第53話 オークション−2

 その後もオークションはつつがなく進んでいった。

 序盤に出されるのは基本的にある程度価格の予想出来るものばかりだった。


 既に突破されている階層、地区の武器類や希少ではあるけどそれなりな数出回っている素材類など、相場が決まっているのでその手前で自然と価格は落ち着く。

 落札出来ても自分のところで使ったり販売したりするにしても利益が出ないと意味がないからだ。


 その流れが変わったのは、一本の魔法の杖からだった。

 

『さあ、こちらの魔法の杖、深層第3地区から入手されました。ダンジョン省の調べではクラス8の魔法の杖、効果として詠唱速度強化、及び魔法の威力、攻撃範囲強化が全てクラス3で揃っている1級品となります。さあこちらの杖、3000万からです』


 その説明に、カタログでわかっていたにも関わらず会場がざわめいた。

 その魔法の杖の性能の高さに、多くの者が驚いたのだ。

 多分俺のストックの中にある魔法の杖ならもっと行くと思うけど、そっちは死蔵している。

 オーバースペック過ぎて、多分今の深層探索者達じゃあ持ち主が杖に殺されることになりかねないのだ。


「あの杖って、すごいの?」

「すごいぞ。何なら今の最前線で普通に使えるレベルじゃないか?」

「えっと、どのあたりがどう強いか教えてほしいなーって、思うんだけど」


 鳴海に頼まれて、俺は杖について俺の知ってる限りでわかりやすく説明することにした。


「まず魔法の杖とか、特殊なところだと魔法のグローブとか魔法が使える剣とかの、魔法の触媒になるものにはクラスわけがされてる」

「要するに、魔法の杖の性能、ってことだよね?」


 首をかしげる鳴海に、俺は今回の出品物のカタログから今下であつい競売が行われている武器のページを開いてみせる。


「魔法の杖の性能には二種類あるんだ。まず純粋に大きな魔法を使いやすかったり、ちゃんと威力を発揮するための杖本来の触媒としての性能。これが低いと、大きな魔法が使えなかったり、本来の威力が発揮できなかったりする」

「魔法を使うための道具、ってことだよね」

「そうだ。そしてそれとは別に付加効果として、今回のなら、詠唱時間の短縮、魔法の威力と攻撃範囲の上昇っていう効果がある。これは、さっきの魔法の杖本体の性能として魔法を発動するのをサポートしてくれる効果だ。例えば今回なら、短い詠唱でも本来の性能を発揮できるし、威力と攻撃範囲が普通のクラス8の魔法の杖を使ったときと比べて高くなる」


 少々わかりにくいと思うが、杖本体の性能として評価されるのは、どこまで大規模な魔法に耐えるのか、どれほどの魔力に耐えるのか、だ。

 それが不足していると、説明した通り規模の大きな魔法や上級魔法が使えなかったり、あるいは魔力に杖が耐えきれず壊れてしまうことがある。


 そしてその杖の本来の性能、魔法の触媒としての性能とは別に、付加効果がついている場合がある。

 この付加効果は魔法がしっかり発動された際に、使用者の意思に従って適用されるもので、魔法の杖本体の容量とはまた別のところに性能が置かれている。


 そのため、魔法の杖はその本体の許容量としての性能と、その付加効果という2つの側面から評価されているのだ。


 後はクラスの高い杖の方がクラスが下の杖より全体的な性能が上がりやすい、というのもある。

 そのため、各クラスごとにこの基準を超えればクラスは何、とギルドの方で明確に定められていたはずだ。

 そうしないと魔法の杖の評価が難しくなってしまうから。


 付加効果は、その基準より逸脱した性能を発揮する部分から見いだされるものなのである。

 一応鑑定の魔眼なんてものもあるが、武器に乗っかっているバフ効果、例えば攻撃力上昇とか斬れ味強化とかの魔法的なバフの効果は読み取れるが、魔法の杖については読み取れないらしい。


