第121話 軍用地地域へ
『山白ユリを賛美する 暮らし貧しき甲冑蟲
甲冑蟲の真実の 愛を求める純情は
白ユリ囲う矮小な ダンゴネズミに挫かれる
ダンゴネズミがその罪を 認め償わぬのならば
甲冑蟲は巣を砕き 子も郎党も牙にかけ
救い求める白ユリを 根ごと山より奪うのみ』
「なんですこれ?」
「さっき郵便屋が届けた封筒の中身ですわ……」
昨晩も魔法の訓練のため、気絶するように寝てしまっていたイリア。
扉の外から声をかけられて目を覚まし、部屋に入って来たジゼルに手渡された便箋に書かれた内容は奇怪なものだった。
詩として読めなくもないが、律は整っていても韻がほぼ無視されていて、上等な出来とはお世辞にも言えない。
一番よれよれの肌着を寝間着替わりに着て、寝台の上で胡坐をかいたままイリアは便箋を改めてよく見てみた。
真っ白で薄く均等に
荒っぽい大きな文字が紙いっぱいに書かれていた。
「なにか不穏な内容に思えるんですけど、意味わかりますか?」
「分かりませんが、なんとなく山白ユリとはお母さまを示している気がするのです。覚えていますか? イリアも一緒に見ましたよね、あの時」
「ああ、はい」
ジノークの街の戦士団の、なんとかいう見習いの兄弟とともに
森の中でひときわ目立つ、草丈が1メルテ半もある大きな花の事を、山ユリだと教わった。
その時見たのも白い山ユリだった。
全身が太陽光の影響を受けづらく、日焼けをほとんどしていない肌、そして銀髪であることもあってカルロッタの印象と言えば「白」だ。
「じゃあなんですか、ダンゴネズミってのはエルネストさん? 子も郎党も? 子って誰です。隠し子とかいます?」
「おりません」
「じゃあジゼルさんしかいないじゃないですか。大変だ、どうしますか? ちくしょうバイジスの野郎……」
「やっぱりイリアも、例のその男が出したものだと思います?」
「え? それは、ええ。はい」
ジゼルはバイジスを直接見ていないのだった。
他にもカルロッタに横恋慕を抱いている人間がいないとは限らないが、店でバイジスが大騒ぎしたのは昨日の事。
自分の目でバイジスを見たイリアにとっては、まともな紳士の皮から顔をのぞかせた、常軌を逸したあの態度とこの詩の印象は共通している。
封筒には店の番地が書いてあるだけで、誰当ての手紙なのか分からない。
そのため、ジゼルは封を開けて中を見たのだという。両親にはまだ知らせていないとか。
どう考えても最初に相談すべき相手は自分ではないとイリアは思った。
躊躇するジゼルを促して、もう業務が始まっているだろう一階の事務所に二人で向かった。
後から知った事だが、その後のエルネストの対応はなかなかに素早かったようだ。
アスランの伝手を頼って国軍出身者の用心棒の数を増やそうとし、またバイジスという男がどういう存在なのかを詳細に調査するために、そういうことを専門とする業者へ連絡を取ったらしい。
犯罪予告のようにも読める詩の内容だが、これによって公的にバイジスを罪に問うことは難しいだろう。さらに言えば現状王都の警士隊にはあまり信頼がおけない。
賄賂を受け取るような人間が、少なくとも一人紛れているのだ。
世話になっているジゼルの一家のため自分でもできることをしようと、朝食後すぐイリアは店を飛び出した。
東岸新市街から直接南に向かうと壁外地区を通過しなければならない。そこまで酷い治安かどうか実際のところは分からないが、今はなるべく警戒すべきと考えられる。なので、明らかに遠回りになるが一度第二大橋を渡り西岸、下町地域を南下。
下町地域は防壁が無いと聞いていたが、南端には川の流れと垂直になるように短い壁が建てられている。短いと言っても1キーメルテ近くはあり、水門橋によって隔てられた安全な水域の外、第一大橋、通称ラウラの土橋の南側に潜む半水棲魔物を壁で防ぐ仕組みになっているのだろう。
王都に来てから初めてラウラ土橋を渡る。ジゼルが以前言っていた通り、改修されているという橋の構造は外見上第二大橋と変わらない。
西岸から再び東岸へ。通行者は少なくほとんどが着飾っていない武装した男性だ。
橋の向こう側は国軍やその他、王都周辺に本拠地を持つ戦力組織の利用する土地だ。
到着した東岸南部地区。一番最初に目に入るのは巨大な砦である。
高さ8メルテほどの太い円柱状の一層目の上に、少し小さな二層目。さらに一層。合計3層で構成された灰土建築の建物。
もしこれが寮や集合住宅であれば200人ほど住めるだろう。
下町地域南端の防壁と同じような位置にこの砦があり、少し先にまた似たような砦がもう一棟見える。砦と砦の間は通常の、高さ8メルテ台の防壁で結ばれていて、まるで要塞城の外壁のように、軍用地地域を南側から守っているようだ。
「なんだ? 半端な鉄棍なんか持って、小さい子供が殴り込みか?」
声にイリアが振り向くと、いかにも歴戦の戦士という感じのひげを生やした男が立っている。道は広いが荷車の行き来が多く、歩行者が歩ける部分は狭い。
ぼんやりと突っ立って砦を見ていた自分が邪魔になったのかと思ってイリアは謝った。
「いやいいんだけどよ。こんなとこになんか用なのか?」
「はい。二つ用事があって、一つは王立街道保全隊第7中隊の隊員がどこにいるのか知りたいです。なにかご存じないですか」
「……なんだ急に、達者に話しやがって。なんで保全隊なんかに用がある。説明してみろ」
イリアは自分と保全隊の関係性を説明した。それなりに時間がかかったわけだが、男は最後まで聞いてくれた。暇なのだろうか。
「そういうことなら、向こうにある保全隊の事務所に連絡先を残しておけばいい。数日もあれば話が通ると思うぞ」
「何番目の砦ですか?」
「砦じゃなく、あー、5番目の砦の道を挟んで向かい側だったかな? 門柱にデカい木札が下がってるから行けばわかる。じゃあな」
「あ、待って」
橋から一番近くにある砦の入り口に向かおうとする男の、腰に結んである軍服の端を掴んでイリアは引き戻した。
「何だよ! 転んだらどうする」
「転んだくらいでどうこうなるレベルじゃないでしょう。それより用事は二つあると言いました」
「おまえな…… ちょっと図々しくないか?」
「
「王都守備隊? また変なところに繋がってるやつだな…… 俺は単なる国軍兵だからわからねえよ」
「何とかなりませんか」
「……じゃあ、ちょっと待ってろよ…… ったく、なんで俺がこんな目に……」
砦を囲う鉄柵の中に入っていった男。イリアは道の端に寄り、短鉄棍の片方の端を地面に突き、上に両手を重ねて置いた。
そうしていると体重の一部が短鉄棍にかかるので、立ったままでも少し楽だ。
まるで警備員のように門の横に立っているイリアに、通行者たちは半笑いの表情を向けてくる。
半刻経って、若い女性兵士砦から出てくると、イリアの方に駆け寄って一枚の紙きれを差し出してきた。そこにはマルゴットの屋敷の番地と、行くための道順が記されている。
きちんと軍服を身に着けた女性兵士に礼を述べ、イリアはまず保全隊の事務所に向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます