第144話 縞オオムカデ
15メルテの距離まで近づくと
これらが魔石に変わることは無い。この魔物の幼体には魔石が形成されない。
右手にナイフを持ったままエミリアは片膝を地面に着き、朽ちかけた針葉樹の葉を払いのけて左手を深くうずめた。
イリアと一つしかレベルが違わず、均等型ステータスに育っているというエミリアの『マナ出力』は50程度でしかないはず。その程度で使える戦闘魔法があるとイリアは今まで思っていなかった。
『
「召名句」と「奉納句」しか意味が分からないが、エミリアはゆっくりと精霊言語を発声した。「ガンパシートゥ」は魔法名だろう。
唱え終わってから約2秒。何か異変を感じたのか、縞オオムカデの幼体の群れは動きを止めた。が、避ける間もなく。黒と黄色の塊の下、地面が破裂した。
餌に
数メルテは上に飛んでから落っこちてきた死体は、首と腹部の肉が無くなり骨だけになっている。腹腔に顔を突っ込んでいた幼体2匹は、何が起きたのか分からないという風情で頭部に生えた二本の触角を揺らしている。
魔法行使者のエミリアが意図したことかどうか分からないが、落下したケヅメドリの死体は最初の場所からずれてこちら側に近づいている。
カナトとカスターが死体に向かって走るので、イリアも続いた。エミリアも立ち上がる。
カナトは近づきざま幼体の一匹を槍で突き、それをこちらに
長さ1メルテ。太さは手首ほどだろうか。
体が50ほどの節に分かれていて、その体節一つ一つに一対ずつ短い脚が生えている。蛇腹状になっている甲殻は一枚一枚が黒と黄色の二色に分かれていた。
体の中心を貫かれたというのにムカデは異常な生命力を示し、何故なのかエミリアに向かっていく。賢者の少女は足元に迫るまだらの魔蟲を脇に蹴飛ばした。
背側に比べ腹側の色が少しうすい魔蟲は、飛ばされた先で起き上がり頭をもたげている。
「よし! 魔石は無事みたいだぞ!」
ケヅメドリの死体を改めていたカスターが声を上げた。胸腔の中までは食い荒らされていなかったらしい。
その時、はるか前方で異音が鳴る。赤い花をつけた、滑らかな樹皮の大樹。横に伸びる枝が次々とへし折らる。樹上から大きな何か、黒い影として幹に巻き付きながら下ってきている。
「やっぱ居やがったな」
「思ってたよりデカいぞ」
「大丈夫なんでしょうね?」
「あれが、縞オオムカデ……」
我が子らの危機を救わんと姿を現した縞オオムカデの母親は、幼体と比べて長さも太さも5倍はある。100本の脚をうごめかしながら、二人のスダータタル人の若者に迫る。
「痛でぇ!」
叫んだカスターが右足を振り回している。その足首には黄黒まだらの紐、いや一匹の幼体が噛みついていた。暴れるカスターに2、3秒振り回されていたが、カナトが横から槍で突いたことでようやく離れた。
「まずいぞ、こいつらの牙は毒があるはずだ。イリア、デカいのをオレがやる間、小さいのからオレたちを守ってくれ!」
「逆にしてくれ、絶対逆のほうが良い!」
幼体に魔石が無いことは分かっているが、ひょっとすると、もしかすれば半魔物状態の可能性がある。
そもそもマナの恩恵を受けないただの虫が1メルテもの大きさなってなお、自在に動けるものかどうか怪しいし、レベル9で『耐久』高めのカスターの足首を容易に噛み破ってもいる。
半魔物であった場合、殺せば【不殺(仮)】の負の影響で失神するかもしれない。辺りに散らばり、人間目がけて元気に這い寄ってくる幼体全部を殺さないように対処できる気がしない。
まだ5メルテの親ムカデ一匹を集中して相手にする方がマシだ。ある程度痛めつけて『凶化』を解いてしまえば大人しくなるはずなのだ。
「お前
「だからこそなんだよ!」
「何言ってんだふざけてる場合じゃないだろいいかげんにしろ!」
言い争っているうちにカスターがデカいのに向かって突進。地を這い進んでくる縞オオムカデの頭部を大盾で殴りつけた。
金属が石か岩かにぶつかったような音。毒の影響は今のところ無いように見える。
カスターの【纏気】の持つ≪マナ防御層≫の異能は攻撃には使えない。逆に衝撃力を殺してしまうため、殴りつける時は防御層を解いているはずだ。
ただの鉄盾で殴られたくらいで仮想レベル18前後の野生の魔物が倒れるはずもなく、体を持ち上げてカスターに巻き付こうとしている。
カナトが駆け寄って槍を振るう。細い脚の何本かが切断されて落ちた。
カナトたちの周りに2、3匹幼体が集まってきている。イリアエミリアの周りにも。生まれたときから肉食のこいつらは魔物化していようがいまいが積極的に生き物を襲う。
「イリア、こいつら結構硬い」
エミリアが足元の幼体の頭部をナイフで串刺しにしながら言った。
「え? イリアって言った?」
