第50話 兄妹
護衛の車両に囲まれながらダンジョン省に到着した俺達は、そのまま1つの会議室へとなだれ込んだ。
なんてことにはならず。
「状況が分かり次第説明するので、生神さんはこちらでお待ちください」
そう言われて、俺はそれなりに豪華な作りになっている応接室へと放り込まれた。
まあ確かに、襲撃者の身元割り出しや今後の攻撃を想定する過程において、俺の存在は特に必要なものではない。
だから、特に役に立たないと思うから部屋でおとなしくしていてくれ。
というのは理にかなった話だ。
一方マイクとアイリスは、事情聴取のために連れて行かれた。
特にマイクはエージェントとして日本が知らないことを知っていそうだし、アイリスはアイリスで特殊な目を持っている。
あるいは、気絶したままの連中を見れば、その背景が見えてくるかもしれない。
アイリスの目はそういう代物だ。
ならば活用してやろう、ついでに秘密を暴いてやろうというのが、立場的には彼らと対立する葦原さんの考えるところだろう。
結果、役立たずの俺だけ残されて、こうやって応接室で暇を晒すことになっている。
と。
スマホで小説を読んでいると、応接室のドアがノックされた。
扉の向こうには、おそらく職員だろう気配とよく知る気配。
俺が扉をあけると、よく知る気配の方が俺に飛び込んできた。
「っとと。危ないな鳴海」
「だって、お兄が……」
そう言って泣きそうな声を出す鳴海に俺が困惑していると、職員の女性が説明をしてくれた。
なおこの女性職員は、以前アイテムの売買に付き合ってくれた田中さんと同様に、俺のことを知らされている側の人間だ。
つまりそれなり以上に優秀な人である。
「妹さんをすぐに保護する必要があったのですが、学校から呼び出すにはそれなりの理由が必要になります」
確かに早退させるのには理由が必要だ。
ただその内容次第では、鳴海の友人関係とか教師からの対応に響くことになる。
それこそ兄が今流行りのヌルだと知られてしまえば、そういうのに好奇心を持つ友人たちによって鳴海が潰れてしまいかねない。
「下手にダンジョン省の名前を出してしまうと妹さんの今後の友人関係に響く恐れがあったので、ヌル様が大怪我をしたという連絡をしたのです」
だがその嘘の付き方が少々まずかった。
そうだな、確かにダンジョン省から呼び出しを受けるとか、友人たちにどう説明すれば良いのか、という話になる。
もちろん鳴海がそこについて嘘をつくことも出来るが、それは鳴海と友人の間に溝を作りかねない。
だから親族が大怪我というベタな方法で呼び出したのだろうが。
鳴海にとって、とくに今の鳴海にはそれはタブーだ。
「申し訳ありません」
「あー、大丈夫です。こっちで対応しておきますので。それと、何か軽食でもいただけませんか? 昼から何も食べていないのでお腹が空いてまして」
完全に地雷を踏みぬかれてアウト状態の鳴海を立ち直らせる代わり、というわけではないが。
午前中にマイクとアイリスを迎えてから数時間。
流石に俺も腹が空いてきた。
ダンジョン省に頼んでも困るかもしれないが、コンビニ飯なんかでも良いので何か買ってきてほしい。
「承知しました。しばらくお待ちください。食物アレルギーなどはございませんか?」
「あ、無いです。それは。ほんと、コンビニ飯とかで良いので」
俺がそう言うと、女性職員は首を横に振る。
「ヌル様には出来る限りの対応をするように、と言われておりますので。それでは、私はこれで。しばらくしたら宿泊場所にご案内出来るかもしれませんが、状況によりますので、それまでは我慢していただけると幸いです」
「それはほんともう、全然我慢できるので。ほんと、ご迷惑をおかけします」
なんか女性職員の言い方だと、俺にコンビニ飯なんて出せねーから高級品持ってきたわ!
