第145話 どうせばれない
カナトの放った渾身の一突きが
その瞬間、激しく身もだえした魔蟲の上半身。不吉な金属音が聞こえた。
「クソッ!」
「折られたのか⁉」
カスターの問いに答えることなくカナトは腰の短剣を抜いた。いくら強靭化しているとはいえ絶対に折れないという事にはならない。そもそも包丁は切れ味が重視されるもので、武器としての耐久性を考えて作られていない。
体の片側の脚だけで這いずり、のたうち暴れる親ムカデにたいして、イリアも短鉄棍で参戦してみた。とぐろを巻いているのでもはやどちらが前か分からないが、いちおう後ろと思われる方から近づいて素早く短鉄棍を振り下ろす。
石のように硬い。防御や回避を考えない本当の全力でなけば甲殻を割れそうにない。
カナトが決死の接近戦で残った左の触角を切り飛ばすと、縞オオムカデの動きがさらに鈍くなった。暗闇でも活発に動き回るという縞オオムカデは目よりも触角で周囲の状況を感知しているのかもしれない。
カスターが再び押さえ込みに入る。頭部より少し下の、胸と言っていいのかどうかわからないが、そのあたり。
さっきと同じことになってはいけないので、カスターの背中に覆いかぶさりイリアも体重をかけた。
4メルテほどある胸部より下の部分がバタンバタンと地面を打っている間に、カナトが研ぎすぎて短くなった剣で縞オオムカデの首を落とした。甲殻の隙間を何度かに分けて切り裂いて、ようやくだった。
「オレかお前がこっちを食って、ケヅメドリの魔石は、地魔法で幼体をけ散らしたエミリアか、エミリアを連れてきたイリアのものにする。それが公平ってもんだろ」
「なんでだよ、イリアはともかくエミリアはそんなに働いてないぞ。地魔法だって無ければ無いでなんとかなったしな」
カスターの右足首には小さな傷が二つ開いていたが、既に血は止まって毒の影響もあまり無いようだった。傷の周りが若干しびれているらしい。
カナトとカスターはもう1分も言い争っているが、さっさと魔石を取って消費しないと成長素が抜け出てしまう。
周りを見渡すとエミリアが処理した子ムカデの死体が5つほど散らばっている。イリアが沈静化させた子ムカデは逃げ去っているようだった。
エミリアがいつの間にか、ケヅメドリの死体の残骸をナイフで切り裂いていた。
取り出した深紅の魔石を水筒の水で清め、カナトに手渡した。
「これどうぞ。イリアも私も要らないから、遠慮なく」
「……いいのか?」
「ええ。それよりもはやくそっちの解体もしなきゃ」
言われてすぐ、カスターは自分の短剣を引き抜いて縞オオムカデの所に駆け寄ってきた。駆け寄ったはいいが、戸惑っている。
「なあ、これってどこに魔石があるんだ?」
蟲系の魔物の魔石は腹部にあるというが、ムカデの腹とはどこから下の部分なのか。下半分としても2メルテ半もあり、全部切り開くのは大変そうである。
「第19節のあたりだったと思うわ。頭の下から数えて19番目」
「ほんとか? よし」
カスターが死体をひっくり返し、19番目の体節を腹側から割っている。
武技系異能で強靭化しないカスターの短剣は刃が欠けないように分厚くできていて、切れ味はあまり良くないはず。そのはずだが、マナの恩恵を失った魔物の体は普通の刃物でも切り裂けるようだった。
そして不思議なことに、死んでマナの恩恵を失っているはずの縞オオムカデは解体されている間もぐねぐね動き続けていた。
ケヅメドリと縞オオムカデの仮想レベルはほぼ同じで間違いないのだが、既に成長素がいく分抜け出ているはずの深紅の魔石と、今取り出されたばかりの黄黒まだらの魔石、どちらをどちらが摂取するのかスダータタル人の二人がまた争っている。
カナトはあと少しの成長素でレベルが上がり、カスターはムカデの魔石でちょうどレベルが上がる。エミリアが魔眼で見てそう教えたことで喧嘩は収まった。
言葉の通り、二人とも噛んだ瞬間レベル上昇を実感しているようだった。
そして4人はそのまま山を下りることにした。
日はまだ高く、次の獲物を探すくらいの時間は十分あったのだが、全員に疲労があるはずというカナトの判断だった。痺れは消えても無傷ではないカスターも異議を唱えたりしない。
食い荒らされたケヅメドリの死体はその場において帰る。鮮度としてはそれほど古くはないし、腿肉はあまり荒らされていなかったが売り物にはならない。
理由は当然、毒を受けていると思われるからだ。血中に麻痺毒が残存する肉を食べたくらいで大人の健康に害をもたらしたりしないだろうが、食べるのは大人だけとは限らない。
