第51話 たまにはのんびりと守られて

 結局その日のうちに即座に事態が解決するようなことはなく。

 俺と鳴海はダンジョン省内の部屋をあてがわれてそこで眠ることになった。


 省内にシャワーとか普通に宿泊室が用意されている辺りにダンジョン省のブラックさを感じざるを得ない、と思ったが、話を聞いたところ少しばかり事情が違うらしい。


「省の方にはダンジョンの調査に向かう職員もおりますので、その職員などが利用する場所になっています」

「ああ、なるほど。確かに省内にも探索者っぽい人いますね」


 時々そういう人とすれ違うから何かと思ったが、職員にもそういう人がいたのか。


「ヌル様は感覚が鋭いのですね」


 驚いたように言うのは説明をしてくれていた女性職員の佐藤さん。

 今回の件において、ひとまず俺たちの世話の全般を任されたらしい。

 ほんとご迷惑をおかけします。


「まあ、深淵に潜っていれば慣れてくるというか、感じるようになってくるものはありますよ。それこそ第六感とか殺気とか」


 これは実際にある話で、俺も嫌な気配を感じて身を引いたことで命拾いしたりしたことがたくさんあるのだ。 

 それに狙われているときはそれを感じ取ることが出来たりとかもする。


 取り敢えず、俺と鳴海は今日は省内に宿泊し、明日朝1番でダンジョン省の抑えたホテルに移動となるらしい。

 この時間から省を出る車は流石に怪しく、敵が残っていた場合に尾行される可能性があるそうだ。


 まあ、それを言い出したら俺たちの移動なんて出来ないとは思うが、確率の問題なのだろう。


 そんなわけで、その日はダンジョン省内に泊まった。

 そして翌日朝一番の車で、ホテルまで移動する。


 その車内で、車を運転している佐藤さんが後部座席に座っている俺達に状況を説明してくれた。


「今のところ、相手はC国の工作員で間違いないと見られています」


 なおその助手席には護衛として探索者でもある職員が同席しており、車に乗り込む際には俺の方を見てうずうずしていたので声をかけると握手を求められた。

 佐藤さんが目をそらしていたのは、それもある種の職権乱用にあたる可能性があったからだろう。


 加えて、積極的に護衛対象に踏み込んでいくのは護衛としてふさわしくない、というのもあるかもしれない。


 さておき、現状の把握である。


「断定が出来たんですか?」

「体内に埋め込まれていた爆弾を摘出したところ、1人だけこちら側に保護を求めてきました。そこから情報を引き出した形になるので間違いは無いかと」


 なるほど。

 マイクは催眠人形だと言っていたが、その間も記憶があったりしたのだろうか。

 これ以上は少々エグい話になってきそうなのであまり鳴海のいる前ではしたくないな。


 俺がそう考えて黙っていると、話を黙って聞いていた鳴海が佐藤さんに尋ねる。


「あの、今回の襲撃で相手の国に文句言ったりって出来るんですか?」


 高校生らしい、というのが適切かはわからないが、まだまだ大人の汚い世界を知らない鳴海らしい素直な質問だ。

 いやまあ俺も比較的知らない方の人間ではあるけども、それでもダンジョン省とかいくつかのショップとのやり取りとかで知っている部分はあるのだ。


 例えば今回の件についてもどういう判断がくだされるか予想は出来ている。


「まだ完全に決まったわけではありませんが、今回の件についてはA国と共同でC国に抗議する方針で話が固まりそうです」


 予想できていたからこそ、佐藤さんの言葉に驚いた。

 俺はてっきり、今回も国際情勢に波を立てないために大国であるC国には抗議しないかと思っていたのだ。


 そもそも内容が暗闘であるので抗議がしづらいことである、というのもある。

 そういった要素も含めて抗議しないものかと思っていたのだが。


「ヌルさんの注目度は国際的にも高いですから。優秀な探索者の損失は世界にとっても大きな損失です。そういう方向性であれば、今回の向こうの行動を暴挙として国際社会に知らしめることが可能です」


