第95話 二日酔い

 ジノークの街に無事戻ったイリアたち4人の若者。ペトルはイリアとジゼルを自分たちの家にさそったが、ジゼルが断った。帰ってくる第7中隊の皆を迎えなければならないというのがその理由だった。

 二人と別れ『上宿ライノック』に戻る。隊員たちが戻ってくるまで、それぞれ部屋で休憩。

 三階の狭い客室の窓から見えるアクラ川のむかって太陽が沈んでいく頃、カミーラが帰ってきたと宿の従業員が知らせてくれた。


 一階の食堂に降りると、カミーラとフリーデの他に3人の女性隊員が一つの卓に着いている。


「何を食べてるんですか……」

「仕方ねえだろ、ウチらは昼食ってないんだよ」


 カミーラとフリーデは小ウリの酢漬けを齧りながら黒パンを食べていた。ちゃんとした料理も注文済みらしいが、出来上がるまでの時間我慢できないのだという。


馬喰まくらいの魔石は無事に魔石剤にできたんですか?」


 いつの間にかイリアの後ろにジゼルが居た。


「らしいな。デカブツの魔石だけあって握りこぶしくらいあったぜ。金二枚くらいの値が付くんじゃねえかな、たぶんだけど」

「もっとしますわ。平均で金貨3枚くらいではないかしら」

「ん? そんなにか?」

「出所がはっきりしている魔石剤は普通より値が高くつきますわ。あれだけの人数が、倒してすぐ取り出すところを見ていましたから、最高の値が付きます」

「そっかそっか。それなら次の保全業務でもまともな昼飯が食えそうだな。ついてるぜ」


 なにやら貧乏くさい発現である。王立の名を冠した公職にある者の口から出たとは思えない。


「保全隊ってそんなにお金がないんですか……」

「なんだよバカにしてんのか? 別に給料が少なくて食うに困ってるわけじゃねえよ。ちゃんともらってるが、ただで支給される食い物があるのならそっち食うだろうが」


 そんな事を話しているうちに夕食が運ばれてきた。大皿に盛られた豪勢な料理たち。

 イリアとジゼルも一緒に食べろと言われる。一日延びた分の滞在経費はジノークの代官持ちなので保全隊の懐は痛まないらしい。



 食べながら聞いたところではカミーラの出向は二年前の夏に始まって、今年いっぱいで終わるのだという。

 一つの中隊がふた月に一度ほど、保全業務が必要と思われる街道に派遣され、国中を行ったり来たりするのだとか。

 つまりカミーラはだいたいあと二回、王都から伸びる国の管轄の街道を走り回ることになるのだろう。


 イリアが十分食べたあたりで、もう部屋に帰れとカミーラに告げられた。

 ジゼルは残っていいのだという。女だけで盛り上がる必要があるのだとか。

 よくわからないが、明日明後日の二日間でいよいよ王都にたどり着く。体調に万全を期すためにも、イリアは大人しく部屋に帰って早寝することにした。




 翌朝。日の2刻。ジノーク南門前広場に第7中隊42名とイリアジゼルは集合していた。ジゼルの顔色がなにやらよろしく無い。


「え、どうしたんですか? 大丈夫なんですか?」

「……」

「病気になったんなら治るまで滞在しましょうよ。俺は構わないですから無理しないでくださいよ」

「……」


 カミーラが寄って来て、ジゼルに荷物を渡すように言った。仕草で遠慮するのを押しとどめ、背負い袋を奪い取ると左肩だけで担いだ。


「病気じゃねえんだ。二日酔いってやつだと思う。ウチはあんまり経験ないんだが、レベル15にしては『耐久』が低すぎるんじゃねえかな、ジゼルは」


 どうやらあのあとジゼルに酒を飲ませたらしい。魔法型ステータスのジゼルはレベルのわりに『耐久』が低く、酒の悪影響を受けやすいのだろう。




 実はアシオタル州に入ってから、保全隊の業務はこれまでと少し様子が変わっている。ジノークに続いている道はソキーラコバルへの往路では通っていない。

 なので、道そのものの点検補修もしながら、伐採作業も同時進行。

 周囲の森林または、それ未満の樹木群生地を適宜伐採しながら進んできたのだ。

 イリアジゼルは道の点検補修の分隊についていてもよかったのだが、なんとなく伐採作業の方を指揮するマルクの傍に居る時間が長かった。


 午前中、水を飲みながら歩き続けているうちにジゼルの顔色はだんだん回復した。表情も明るくなってきたので、イリアは今朝気付いたことについて姉弟子に話してみることにした。