「うるさい、それよりも早く二人を援護しなさい。そう簡単に死にそうにないから、これ」
ウーフとか言う変なあだ名で呼ぶのは二人きりの時だけらしい。
それはともかく、親ムカデと攻防を繰り広げるスダータタル人たちの周りに集まってきている数匹の幼体が、そろそろ二人の無防備な足元に噛みつきそうになっている。
駆け寄って、茶色く乾燥したモミの細かい枯葉を撒き上げながら、地面をこするようして子ムカデをすくい上げ遠くに飛ばす。
そこから一挙動で短鉄棍を返し、隣のもう一匹を打って飛ばす。当たったのは頭部辺り。何かが折れたような音。
口元に二本、左右から獲物を抱え込むように生えている毒牙が折れたのか、あるいは頭部の甲殻が割れたのか。
体の芯に甘い痺れの感覚が走り抜けた。
「あぁやっぱり! やっぱりねっ!」
「どうしたイリア!」
「何でもないわ、いいから親に集中して!」
こちらを気遣うカナトの声に返事をしたのはエミリアであって断じてイリアではない。
親ムカデがカスターの大盾に噛みついて、牙が鉄板を貫通しているのが見える。
衝撃力は軽減できても、ゆっくりかかる力に対してカスターの異能は防御効果を持たない。
そのカスターの右側に迫っていた幼体3匹に駆けよせ、右足で蹴り飛ばしたが、2匹飛んでいって1匹が左脚に噛みついた。鎧の脛だったので牙は通らない。差し戻した右足で胴体を強く踏みつければ、甲冑蟲のハサミ焼きの殻を割るときのような感触があって、また甘い痺れ。靴の裏で幼体は暴れるのを止める。
振り返るとエミリアが踊るようにして脚をバタつかせている。周囲に数匹の幼体。振り返りざまに打ち下ろした短鉄棍が音を立てて地面を打つ。
刹那の成長素感覚が重なるように二度流れた。二匹同時に倒したらしい。
片膝を着き、素早く足元の幼体を切り刻んでいるエミリアの、革靴のかかとに噛みついている幼体を横なぎで打ち飛ばす。また甘い痺れ。
「ありがと!」
「どうたしまして!」
まだ一匹いたがそれはエミリアに任せ、カナトたちの方を見る。また何匹かが迫ってきている。忙しい。
カナトは親ムカデの下半身に回って体の右側面に並ぶ脚を攻撃しているようだ。暴れまわる上半身を支える下半身が機能しなくなれば戦闘はほぼ終了する。
魔蟲に知性などは無いが、そうはさせじと言わんばかり、親ムカデはカスターからカナトにその黒い牙の標的を変え上半身を向ける。甲殻がこすれ合う
カスターが、体ごと盾をぶつけるように体当たりをした。イリアの5割増しはあるだろう体重、さらに10キーラムの鉄盾込みの重量で衝突を受けムカデは地面に倒れる。鞭のような音を立てて振り回されていた長い触角の一本がカナトの槍先で切り飛ばされた。
その間、打ち下ろして、打ち払って、蹴飛ばして。イリアは3匹の幼体を処理している。蹴り飛ばした1匹を除いて成長素を摂っている。
カナトがまた下半身の脚をやっつけに回り、その間親ムカデの頭部を盾で地面に押さえつけていたカスター。だが相手の力が予想外だったかふっ飛ばされた。イリアにぶつかり二人まとめて仰向けに倒れる。
自分の上に乗っかっているカスターの背中をイリアは全力で押し返した。その勢いでカスターは立ち上がる。
「わるい!」
「はやくなんとかして!」
再び親ムカデに向かって行くカスター。イリアも起き上がって周囲を確かめる。
カナトに向かって這い寄る幼体が一匹元気よく這い進んでいる。まだすこし距離があるが、それが当面の危機のよう。
「イリア!」
後ろからエミリアの声が聞こえたと思ったら背中に衝撃。何かが折れたか割れたかした音。
「背中に付いてたから!」
背中にとりついていた幼体をエミリアが踏みつけたらしい。戦闘開始から既に8度目となる成長素の感覚。エミリアが大人しくなった子ムカデを引きはがして遠くに投げた。
「今ので⁉ なんで⁉」
「え……? ……知らないけど、それどころじゃないから!」
エミリアの魔眼にはイリアのアビリティーに成長素が溜まっていっていくのが見えているはずだ。なぜエミリアが飛び蹴りで倒したのに、イリアに成長素が入るのか。エミリアの靴裏とイリアの背中の共同作業という判定なのだろうか。
多くの脚を失い動きを鈍らせた親ムカデに、いよいよ致命攻撃を加えようと慎重に狙いを付けるカナト。その足元に迫る子ムカデを、大きく振り回した短鉄棍で打ち飛ばした。
成長素の感覚、ではなく全身に数秒間広がる甘い痺れ。
戦闘中に味わうのは少し不安を覚えるほどの強い感覚。レベル上昇だ。
子ムカデ9匹分でレベル9から10に上昇した。つまりイリアの【不殺(仮)】にとって、半魔物の子ムカデは仮想レベルで5相当ということになるらしかった。
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