 なるほど。

 確かに言わんとするところは理解した。

 普通に文句を言っても好き勝手言い返してくるC国だが、今回ばかりはそれを悪者に出来る国際的にも通用する理由がある。

 だから思う存分叩くことが出来る。


 それは理解したのだが、一点だけ腑に落ちないことがある。


「俺への注目ってそんな強いんですか? 国内の人は多くてもまだ海外の人とかが配信に来たことはほとんど無いと思うんですけど」


 それは、俺の注目度が国際的にも高いという発言。

 確かに日本の中ではかなり有名な配信者になっているとは思っているし、実際100万人を超えるチャンネル登録者がいるわけだが。


 しかし一方で、海外からのコメントであることを示す外国語はほとんど見受けられない。

 一度来たことがあるがそれ以降後が続かなかったので、まだ外国には俺の活動は届ききっていないのだと思っていた。


 しかし、それはどうやら違うらしい。


「海外の一般人はまだ気づいていないかもしれませんが、ダンジョン関係者や上層部であるほどヌル様に注目しています。だから、今回の件について国際的に批判の声を集めることが可能なのです」

「そうなんですか」

「そうです。実際省にも、海外のダンジョン関連機関から『ヌルの持ち帰ったアイテムや素材を買い取らせてほしい』という連絡が複数届いていますから」


 何それ初耳なんですけど。

 そんな話になってたのなら教えてほしかった。

 それならもうちょっと頑張ってアイテム回収してきたりしたのに。

 

 と思うが、まあ俺がそう思うからこそ余計な重荷にならないように言わないでいてくれたのだろう。


「それじゃあ次のオークションは盛況になりそうですね」

「ええ、はい。非常に盛り上がるかと。国内の関係企業の方にも密かに周知を始めていますから」


 さすが国のエリートさん、抜け目が無い。


「オークション、ってなんですか?」


 そんな中、事情を知らない鳴海が俺と佐藤さんにまとめて疑問の声を上げる。

 そうか、そう言えば鳴海には詳しく話してなかったな。


「前までアイテムは特定のショップで売却してたんだけどな。この前ダンジョン省の偉い人と話して、アイテムは一旦ダンジョン省に預けることになったんだ。そんでそこからショップに出したりなんだりと売却をして、その利益を俺に回してもらうって感じでな」

「それでオークション、に出すの? お兄の持って帰るアイテムが珍しかったり貴重だったりするから?」

「その辺りはどうなんですかね、佐藤さん。俺もそちらの考え方については詳しくは聞かされてないんですが」


 まあ一応オークションの熱量を上げるために使いたい、という話や、一箇所に売り続けるのはちょっと独禁法的に怪しいのではないか、なんて話を葦原さんと前田さんから聞いてはいるが。


 その下の人間の目線から見た場合の本音というものには興味がある。


「今のところは、ヌル様の持ち帰るアイテムは1アイテムにつき1つ、あるいは少数に留めるようにお願いをしています。そのためアイテム自体の数が少なく、どこか特定のショップに売るよりはオークションの方が公平性がありますので、そういう形を取らせていただきます」

「そうなんですか……」

「ヌル様にとってのメリットは、単純にこれまでより売却価格が上がることで儲ける額が増えることになります」


 その言葉に、鳴海がびっくりした顔をする。


「今まで以上って、あの、今までも10億ぐらい稼いでるんですけど」

「これからは一度のオークションでそれと同じぐらい、あるいはそれ以上に利益が出ることになると思いますよ。なにせヌル様の持ち帰るアイテムは全て深淵産です。この世で現在唯一のアイテムですから、国際的に見ても欲しがらない存在はいません。価格は青天井と言っても良いでしょう」


 そうなんだよなあ。

 ダンジョン省との話の後に銀行に行って偉い人とも話をしてきたけど、オークションのたびに俺には莫大な収益が入る。

 それは良いのだが、流石に額が大きくなりすぎると一般の銀行が扱ってくれなくなって、俺が正体を明かして特別に申請をしないといけなくなる場合があるのだ。


 まあ大体は探索者という職業で、一発当てたかとか探索者は儲かるんだな、という感じで上限を取っ払ってくれたり他の大きな銀行を紹介してくれたりするのだが。


 俺がそんなことを考えている間にも、佐藤さんの鳴海に対する説明は続く。

 俺よりもも若い、まだ制服を着ている年齢の鳴海を相手にしているからか、その説明が幾分丁寧なものに感じる。


「私どもの側のメリットとしては、私どもを介して扱わせていただくことで、ダンジョン関連産業に手を加えることが可能になります。特にヌル様の持ち帰るアイテムが市場にもたらす影響は大きいですから、公表されるオークション、そしてそれに付随する各方面への販売によって、株価などへの影響を適正なものに変えることが出来ます」