 どちらかと言えば魔法の杖は、全ての杖が個々に少しずつ異なる個性を持っている、と考えたほうが良いかもしれない。

 それを適切に評価するためのクラスわけシステムだ。


「それで、今回のやつはそんなにすごいの?」

「まずクラス8っていうのは、今の世界でも最高クラスの魔法の杖だ。確か十数本しか無かったはず……ですよね?」

「クラス9の魔法の杖は表には出ていませんから、性能単体で見てもトップクラスの杖です。その上で、詠唱時間短縮、威力と攻撃範囲の強化という特性がありますから、まあ数億はくだらないでしょう。ヌル様の持ち込まれたアイテムがなければ十分にオークションの目玉になれるアイテムですよ」


 その佐藤さんの言葉を裏付けるように、下ではオークションにどんどん熱がこもっていった。


『8500万! 8500万です、はいそこのあなた! 次は9000万、9000万です! いらっしゃますか! いらっしゃる!正面の方9000千万。では次は9500万の方──』


 3000万から始まった競売は、既に1億の大台に乗ろうとしていた。

 あ、乗った。


「最前線の魔法使いならば、数億出してでもほしいという人は多そうですね」

「そうですね。世界に数本とない性能の杖ですから。今後のことを考えても抑えておきたいと思う方は多いでしょう。そう言えば、これは純粋な好奇心なのですが、、ヌル様は魔法の杖などお持ちでは無いんですか? 答えにくい質問でしたら申し訳ございません」


 珍しく佐藤さんが鳴海ではなく俺の方へと踏み込んできた。

 これまではちゃんと一線を引いている人、という感じだったが、何か理由があるのか、それとも本当に好奇心なのか。


 まあこれについては答えても俺に困るところは無いので、多少正直に答えておくことにする。


「深淵で拾ったものなら何本か持ってます。今回も1本出してますしね。ただ大半は、今の深層探索者では魔法の杖の性能に殺されそうな気がするのでまだ私の手元に置いて出し渋ってる状況ですね」

「しかしなるほど……確かにレベルが低い探索者が高クラスの杖を使うと、魔力を吸われすぎて倒れるという話がありましたね」

「まさにそういう感じですね。なので今回の出品では深層最前線よりちょっとだけ外側のものを提供させていただきました」

「ああ、あの初のクラス9の杖ですか」


 おそらくこのオークションに佐藤さんも仕事として携わっているのだろう、俺の言葉にすぐに思い当たるところがあったようだ。

 そうです、そのクラス9の杖の基準となる一本目は俺が提供しました。

 

 せっかくなら基準ぐらい作っておいた方がわかりやすいよね、という俺からの善意だ。

 前線が更に上がれば稀に程度だが似たレベルのものは発見されるだろうし。


 そうしているうちに、競売では魔法の杖が2億5000万で落札され、すぐに次の素材が運ばれてくる。

 

 それは、四方をピンで止められてケースに収められた、巨大なモンスターの皮だった。

 洗浄はされているが、革への加工はまだの段階だ。


 ちなみに深淵産で肉がそのままついたアイテムがほしい、という場合には、もっと探索者が増えて深淵が賑わってきたときに探索者に直接依頼してもらう他ない。


 なにせ深淵産のアイテム、例えば爪や毛皮には、そのモンスターの血肉がくっついたままになっている。

 せめて洗浄ぐらいしておかないと、オークションのような開催まで時間がかかる販売方法では腐ってしまうのだ。


 故に今回は、洗浄しての出品になったのだろう。


『こちら、今回の目玉商品の1つでございます。目玉が多すぎる、という話は一旦置いておきまして』


 オークショニアの言葉に、会場からクスリと笑いが漏れる。

 張り詰めていた会場の空気から一旦ガスを抜く、うまいオークショニアだ。


 間のとり方も絶妙で、すぐに説明してしまうのではなく、参加者達が好奇心を掻き立てられるように間を置いている。


『こちら、皆様ご存知、現在世界で唯一深層最深部の先へと突入されている探索者のヌル様から出品して頂いた、モンスターの皮となります。モンスターの概要については、前のスクリーンか手元のカタログに記載されているのでご確認ください。こちらの皮、今回1点のみの出品となっております。それでは参りましょう、5000万から!』