ムカデの甲殻も親の方は売り物にはなるはずだった。小物入れの箱などの材料として、一匹分全部剥げば大銀貨1枚程度の収入にはなるらしかったが、これもあきらめる。
モミの大木の倒れた跡、森の空間にはあまりにも多く血が流れていて危険だった。長居をすれば他の魔物を呼び寄せる危険があり、カナトの槍は穂先が無い。大物でなくとも、もう一匹縞オオムカデが出ただけで命に係わるだろう。
とはいえ実入りは皆無ではない。魔石を摂れたこともそうだが、縞オオムカデの毒はくすりの材料になるのだ。専門家による加工が必要だが、かゆみ止めの塗り薬として効果が高いらしく、イリアも子供のころ虫刺され跡に塗った覚えがある。
青い血のしたたる首を持ったままで山から出て、いつものごとく崖を下って、草原の帰り道をのんびり4人で駆けた。
「おい、イリア」
「なんだ?」
血の流れきった首を手に持ってぶら下げているカスターを先頭に、イリアとエミリアがほぼ横並び。最後尾のカナトが話しかけてきた。
「イリアお前、いつレベル上げたんだ」
「え……」
「その動き、前と違うだろ。力が強くなってるし、少しぎこちなくなってる」
「えーっと……」
「昨日の稽古の時はそうじゃなかったし、そのあと狩りに行ったはずは無いし。魔石剤でレベル上げたのか? 魔石剤って高いものだろ、イリアはそんなに金持ちだったのか?」
助けを求める気持ちでエミリアの方を見た。
一人だけ手ぶらで両腕をだらだらさせながら走っていたエミリアは、瞳をくるくる動かして少し考え、言った。
「話しちゃえばいいんじゃない? 話さないせいで、戦いの最初のあたり連携が取れてない感じだったし。よくないよ」
「えー……」
「何の話だ?」
カスターも興味を持ったのか、速度を落として振り返った。エミリアが走るのをやめるのに合わせ、4人で固まった。
「イリアのアビリティーの話。新種アビリティーで、魔物を殺せない代わりに、倒すだけでレベルが上げられるのよ。そして魔石を摂っても成長素が得られない」
「……本当に話しちゃった!」
スダータタル人二人はにわかには信じない。「はぁ?」と言っている。
歩くのも止め、道のわきに立ち止まり、10分ほどかけて改めて【不殺(仮)】の性質をエミリアが説明した。
普通であれば信じられないに違いないのだが、第三者であるエミリアがいう事だからか、だんだんと表情が「そんなバカな」から「本当なのか」に変わっていく。話しているのが【賢者】保有者だということも関係するのかもしれない。
「……本当だとしたら、それはとんでもないことなんじゃないのか? こんなことしてていいのか?」
カナトの疑問にカスターも頷いている。
エミリアは言葉をつづけた。
「言っておくけど、このことは他に漏らさないほうが良いわ。あなたたちにとって得になることはたぶん無い。あるとすれば誰かに秘密を売るとかだろうけど、無理よね? 法的に保護されず人数も少ないスダータタル人移民が『有益な情報を隠し持ってる』って
なにか恐ろしいことを言っている。本当の事かどうか分からないが、カスターは顔を青ざめさせ、カナトはしかめ面をしていた。
「それにイリアがこうだから、あなたたちは魔石を分かち合う必要がなくて効率よくレベルが上げられるのよ? 他の人が知ったらイリアはその人に取られちゃうかも。いちおう戦力としても役に立ってるんでしょ?」
軍用地地域を南側の草原と隔てている7つの砦が見えてきた。距離はもう1キーメルテほどだろうか。あと数分で王都に帰り着く。
前を駆けるスダータタル人二人は突然知らされた奇妙な事実をどう受け止めるべきか話し合っている。
そもそも、なぜイリアが学園にも入らずカナトと組むことになったのか。それは安易に人と組むことが出来ない訳があったから。その訳、理由が判明したとしてカナトの方は納得し始めている。
「……エミリア」
「なに」
「……あのことは言ってないよな、俺が成長素を摂った魔物の魔石は、格が一つ下がるっていう……」
「ああ、そのこと。それは言ってもしょうがないっていうか、言わない方があなたの価値が上がるでしょ。聞かれたら答えればいいけど、どうせばれないよ」
「……」
むかし『白狼の牙』の誰かが言っていた、女は平然と嘘をつくという嘆きの言葉。顔色一つ変えない賢者の少女にイリアは数秒間言葉を失った。
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