
天を仰いで荒く呼吸しながら、振り返って引き返す。数十分間、岩を抱えてほぼ全力で走り回っていたイリアにはもはや体力が残っていなかった。
西側の建物の屋根を見ると、十数人の観客の中にエミリアと、アヤを抱きかかえたカナトが居た。跳び上がるようにしてイリアの活躍を称えてくれている。
首の赤い襟巻を解きながらそちらに近寄ると審判役の一人がとび降りてきた。襟巻を外したらそこでイリアの『岩通し』は終了。
下から抱えあげられ、エミリアに手をひかれ、イリアも屋根の上の観客の一人になることにした。
それからわずかに四半刻くらいだろうか。大きな金属打楽器の音が『岩通し』修了を告げた。南軍の得点は32点から増えることは無く、屋根の上に座って傷の治療を受ける参加者たちを横目に裏通りを北上していくと、南軍敗北のしらせが伝え聞こえてきた。どうやら向こうは制限時間中に38個の岩を通したらしい。
だが、少し腫れたこめかみをさすりながら進んでいくイリアにはあまり
イリアが得点したところを見ていた観客の何人かも、背中や肩を叩いて「よくやった!」と声をかけてきた。
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