 初手クラス8の魔法の杖より高いところからスタートするとは、なかなかに評価してくれているらしい。

 ただ確かに、あれは深淵でも10層以上下に潜ってようやく到達できる第15層から持ってきた鼬竜の皮だ。

 

 その頑丈性と動かす際の柔軟性は、死にゲー式攻略で死ぬほど苦労した俺が保証する。


「お、お兄、5000万からスタートって」

「まあ、あれならそれぐらいにはなるだろ」

「うー、金銭感覚狂いそう……」

「そこはちゃんと引き締めとけ。普段の生活でも俺も引き締めてるだろ」


 1発目からの俺の出品物への高額のつき具合に、鳴海が頭を抱えてしまった。

 

「普段は良くても最近ホテル暮らしだしさ、ちょっと金銭感覚狂っちゃうよ」

「まあもうそろそろ、住める物件も見つかるだろ。ですよね?」


 佐藤さんに確認すると確信に満ちた肯定が帰ってきた。


「はい、まもなく移住先の物件は見つかると思いますので、もう少しだけお待ちください」


 結局、自爆騒ぎもあって俺と鳴海は家を引っ越すことになった。

 父さんと母さんは特に鳴海のことを心配して実家に帰ってくるかと尋ねてきたが、鳴海も今の学校に通い続けたいということで、新しい家を探すことになったのだ。


 そしてそれは、金にほとんど糸目はつけないので探してくれと、佐藤さんを初めとした俺のサポートをしてくれる部署の人達にお願いしている。


『2億! 2億の方いらっしゃいませんか? いらっしゃる、さあ次は2億2000万円です』

「うう、流石に金額が大きすぎて頭が痛くなってきた」

「帰るか?」

「帰らない、けど」


 鼬竜の皮の値段が釣り上がるにつれて、鳴海がうめき声を上げている。

 こりゃオークションに参加どころじゃないな。

 佐藤さんに頼んだところ悪いけど。 


 俺は数千万とか数億とか稼げるからヨシって感じで気にしてなかったが、俺より感性が一般人よりな鳴海にはまだ早かっただろうか。


 そう思うが、オークション自体は楽しそうにしているので良かったと思う。


「そんなんだとボスの素材出たときとか大変なことになるぞ」

「うう、だよねえ。まだ高いものいっぱいあるもんね……」


 防具の素材として鼬竜の皮は有用だが、それ以上に第15層のボスガルーダから入手したアイテムなどの方が更に高くなるだろう。

 他にも怪鳥やグリフォンの爪など、武器に使えそうな素材も結構持ち込んでいる。


 加えて、初めて入手されるアイテムはまずはポーションなどに加えて有用な効果があったりしないかなどの物質の特性面の検査から行われるので、そう言った場合は皮よりも爪の粉末なんかの方が重要視されるだろう。

 地上のもので深淵のモンスターの爪が削れるのかは知らないが。


『さあ、11億! 11億のお客様、いらっしゃいませんか!』


 まだまだ元気にオークショニアが叫んでいる。

 けれど購買者諸君はそろそろ手を引き始めた。

 なにせこの後も、これと同じレベルのビクリアイテムが目白押しだ。

 

 1つ逃したところで次を狙わなければいけない。

 そう考えているものは多いだろう。


『はい、ではそちらのお客様、10億円での落札となります。ハンマーが、落ちました。おめでとうございます』


 結局鼬竜の皮は10億で落札された。

 それを落札した男性は、おそらくどこかの会社などのエージェントなのだろう、周囲から拍手が送られている。


『はい、では熱量が冷めきらぬうちに、次に参りましょう』


 この後もオークションは長い時間続き、その間ずっと鳴海は高くなりすぎた俺の収入にうめいていた。


「あんな登録者数のチャンネルは触れるのに、なんでこっちはだめなんだ?」

「桁が流石に違いすぎるからびっくりしたの! でももう慣れて来ちゃったけど。はあ、ちゃんとお金の感覚おかしくならないようにしないとな」



〜〜〜〜〜〜〜


オークションは競馬のセリとか参考にしながらなんとなくで書いています。


後はうろ覚えですがハンター○ハンターのヨークシンのオークションの雰囲気だけ借りてる感じです。

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