「ジゼルさん。馬喰まくらいアギトとの戦いで、隊の皆は地面に落とし穴を作ったり、地面を爆発させる魔法をたくさん使ってましたよね」

「ええ」

「殺傷力の高い魔法と言えば火魔法か、火精霊ヴルクンの絡む複合魔法じゃないですか。でも、地魔法ばかりやたらに多かったのって、やっぱり保全隊ならではなんじゃないかと思ったんです」

「つまりはどういうことですか」

「俺とジゼルさんは見る機会が無かったですけど、保全隊の業務って伐採だけじゃなく道の補修もあるじゃないですか。旅人の行き来で削れた道を盛り直したりするわけでしょ? だから地魔法を使う人が多く集まってるのが当たり前だったんですよ。そうじゃないですか?」

「そうですね。よく気づきましたわ」


 優しく微笑んでくれた。やはりジゼルは最初から分かっていたようである。

 イリアは自分が魔法に不案内であることは十分自覚がある。別にジゼルを出し抜きたかったわけではない。答えあわせが合っていたことで十分に満足した。




 ジノーク・王都ナジア間の河岸街道70キーメルテの間に大きな街や村は無い。

 伐採作業を続けながら日が暮れる直前まで歩き続け、野営する場所まで本隊に同行した。その野営地とは砦跡地の廃墟であった。


 河岸街道はアクラ川の河原を見下ろす少し高い土地を通っているわけだが、そこからさらに、すこし離れた丘の上に廃墟はあった。

 元は円筒状の建造物だったと思われる壁の一部が残っている。

 高さは数メルテ。直径にして15メルテ。半円状に残されている石積みの壁。


 石材というものは極めて貴重な資源とまでいわないが、価値があるものなのも間違いない。

 今でも十分建材として流用可能な、形の整った大きい直方体の石の数々。こんな場所に残されているのは珍しいことのように思える。

 なにしろもうほんの40キーメルテも南に行けばナジアがあるのだ。

 人口40万人を優に超え、今も増加中であるという世界有数の都市。王都ナジア。

 建材の需要の高さは計り知れないものがある。


 保全隊と共にする最後の夕食は、最初の野営で食べたものと同じ野菜の多い煮込みだった。大きな肉も入っていて、その構造は豚のあばら肉に似ている。

 だが脂身の分厚さはまともな豚のそれとはどう見ても違う。

 普段より少し大きな焚火を囲うようにして、見張りを除いた三十数名の隊員とイリアジゼルが座り、木椀に入れられた煮込みを手に持っていた。

 マルクが立ち上がって演説を始めた。


「今日の煮込みに入っているのは、ジノークの北東30キーメルテの地点で採れた大クロジシだ。その肉を代官に無償で譲ってもらった。本当なら秋の終わりから冬の初めが一番味が乗るのだが、まあ我慢してほしい。明日には我々王立街道保全隊第7中隊は王都ナジアに帰り着き、またしばらく骨休めができる。とはいえ最後まで気を抜かず、誰一人欠けることなく任務を全うしてほしい。以上だ」


 話が終わるとともに、隊員たちは煮込みを食べ始めた。ただ巨大になっただけのイノシシの魔物だけあって味も豚そっくりではあったが、やはり分厚すぎる脂身のぶよぶよした食感が、あまり上等とは言えない大味な感じである。

 手のひらほどもある肉の塊を噛みちぎったカミーラが、それが口中に残っている状態で話し出した。


「いや、いろいろあったが結局11日間で到着できそうだな。あんたら二人も無事だし、ウチもようやくおりから解放されて戦闘小隊に復帰だぜ」

「ああ、やっぱりカミーラさんは戦闘小隊のほうに居たんですね」

「そーだ。マクシムの野郎も反省して、あれから少しはまともにやるようになったみてえだが、ウチが見てねえとまた何するか分からねえからな」

「ですけど、本隊から先行して安全確保をする戦闘小隊に居ては、マルク隊長の側に居られる時間がほとんど無くなってしまうのではありません?」

「まあ、それはなぁ……」


 呟いてから、カミーラは鋭くジゼルの方を振り向いた。焚火の火に照らされる、隆起した額の筋肉。表情が「⁉」と語っているように見える。

 そのままゆっくりと自分のほうに目線を動かしてきたので、イリアは目をそらし、木椀の中の煮込みだけに集中することにした。

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