第52話 オークション−1

 C国との暗闘への警戒もあって、俺はしばらくダンジョンに潜るのをやめた。

 国の方で安全対策が出来るまでは、俺は良いとしても鳴海の安全が確保出来ないと考えたからだ。


 そしてそれは鳴海も同様で、完全に安全が確認されるまでは学校の方に相談をして、課題の提出で出席の代わりとしてもらうことが出来た。

 そのため今は俺も鳴海も、ホテルから外出することとなく広い部屋で快適な暮らしをさせてもらっている。


 ある程度広い部屋なので俺が軽く体を動かす分には問題も無く、今のところストレスは特に無い。


 唯一気になる点があるとすれば配信がしばらく出来ないということぐらいだが、鳴海がSNSの方で事情は伏せつつしばらく配信出来ないことを告知していたので、残念がられつつも視聴者に伝えることは出来ているので良しとする。

 

 というか俺が配信について気にしていたら、『お兄はそこまで気にしなくて大丈夫。あんまり気にしすぎるとストレスになっちゃうでしょ』と鳴海に止められた。

 まあ確かに、考えすぎて自分でストレスを溜めるタイプなので、気にしすぎはあんまり良くないというのは確かにそうだ。


 なのでここはおとなしく鳴海の言うとおり、この機に映画を見たりネット小説を読んだりと、随分と久しぶりに趣味と言えるものに没頭する時間を作れた。

 ダンジョンに潜れたらそれが趣味になっちゃうタイプの人間なので、サブカルチャーにがっつり触れるのは本当に数年ぶりである。


 世間一般的な動きで言うと、ヨーロッパの各国や東南アジア、その他世界の多くの国々が、今回の件についてC国の暴挙を非難する、という形で声を上げた。

 もともとかなり汚いことをする国ではあったので、そういった鬱憤も溜まっていたのだろう。


 そして国内世論で言えば、俺の視聴者たちを中心に、『襲撃されたのこれヌルじゃね?』という噂が流れ始めている。

 そもそも米国の役人と会っている日本の探索者という時点で相当数が絞られる。

 それこそトップクラスの探索者ぐらいだろう。


 その中で活動を自粛しているのは俺だけ。

 後はもう、わかるな?


 そういうことで、、断定されてはいないものの、取り敢えずヌルが襲撃されたという方向で話は広まっている。

 これについてはダンジョン省の方でも懸念したが、日本はまだどこかの国のようにインターネットを監視して言論統制を行うみたいなことは出来ないので、国としてもこればかりはどうにもし難いらしい。


 それに、国民からそれほどにヌルという存在が大きいものだと認識されているのは、日本にヌルをとどめたい国としては良いことなのでそのままにしている部分もある、と葦原さんに比べて誠実なところのある佐藤さんが教えてくれた。