「株ですか……。お兄が、あっ、兄さんがなんかたくさん買ってるなあってことぐらいしかわからないです」


 素直でよろしい。

 そして人前でお兄と呼ぶの、恥ずかしかったんだな。

 簿記とかは役に立つかなと高校のうちに勉強するように勧めておいたが、株とかの話はあんまりしてなかった。


 後俺の金の預け先は大体投資信託だ。

 自分で相場に張り付いてられないのにトレーダーの真似事は出来ない。


 そんな正直な鳴海の言葉に、微笑ましげに笑いながら佐藤さんは答えてくれる。


「ふふっ、株や経済も、学問の分野としては面白くておすすめですよ。そして私達の2つ目のメリットとして、オークションを盛り上げることが出来る、というのがあります」

「珍しくて高いものがたくさん出品されるから盛り上がるんですよね?」

「はい、そうです。それによって私達は市場の活性化を促すことが出来ますし、またヌル様のアイテムが出品されていない場合でも、オークションでより多くのお金が動くことが期待できます」

「でも、オークションでものが売れても儲かるのは兄さんとか出品した人じゃないんですか?」


 良い質問だ。

 確かに直接的な利益を考えれば、鳴海の言うとおりダンジョン省にそれほど良いことは無い。

 

 いやまあオークションの手数料があるのでそれでも儲かりはするのだろうが。

 だが主題は、そこでの購買意欲を通じて、オークション以外の場でもダンジョン関連産業が活発化していくことだ。


「私どもは国から予算を出してもらって、この国のダンジョン関連産業を支えています。その中で重要になるのは、オークションでの巨大な金の動きではなく、その影響で活発化する大量の金の動きなのです」


 そう考えると、本当に経済ってもんはよく出来てると思える。

 俺は結局大学は授業をぶっちして退学を決め込んだが、もうちょっと真面目に学んでおいても良かったかもしれない。

 

 まあ俺は法学部だったのだが。


「オークションが、そんな大きな範囲に利益をもたらすんですか」

「はい、そうですよ」

「世界って、すごいんですね」

「それな。お前も今から目標を一個決めちゃうんじゃなくて、あれこれとやってみなさいよ」


 ここで兄として1つだけ忠告。

 まあ鳴海が仕事につけなくても一生食わせてやれるだけの甲斐性はあるつもりだが。

 

 それよりも前に、今の段階で未来を決めてしまったような発言をしている鳴海には、夢があるのは良いことだがまだ決めてしまうのは少し早いんじゃないかと思ったのだ。

 そういうのは大学で勉強しながら決めても遅くない。


「……うん。色々勉強してみる」

「私もお手伝いしますよ。ひとまず、今度のオークションの観覧などしてみますか?」


 決意を固める鳴海に、右へと曲がるウインカーを出しながら佐藤さんが声をかける。

 それは俺もぜひ見学してみたい

 馬のせりとかならテレビで見たことはあるけど、大金の動くオークションだとどうなるのが、純粋に興味がある。


「見てみたい、です」

「かしこまりました。それでは、当日は案内させていただきます」

「日程って決まってるんですか? 後俺もご一緒して大丈夫ですかね?」

「次回の開催は5日後となっております。ヌル様も妹様もいらしていただいて大丈夫ですよ」


 俺が話に参加して尋ねると、佐藤さんは快く承諾してくれた。

 というか5日後なのね。

 葦原さんと前田さんは俺のことを局量探索以外で煩わせたくないのか情報を出してこないことが多いが、オークションの日取りぐらいは教えてほしかった。




******



 その後、俺たちはとくに襲撃を受けることも無く宿泊予定のホテルに到着した。

 

 そしてその後のちょうど正午。

 日本、そしてA国の政府が共同で、C国の日本における暴挙に対する抗議の声明と謝罪を求める会見が開かれた。


 その場で両国は厳しくC国を批判。

 何か強制力があることでは無かったものの、日本もA国もその苛烈な批判の声に、世論は大きくざわめていた。

 

 これに対してC国はすぐに事実無根だと反論したものの、こちら側に寝返った襲撃者の証言もあって、世論は大きくこちら側に傾いた。

 おそらくあの国は謝罪をしないだろうが、しばらくは動きにくくなることだろう。


 そしてそれから数日、日本国内のC国人スパイのあぶり出しが終わるまで、俺と鳴海は高級ホテルの一室で久しぶりに兄妹でずっと一緒にいる時間を過ごしたのだった。

 大抵どっちかが学校かダンジョンに行っているので、こういう機会は貴重だ。


 この機会に、妹の進学への意思ややりたいことなど、改めていろいろなことを話し合うのだった。

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