第158話 秋祭り

 うながされイリアが大きな卓の隣の席に座ると、アントニオが茶碗に茶を注いで渡してきた。

 菓子も食べるように言われる。乾燥させた森イチゴがのせてある焼き菓子だ。

 他人の家で他人の茶と菓子なのに、客人であるアントニオが自然と人をもてなそうとするのは飲食店の家の生まれだからだろうか。


「あの、何のご用でしょうか」

「もうすぐ秋祭りだろ? それで毛詰めの革兜が要るから探したけど、しまってた場所から無くなってるんだよ」

「あ……」

「そう。妹に訊いたらイリアに貸してるっていうからさ。もういらないんだろ?」

「はい、すいません、借りっぱなしになってて」


 球蟲たまむしの体当たりから頭を守るために借りて、その後一切使っていないのに返していなかった。普段ずっと部屋の中に転がっていたが、ちゃんと下宿を移るときにも持ってきている。

 どう見ても高価な武具ではないし、既に大人としてのレベルを持っているアントニオが必要とするとは思っていなかった。


「すぐ持ってきますね」

「うん。そうしてくれるか」


 特に怒っている様子もなく朗らかにしている。

 イリアは走って部屋に戻り、1分とかからず不格好な革兜を手に応接間に戻った。


「すいません。使わせてもらって助かりました」

「別にいいさ、勝手に貸したことは妹に謝らせたし。それよりもさぁ、イリアって今レベルいくつなんだ?」

「13です」

「そうか、結構高いな。じゃあイリアも『岩通し』、出ないか?」

「は?」


 秋祭りが始まるのは10月10日。つまりは明日だ。

 『岩通し』というのがどういうものなのか噂に聞いているが、はっきり言って野蛮で危険な催しだ。いきなり参加しろと言われても困る。


「そんないやそうな顔するなって。岩通しがあるのは祭りの最終日で、3日後だな。別に複雑な規則は無いし、すぐに覚えられるよ」

「いや、大人じゃないと駄目でしょう。それもレベル30どころか40や50の人まで出てくるって聞きましたよ? 俺が参加するとかありえないでしょ」

「いやいやまさか。本戦に出ろなんて言ってないよ。本戦の前の半大人戦に出ればいいんじゃねえかと思って。そっちならレベル10超えてれば出れるし、遊び半分だから怪我人も少ないよ」


 参加条件は王都に住んでいるレベル10以上20未満の半大人ということだった。マルゴット邸の下宿人として登録されているイリアはその条件に当てはまる。


「出るとどんないいことがあるんです?」

「そりゃ、活躍すれば有名になれるぞ」

「はぁ」

「本戦は何千人も参加するから目立つのは簡単じゃないが、半大人戦なら多くても千5百くらいかな? 俺は去年で引退して、今年から本戦に出なきゃいけない。イリアはたぶん参加者で一番若いくらいだろうから、最後まで立ってるだけでも褒められると思うぞ」

「立っていられなくなるような感じですか……」

「いけるって。レベル相応に腕も立つんだろ? 女にもてるぞ」


 イリアが参加を承諾すると、早速今日の午後から練習を始めることになった。

 場所はマルゴット邸の広い庭。アントニオが面倒を見ているという近所の参加者10人ほどを連れてくるという。イリアを誘ったのは練習場所が欲しかったからなのかもしれなかった。




 練習はたった一日で終了し、翌日から秋祭りが始まった。祭りと言っても『岩通し』以外に特別大きな行事が開催されるわけではない。東岸新市街では劇場で特別な演目が上演されるたりするらしいが、下町地域にそういう施設は無い。小さな舞台がある酒場くらいはあるが、14歳の少女を連れて行くような場所ではないだろう。

 イリアは普段の数倍人通りがある下町南北大通りをエミリアと連れだって南下していた。

 出店には色とりどりの森の果物を使った菓子が並んだり、数日遊べば飽きてしまうようなつまらない木工玩具が売られている。

 筋骨隆々の大道芸人が数十キーラムはありそうな大金槌を空中に10個も投げ上げ、順繰りに受け取ってはまた放り上げることを繰り返していた。


「それで『岩通し』出ることにしたわけ? バカじゃないの?」

「いや、王都住民としてのけじめというか。よそ者であることからの脱却というか」

「目立ったら困るってずっと言ってなかった? が勝っちゃって慎みを忘れたの?」

「それは……」

「まあ好きにしたらいいけどさ。出るなら応援くらいはするよ。どうせ午後の本戦にはアントニオも出るんだし」


 有名な裏通りの菓子店が屋台を出しているとエミリアが向かって行った。丸太椅子が10ほど並んでいて座って食べられるようだ。

 取れたての早採り林檎をたっぷり包み焼にした菓子と、林檎の皮を煮出した湯で淹れた茶。二つの味が絶妙に合っていて感動を覚えるおいしさだった。二人前で小銀貨一枚。二人で銅貨10枚を出し合った。


 食べ終えてからも祭りで賑やかな大通りをゆっくりと進んだ。2刻もかけて三日前に訪れた中古の防具屋に到着し、薄暗い縦長の店内の奥に進んで目当ての革鎧を見つけた。


「やっぱり秋祭りだから値下げしてるわ」


 エミリアの言う通り、獣皮の切れ端で出来た値札に書かれていてるのは大銀貨4枚という文字。

 他所の地域からも多少は人が集まるこの時期。目新しい商品を売る店は値上げで儲けようとするが、地味な中古品店は値下げによって多く売りさばこうと考える。買い取りも盛んになるため手持ちの現金が必要になるからだ。


「カナトを連れてこなくてよかったな」

「そうね」


 地下上水路点検の報酬では買えない。足りない分はイリアとエミリアが折半して出す。本人がいたら購入には反対しただろう。

 足や腕は防御されない肩当て付き胴鎧。致命傷を防ぐ効果は期待できる。

 樹脂ではなく動物質の硬化剤で処理され、イリアの鎧よりも柔軟だ。その代わり基本的に二枚重ねた革を使っている。

 動きやすいように肩当て周りの構造が大きく余裕をもたせてある設計。背中から前に回る紐で締め付けて調整する様式だ。


 イリアが体に当ててみると胸の辺りが少し狭く感じる。痩せ型のカナトならば問題ないだろうかと渡すと、エミリアは自分の胴体に当てた。

 エミリアとカナトの胸囲は同じくらいのはず。ひもを締めてみないと分からないが、一見したところ問題はなさそうだ。

 しばらく見ていたらなぜか急にエミリアは右ひじをイリアの脇腹に突き立ててきた。筋肉で守られていない肋骨に当たり、軽い一撃でも痛かった。



 鎧を購入し、そのまま第一大橋を渡って東岸へ。堤防の上の道をたどって北に向かう。秋祭りの気配は壁外地域にはない。

 スダータタル人の溜まりに入ると、約束していたわけではないがうまい具合にカナトが居た。井戸小屋広場で水汲みをしていた。

 エミリアと二人で革鎧を装着させてみると寸法はしっかり合っていた。本人もまんざらでは無さそうにしている。





「ふーん。じゃあ明後日イリアはその『岩通し』ってのに出るのか。活躍すると金になったりするのか?」

「そういうのは無いよ」

「見る分には結構面白いわよ。カナトも見に来たらいいんじゃない?」

「オレが行ってもいいものなのか?」

「壁外住民がって意味よね? 問題ないわ。毎年いっぱい見物に来てる」


 井戸小屋広場の隅で3人で話し合う。

 明後日の12日。午前中に開かれる半大人戦の見物にカナトとアヤの兄妹も来ることに決まった。

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