第49話 襲撃と撃退

 外側から幾度も攻撃を受けている玄関。

 俺の張った障壁によって攻撃自体は届いていないが、その振動は幾度もドアを揺らす。


 そのドアを、俺は内側から蹴破って外へと飛び出した。

 武器は持ってきてない。

 下手に持ってくると、現状の俺の能力と合わせて敵を殺してしまう可能性が高いのだ。


 突然玄関を内側から破って飛び出してきた俺に、しかし一般人の私服のような服装をした襲撃者たちは動揺した様子を見せない。

 そして玄関を攻撃していた3人組は、ほぼ同時に3方向から俺に向かって突撃してきた。


 左から順に、左斜め前、正面、そして右斜め前。

 3方向から同時に突撃してくる相手に対して俺は対処の優先順位をつける。


 一番先に対処したいのが、右斜め前のナイフを構えている男性。

 魔力操作によって体表を強化した俺には深層相当のナイフでもそうそう刺さらないと思うが、刃物は腹や胸に入ってしまうと一発で終わりになるので、一番先に潰しておきたい。


 そして次に無手で突っ込んでくる正面の相手は無視して、手元に魔力を集めている左斜め前の1人。

 おそらく何かしらのスキルを発動しようとしているのだろうが、その正体がわからない以上先に潰しておきたい。


 そして最後に無手で突っ込んでくる正面の馬鹿。

 俺が深層は既に突破し、深淵にまで潜っているという説明を聞いた上での無手での突撃だと言うならば、もはや何も言うまい。


 そこまで舐め腐ってくれたのだ、礼をしてやる必要がある。


 しかしまずは他の対処だ。

 俺は敵の同時の突撃を受けるタイミングをずらすために、右へとステップを踏む。

 

 これによって右斜め前からの敵が最初に到達し、次に正面、そして最後に左斜め前と体の到達に順番が生まれる。

 その隙があれば、俺にとってはこれぐらいの相手を相手するにはちょうど良い。


「しっ!」


 鋭い呼気の音とともに、右斜め前の女性の襲撃者がナイフを突き出してくる。

 よく見ればそのナイフからは液体が滴っており、何らかの毒か薬品を使っていることが見て取れる。

 いずれにしろ、食らって良いようなものではないだろう。


 それをわずかに体をずらして脇の下を通過させることで躱した俺は、敵がナイフを引き戻す前に腕を閉じることで敵のナイフを持つ手を捉える。

 そして前蹴りを放って女性の胴体を捉えると同時に、脇に抱えた腕を腕の閉じる力とその圧力だけでへし折る。


「やべっ」


 蹴りが命中した瞬間そう声が漏れる。

 思ったよりも女性が鈍くて碌な回避行動を取ってくれなかったせいで、狙ったところに狙ったままに蹴りが突き刺さってしまった。

 

 更に、普段から意図して手加減をするのではなく、能力を抑えた分身を使用してモンスターとのレベル帯を合わせその全力で戦っていたので、自分で思っていたよりも遥かに俺は手加減が苦手らしい。

 

 葦原さん、死んでたらすまん。

 取り敢えず後で深淵産のポーションをプレゼントしておこう。

 回復系の魔法は探索者じゃないと魔力中毒を起こすが、ポーションは使えるからな。


 そして次に正面から掴みかかるように突っ込んでくるアホたれには、体勢を低くし、相手がその上に乗り上げるように接触する。

 そして敵の体重が俺に載ったところで低くしていた体勢を勢いよく跳ね上げる。

 

