第148話 レベル13

 エミリアが右太腿に装着する矢筒から弩弓の矢を取り出した。その先端にはガラスの矢じりが付いている。長弓で用いるものより太く短い矢は5本あって、イリアが制作し材料費と同額で売ったものだ。


 鉄の矢じりに比べて安いからガラス器の破片を使っているわけだが、意外とバカには出来ない性能を持つ。鋭さは言うまでも無いし、上等な鋼鉄並の硬さを持っている。

 欠点としては硬いだけで粘り強さがなく、砕けやすいこと。ほぼ使い捨てになるわけだが、別に弩弓の名手というわけではないエミリアが山中で使うのにはむしろそのほうが良い。的を外してどこかに飛んでいってしまうたび、矢一本の代金いくらの損失、などと考えていては戦いにならない。


 ガラスの破片は売れば新しいガラスの材料になるとはいえ、ごみとして捨てられていることも多く、探せば只で手に入る。その辺の枝を削って矢軸を作り、軸の後端にてきとうに鶏の羽根を挟み、矢じりの固定は安い綿糸をかたく巻き付けるだけ。

 なので材料費は一本当たりで銅貨1枚しかかっていない。市販品より精度が落ちるから長距離狙撃に向かないが、エミリアにもともとそんな腕は無いし、魔物相手に遠くから当てても威力が落ちて効きはしない。



 弩弓の弦が空気を叩く音がして矢が飛んでいき肥満ヤマネコの胴体を掠めた。怒りの声を上げ、飛び移ったカシの木の幹から一挙動で跳ね跳んでくる。

 カスターの大盾にぶつかる。

 盾の上から首を伸ばしてカスターの頭に牙を突き立てようとしているのを、短鉄棍で打とうとするも避けられる。カナトの槍の一突きにも反応し空中で身をよじって避けた。


 初めて戦う肥満ヤマネコは聞いていたよりも手ごわい。まだ脂肪をため込む前の未肥満ヤマネコなので俊敏さが違うのかもしれない。

 斜面の下、藪の中をガサガサと高速で移動して道の前に回り、今度はカナトに襲い掛かる。突き出された槍を避けて地面を蹴り、カナトの足元に体当たりしてから、木の根の露出した段差の面を蹴ってまたカスターを襲う。

 盾での防御が間に合わず革を重ねて補強してある上着の左肩が引っ掻かれた。同時に小さな悲鳴。エミリアの声だ。後ろ足で顔を蹴られたらしい。


 着地して地面を蹴りイリアにも向かってくる魔物。頼りの武器を斜めに振り下ろすが、横に避けられる。両前足の鋭い10本爪を露出させ、跳びかかってくるのを引き戻した短鉄棍で受け、勢いを受け止めるため後ろに出して支えた右足が地面にめり込んだが、なんとかはじき返す。

 背後に回られたので横なぎで牽制しながら振り返ると、離れた位置で這うような低い姿勢を取っている。牙をむき出しにし、また「ジャア」と鳴いた。


 カナトが狭い道の段差側を通ってイリアと横にならぶ。

 声を掛け合う事も無く同時に前に出て、まずはカナトの槍が突き出され、避けられたところをイリアの横なぎ。必要以上に高く上に跳びあがった肥満ヤマネコ。同時に後ろからエミリア合図。

 カナトは段差に張り付くように避け、イリアは身をかがめ、そこにできた空間にエミリアの矢がはしり、肥満ヤマネコの左前脚に突き立った。ニギャッという鳴き声。


 矢じりが砕け矢軸がはね返る。だが先端は確実に魔物の毛皮を貫いて肉にまで届いている。その証拠にカナトの攻撃を避けながら魔物はもう左前足を地面に着けないでいる。

 動きの鈍った魔物の尻の辺り、短鉄棍の逆斜め斬り上げが当たった。剣ではないので打ち上げというべきだが、ともかくオスだったらしい肥満ヤマネコは悲鳴を上げてうずくまった。

 勝利の確信と共に、レベル上昇の感覚がイリアの全身に広がった。




 無傷のカナトが肥満ヤマネコの魔石を取り出している間に、エミリアの左頬にできた切り傷を治療する。二筋の爪の跡は結構長さがあったが、幸いにして表皮が傷ついただけで縫う必要まではなさそうだ。