とか平気で言われそうで怖いんですけど。
いやもうほんとコンビニ飯とかデリバリーとかで良いからお願いします。
なんてやる気を見せている相手に言えるわけもなく。
俺はそのまま女性職員が去っていくのを見送って、応接室の扉をしめた。
「おーい、鳴海さーん、大丈夫ですかー」
抱きついたままの鳴海を揺するが、反応は帰ってこない。
仕方ないので、そのまま抱えあげて応接室のソファーまで運ぶ。
当たり前だが、探索者の俺にとって女子高生である鳴海は非常に軽く感じられた。
その後しばらく声をかけていても返事が無いので、仕方なく俺は鳴海の頭を片手でなでつつ、読書に戻ることにする。
こういうときは時間が解決するものだ。
そう思ったのだが鳴海にはそれが気に入らなかったらしい。
俺が読書を始めると、俺の胸板にゴツンゴツンを頭突きをし始めた。
「揺れるって、コラコラ」
スマホを置いて頭を撫でるのもやめて、両側から鳴海の横腹をこちょこちょする。
「んひっ!? んっふふふ、お、お兄、くすぐったいって! あははは」
妹がすねたふりを始めたときにはこの手に限る。
「ほら、いつまでもすねた振りしてないで降りてくれ」
「やだねーだ」
鳴海はかなり理性的な子だ。
論理的に判断が出来る、と言い換えることも出来る。
故におそらく、俺が怪我したと聞いた最初の瞬間は大きく動揺はしただろうが、その後説明を受けて自分で立ち直ることが出来ているはずだ。
そう思ってくすぐってみたが、案の定だったらしい。
こういう甘え方をするには、鳴海はもう大きすぎると思うんだが。
こういうのは小学生までだろう。
俺がそんなことを思っている間にも、鳴海は体勢を変えてかばんからスマホを取り出し、何か操作を始めた。
そしてそれが終わると、俺に背を預けるように俺の膝の上に座り直した。
意地でも降りる気は無いらしい。
「それで、お兄がこんなところに来るなんて、一体何があったの?」
「A国から来た相手と話してたら、別の人達に家を襲撃されてな。しかも相手が自爆するようなやばい奴らだったから、一旦こっちに避難してる」
自爆、という言葉を聞いて、鳴海が驚いたように振り返った。
その目は俺に本当のことなのかと問いかけているように見えるが、心配しなくても本当のことである。
こんな内容で嘘はつかない。
「いつか襲撃とかあるのかな、って覚悟してたけど、自爆は考えたこともなかった」
「俺も無かったな。って言ってもあの自爆は、俺を攻撃するためってよりは、捕まって情報抜かれないようにするためのものだった気がするけどな」
初手から自爆を使ってこなかった時点で、相手は生きて帰るつもりではあったのだろう。
だが逃げ切れなかったので、日本の警察などに捕まって情報を吐かされるぐらいならばと自殺した。
そう考えた方が辻褄があう。
「そんな怖いこと考える人がいるんだね」
「まー国の上層部なんてどこも魑魅魍魎だろ」
「それもそっか」
聞きたいことは聞けたので満足、という感じで鳴海が前を向き直る。
「お兄は、ずっとダンジョンに行ってられれば満足だったのに……」
「鳴海?」
その声に泣きそうな声を感じて俺が声をかけると、鳴海はぎゅっと体を丸める。
まるで俺からの攻撃を防ぐかのように。
そして口にした。
「私が、お兄に配信を勧めたせい、なのかな。ごめんなさい、お兄」
そう言う声は、本当に泣きそうに思えて。
俺は彼女の頭を優しく撫でる。
「ま、名前が売れるということを警戒しきれてなかったのは俺も同じだ」
これは慰めではなく本当に。
知識としてそういう可能性がある、と想像は出来ても、実際にどうなるのかは起こってみなければ俺にもわからなかった。
「それに、鳴海のおかげで俺の世界も広がってるしな。悪いことばかりじゃあない」
確かに俺だけのことを考えるならば、俺は1人でダンジョンに潜って、地上にはめったに顔を出さずに攻略を続ける方が会っているのかもしれない。
でも俺には家族がいて、大切な妹がいる。
だからダンジョンに潜りっぱなしなんてするつもりはない。
そしてそうなると、俺もいずれは人の社会の中で生きていくのが定めだったのだ。
以前言ったと思うが、ショップでのアイテム販売も、いずれそれを仕事として外に出していきたいアラナムからすれば、アイテムが自分たちだけに与えられる状態は都合が悪くなりつつあった。
そしてそのまま時間が経過すれば、結局俺は表舞台に引っ張り出されることになっていただろう。。
深層にも存在しないアイテムを届ける謎の存在に気づいて放置しておけるほど、ダンジョン省も各国のダンジョン関連機関も怠惰ではない。
だからむしろ、鳴海のおかげで自発的に表に出て、そして今のようにダンジョン省の人達とも正面から交渉が出来たのは、俺にとっては非常にありがたかった。
そんなことを説明すると、鳴海はようやく少しだけ体を開いた。
俺はその隙間に腕を突っ込んで、彼女を後ろから抱きしめる。
もちろん胸には触れないように腹に手を回す。
「ひゃっ」
「心配するな。俺はちゃんと鳴海のお兄だからな。怒って離れたりはしない」
「うん……ごめんね、お兄……」
俺の言葉に、鳴海は涙を流しながら頷いた。
そして彼女を抱きしめていた腕を俺がほどこうとすると、それを抑えて離させまいとする
結局俺たちは、そのまま先程の女性職員がピザを持ってくるまでそのままの体勢でいた。
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ファンボックスとカクヨムサポーターの方で第59話まで先行公開してます。
ストック消費したり追いつきかけることはあると思いますが、先行公開分が読みたい方はぜひ、作者への応援お願いします。
ファンボックスのURLだけ下に貼っておきます。
https://www.fanbox.cc/@amanohoshikuzu
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