 葦原さんが誠実じゃないというわけではないが、佐藤さんよりかは幾分秘密主義な部分があるのだ。


 その点佐藤さんは俺の疑問にもしっかり答えてくれるので、この際に少しばかり情報収集をさせてもらっている。


 そんなわけで、数日ホテルに缶詰状態になった俺たち。

 幸い2人ともネットなど家の中で出来る趣味ばかりなので大して困ってはいないが、それでも閉じこもりっぱなしは息が詰まってくる。


「ということで、以前言っていたオークションに行きませんか?」

「行きます!」


 そんなわけで、数日前の鳴海の発言を覚えていた佐藤さんとともに、俺達はオークションの見学へ向かうことになった。

 見学と言っても、俺たちは参加者では無いので参加する方の席に座ることはない。


 というか俺だけならばともかく、そんな場所に鳴海ほど若い人間がいれば流石に目立ってしまう。

 そこで、VIP用の見学席を1つだけ抑えてもらうことが出来た。


 他の席には各国の上層部だったり中東の王族だったりと、とんでもない大物が入るような席だ。


 その内装はホテルの一室に比べても豪華で、庶民的な感覚の強い俺や鳴海は、座るのにも腰がひけるようなものであった。

 こういうのに気安く座ることが出来る王族とか他国の重鎮は本当にすごいと思う。

 いろんな意味で。


「すいません、ご迷惑をおかけして。今日はありがとうございます」

「いえいえ」


 俺が佐藤さんに礼の言葉を向けると、佐藤さんは首を振って応える。


「これが私の仕事ですから。それに、この席はダンジョン省の職員でもなかなか入れない場所ですから。それを体験出来るだけでも、私にとっては良い経験です」

「そう言ってもらえるとありがたいです」


 まあお世辞半分に受け取っておこう。

 省の職員からすれば、俺の世話を任されるのはある種閑職に追いやられたようなものだろうし。

 俺という国家にとっての重要人物と関わるとは言え、出世コースからは外れるだろう。


「職員さんでも入れないんですか?」

「掃除やVIPの方をお迎えするために入ることはありますが、こうしてオークションを眺めることは無いです。だから、とても良い経験なんですよ」

「VIPの人達って、すごいんですね」

「ええ、それはもう。今日も各国の王族の方々や政財界の大物が入ってますから。入りきれなくて一部は抽選になっている程です。これでも、今回のオークションに向けてVIP室を増設してるんですけどね」


 それでもVIP室に押しかけるVIP達が入りきれない。

 それはつまり、国のエージェントや部下に向かわせるのではなく、自ら出向いてい大物達が大勢いるということだ。


 ちなみに佐藤さんから受けた説明だが、VIP室からの直接のオークションへの参加は出来ないらしい。

 それはそうだ、眼下の広いホールに詰まるように入っている参加者達と違って、VIP室はかなり後方にあるので、意思表示が難しい。


 そこで、多くのVIPたちは自分の部下だったり国のエージェントだったりを連れてきて、通話をして入札の指示を出したりするそうだ。

 そのためこの会場内では電話の使用が認められている。

 

 普通は偉い人でも下で参加するのだろうが、一企業の社長クラスならともかく、各国の首脳や王族にはそれ相応の配慮が必要になる。

 普通にオークションに参加させるわけにはいかなかったために、こんな形になっているのだろう。


「一応これが本日のカタログとなっています」


 そう言って佐藤さんが渡してきたのは、今回のオークションの出品内容をまとめた1冊の本のようなもの。

 出品物が全て掲載されているリストだ。


 1ページ目を開けてみると、早速デカデカと、『世界初。深層よりなお深き深淵からのアイテム多数出品中』と見出しが書かれている。

 序盤の数ページはそんな感じで特に今回の目玉商品の広告になっており、その後ろから出品順にオークションの内容が掲載されている。


「こういうのって毎回作ってるんですか?」

「はい。ダンジョン産のアイテムは、現物を見るだけでは何かわからないものも多いですからね。予め説明出来るようにカタログを作っております」

「結構な出費じゃないですか?」

「こちらのオークションはこのカタログが入場許可証代わりになってますので、入場するためにはお金を出してこちらを購入していただく必要があります。それすらも購入する能力が無い場合は、オークションに参加する資格が無いとみなされますので」

「なるほど、それで作成費用ぐらいは取れてるんですね」


 なるほどねー。

 オークションとか次に出てくる品わからないのにどうしてるんだろ、とか思っていたが、こういう資料が毎回作られていたのか。

 そりゃあダンジョン省としても盛り上がってくれないと困るというわけだ。


「さあ、もう始まりますよ」


 その言葉に、眼下に広がるオークション会場へと目を向ける。

 なおこのガラスはマジックミラーのようにこちら側からしか見えない仕様になっているので、下から覗かれる心配は無い。


「楽しいか?」

「うん……。自分の知らない世界を知っているみたいで、すごく楽しい」

「そりゃ良い。ちゃんと楽しんでくれよ」


 鳴海の方を確認すると、楽しみにするという言葉通りのワクワクした眼差しというよりは、真剣に何かを学んで帰ろうという目をしてオークション会場の方を見ていた。

 これでまた1つ、鳴海の世界が広がってくれるとなれば言うことは無い。


『紳士淑女の皆様方! 本日は日本ダンジョン省主催、ダンジョンオークションSクラスにようこそお越しくださいました』


 オークショニアの声は、室内に設置されたスピーカーを使って適度な音量で俺たちの元へと届けられる。


「Sクラス、ってことはAクラスとかBクラスとかもあるんですか?」

「そうですね、基本的に今回のように超一級品と一級品だけで構成されたオークションをSクラス、一部一級品があるのと、他にも希少な品などが出るのがAクラスのオークション、というふうに、グレードが下がるごとにオークションで取引される品のレベルが下がるようになっています。わかりにくければ、オークション全体として高額な順にS、A、Bと並んでいると考えて貰えればわかりやすいかと思います」