 『浄水プロウター』のきれいな水で洗い、背負い袋からとりだした血止め・消毒の軟膏を塗って、新品の手巾を当て包帯で顔をふた巻き巻いて固定する。カスターの方が傷が多いわけだが、先にエミリアを診ることに文句は出なかった。


「取れたぞ。この魔石はどうする?」

「私にちょうだい」

「……」

「二人とも、もう仮想レベル10以下の魔石でも十分レベルが上がるくらい溜まってるし、それを摂ると無駄が出るよ。だから私が欲しい」


 これにも文句は出なかった。顔に傷を負ったエミリアに遠慮してというだけではなく、魔眼のおかげで無駄なく魔石を消費出来ていることは二人ともわかっているから逆らわないのだ。

 傷の治療を終えると4人はすぐ山を下りた。戦い続けるのが難しいような傷ではないが、探してもケヅメドリが見つかるかどうか微妙だ。

 ケタンキ村の肉屋のアルトゥールに持って行った肥満ヤマネコは金にならなかった。肉が臭くて食料としてはほぼ価値がなく、人工管理魔境の魔物の餌くらいにしかならないのだ。完全な無価値ではないのだが、毛皮を丁寧に剥いでもらった手間賃と相殺になった。


 冬毛でなくとも豊かで手触りのいい肥満ヤマネコの毛皮は良い値段が付く。小銀8枚の儲けを4人でわけた。危険に対して十分な収入とは言えない。やはりキラチフ山域での狩りはもう終わりにすることが決定する。

 魔物卸商の店を出てカスターの曾祖母の住む家に向かう。イリアを除く3人は期待に満ちた顔をしていた。





「で、どうだった?」


 目を輝かせてエミリアが訊いてくる。


「気にせずにレベルを上げられるのはあと一回だけだってさ。もう急ぐなって」

「やったな!」

「ようやくか、長かったぜ」

「そりゃそうよね。遅すぎたくらいだわ」


 見姑ザターナの診断結果を言うと、3人は喜びの声を上げた。

 肥満ヤマネコからの成長素によりレベル13に上がり、とうとうイリアにもステータス不適応症の兆候が現れたようだ。アビリティーを得てから110日目、3カ月と20日で12回のレベル上昇。常識的に適正とされる頻度の3倍だ。


「別に喜ばしいことじゃないんだけど。なんなの」

「喜ばしいわ。やっと私たちの気持ちがわかったでしょ?」


 このひと月足らずの間ずっと、この3人はイリアのレベル上げに協力的だった。そうでなくても【不殺(仮)】のレベル上げ効率は自然と高くなるわけだが、止めを刺す前にイリアに獲物を打倒させるということをわざとやってきた。それはほとんどの場合で成功している。


 縞オオムカデの幼体でレベル10に上昇した時から数えて、ケヅメドリ4匹、甲冑蟲かっちゅうむし5匹、マダラカレキ蟲2匹、珍しいヒメ毒糸イモムシ1匹。

 そして今日の肥満ヤマネコ。合計13匹分の魔物の成長素を得ている。

 そして残った魔石で3人が成長素の二重取りをするわけだが、分け合ってレベルを上げているのに3人とも不適応症の兆候が先に出た。

 現在カナトはレベル12、カスターとエミリアが11だ。


「まあアビリティー歴はともかく、歳だったらまだ俺の方が早くレベル上げてるけどな。年の暮れに14歳になるまでに、絶対レベル14にはしてやるし」


 カナトはあと十日すれば1レベル上げてもいいと言われている。年長なのに一つ後れを取ってしまっている二人は無言で最年少の【槍士】保有者を睨んだ。


 イリアのステータスは現在『力』72『耐久』74『マナ出力』46『マナ操作』64『速さ』69だそうだ。あくまでエミリアの概算だが。

 魔法を頑張っているのに『マナ出力』がそこまで上がっていないのはやはり戦闘魔法を使わないからだろうか。だが目論見通りに『マナ操作』がそこそこ上がっていて、「不器用戦士」にならずに済んでいるのはありがたかった。

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