「ていうことは、今回オークションにかかるのが全部じゃないんですね」


 鳴海が佐藤さんからオークションの仕組みについて聞いている。

 俺も気になるので、眼下に視線をやりつつその話を聞いておく。


「深層のアイテムに限らず、ポーションやユニーク武器は性能次第ではオークションで売ったほうが高額になるものもありますからね。特に性能の良いポーションとなると数十万から100万円は動きますから、例え発見したのが上層や中層でも、アイテムが出品されることはあるのです」

「そうなんですか……」


 少々細かい内容の話になっているが、鳴海はメモを取りながら佐藤さんの話を聞いている。

 一方眼下では早速オークションが始まっていた。


『さあ、こちらの熊本ダンジョン、下層第15地区で宝箱より発見された片手剣。ギルドの調査でクラスは6と認定されました。まずは500万円から。はいそちら510万、520万出ました、550万、おっと600、600出ました、只今の価格は600万円となっております。他に入札される方はいませんか』


 参加者達が次々と手を上げては入札していき、500万円から始まったはずの剣の値段がつり上がっていく。

 ちなみに下層第15地区あたりの武器のショップでの相場はおよそ3000万円ほど。

 つまり今手を上げている人達は、その手前でせり落とせば自分の店で売却するときに利益が出るという仕組みだ。


 中には探索者らしい気配がちらほらするので、自分で武器を探しに来た探索者もいるのだろうが、やはり武器ショップのオーナーらの勢いの方が強い。

 多分オークションは如何に金を持っているかより慣れているかが重要だ。


 故に多くの探索者は、こういう場所で自分で武器を探すのではなく、ショップで購入の依頼をしたり、あるいはショップに陳列されているものを購入したりするのだ。


『2800万、2800万他にいませんか!?

いなければそちらのお客様2700万円での落札となります。ラストコールです。2800万、いない、ではそちらの方、2700万円で落札となります』


 その締めの言葉と同時に、オークショニアはハンマーをカンと叩きつける。


『購買者の方、購買者番号をお願いいたします。……はい、289番のお客様、購買ありがとうございます』


 1つの商品が落札されたところで、拍手などが起こることはなく粛々と次の出品物のオークションへと進んでいく。

 オークションはもっと熱があるものだと思っていたが、以外とおとなしくて驚いた。


 それを佐藤さんに言うと、苦笑とともに答えが帰ってきた。


「今日のメインは、ヌル様の出品してくださったアイテムですから。そちらになれば、もっと熱量は上がってきますよ。オークションの序盤はだいたいこんなものです。こちらも、できるだけ目玉の品は良いところで出したいですから」


 なるほど、熱の盛り上げ方というのもあるらしい。

 なんというか、自分の知らない世界だが、知ると本当に深いんだなと改めて感じた。


 そんな俺の隣では、鳴海が食い入るような視線でオークションを眺めている。

 何か、楽しいことが見つけられたのならば、兄としてこれほど嬉しいことはない。


 そこで俺はコソッと佐藤さんに尋ねる。


「俺たちもなにか買ったりとか、出来ますかね」

「可能ですが……妹様ですか?」


 同じく小さな声で返してくれた佐藤さんに、俺はコクリとうなずく。

 鳴海が興味を持っているならば、1つぐらい買ってみた方がより楽しいのではないかと思ったのだ。


 ちなみに佐藤さんが鳴海を妹様と呼称しているのは、どこで名前を聞かれているかわからないからだ。

 そのために、名前を秘しているのである。


「では一応、係の者を手配しておきますね」

「ありがとうございます。本当に買うかはわかりませんが、妹の興味が出ればということで」

「はい、承知しました」


 1つ手間をかけることになってしまったが、せっかくオークションに来たのだ、参加しないのはもったいないだろう。

 

 そう思わせるだけの空気感や熱量があるから、未だにアナログのオークションというのが特に上流階級の中では行われているのだろう。

 本当に、世の中とは色々と面白いものだ。

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