 結果、突っ込んできた敵は突っ込んできた勢いのまま俺の後方、玄関の方へと放り出され。

 そして玄関から出てきたマイクの手によって空中で撃墜された。


 どうやらマイクも応援に来てくれたらしい。

 まあ国のために働いているとは言っていたが、探索者でもあるというのが俺に感じ取れていたので、それぐらいの実力はあって当たり前、といったところだ。


 そして最後に、スキルを発動させる際の魔力を腕に帯びながら左斜め前から突っ込んでくる男性。

 ここで俺の好奇心が余計な顔をのぞかせたことで、俺は先手の攻撃で潰そうと考えていた方針を変更して、敵の攻撃をクロスした腕で受けとめることに決めた。


 敵が一体どんなスキルを使おうとしているのか、食らってみなければわからない。

 だから食らう前に仕留めてしまうのがもったいないと思ったのだ。


 そして男の拳が俺のクロスした腕に突き刺さり。

 その衝撃波が俺の腕を通過して内臓を揺らす。


「衝撃波か……!」


 ガードした腕越しにボディーを一発もらったようなもので、思わず後ろに一歩よろめく。


「ヌル!」


 マイクが声をかけてくる。

 しかし彼が到達するより、3人目の敵が逆の拳を振り抜くほうが早い。


 そして敵の攻撃が俺に迫って。


「2発目は別にいらん」


 既に立て直していた俺の手によって掴み取られる。

 命中地に衝撃波を放つ拳も、横から手首を掴み取られてしまえば効力は発揮しないらしい。


 惜しいな。

 ここから衝撃波を飛ばせるようなスキルだったなら、最後のあがきも出来たのだろうが。


 掴んだ男の手首をそのまま握り砕き、更に顎をぶん殴って気絶させておく。

 顎も砕けたかもしれないが、襲撃者相手にそんなことは知らない。


「ヌル! 大丈夫なのか!?」

「深層相当のスキルでも俺は仕留められんわ。それより待て、敵が逃げる」


 話しかけてくるマイクを制して、俺は残りの3人の敵の方へと向かう。

 こちらがやられたのを確認したのだろ、敷地から出ようとしているが、逃してやるものか。


「マイク、そいつら捕縛しておいてくれ!」

「オーケイ。次はわざと食らったりするなよ! ヒヤヒヤしたよ全く」


 どうやら俺が敵の攻撃を受けてもピンピンしていたのを見て、俺がわざと食らったことを察したらしい。

 まあバレたところでどうしたという話だが。


 しかし、それにしても衝撃波系のスキルは良いな。

 モンスター相手に打撃攻撃が通用するようになる。

 格闘系で武器を使わない探索者の多くが、類似の拳からなにかを放つスキルを持ち合わせているので珍しいわけではない、


 珍しいわけではないが、俺もあれば便利だったのにな、とは思う。


 そんなことを考えながら家の側面から攻撃を仕掛けていた敵を追うと、ちょうど最後の1人が敷地を囲う塀の外側に飛び降りたところだった。


「逃がすかよ」


 塀に飛び乗った俺は、道をダッシュで走って路地に消えていこうとしている敵の背中を目視する。

 そして目視してしまえば、俺の魔法陣魔法の射程圏内だ。


 魔法陣を展開して、走る敵の足元を凍らせていく。

 それでも逃げようとする3人の敵だったが、なんの問題もなく足元が固まり、3人組を地面に縫い付ける。

 更に全身を氷が覆っていき、手足も上半身も動かすことすらできなくなった。


 これで逃げられる心配はゼロになった。


 後は──


カチッ


 体の動きが止まって油断した直後のことだった。

 カチリという小さな音が俺の耳に響く。

 それも1回ではなく3回、続けざまに。


 その音に嫌な気配を感じて咄嗟に障壁を張る。

 直後。


 ドガァァァン!!

 大きな爆発音とともに、3人の敵が続けざまに爆発した。


「……ちっ、そこまでやるか」


 多分先程聞いたカチリという音は、爆弾のスイッチを入れた音か爆弾が起動した音だろう。


 おそらく口の中か何かにスイッチを仕込んでいて、それを噛むことで起動した。

 あのときあいつらが動けたのはそれぐらいのはずだ。

 そして爆弾自体は服の内側か体内に仕込んでいた。


 吹っ飛んだ敵を確認するよりも先に、俺は家へとダッシュで取って返した。


 先の3人が同じように爆弾を仕込んでいたとすれば、改めて念入りに気絶させておく必要がある。


 ダッシュで家に戻ると、気を張っていたのか3人を捕縛してひとまとめにしていたマイクが俺の足音に警戒の構えを取る。

 

「っ、ヌルか! さっきの爆発音はなんだ? まさかそんな派手な魔法を使ったのか?」


 流石に使わんが???

 というか俺はどっちかというと剣士よりの考え方をしているので、敵を仕留めるなら仕留めるで斬り捨てる方が性にあっている。


「いや、自爆された。おそらくどこかに爆弾を仕込んでる」

「オーマイ、まじかよ」


 俺の言葉をうけたマイクが早速気絶している3人組の服をはいで確認している横で、俺は3人に対して魔法陣を設置する。


「そいつは?」

「眠らせる魔法だ。俺とこいつらのレベル差なら当分は目を覚まさんだろ。その間にどうにかすればいい」

「助かるぜ」


 マイクと2人して敵の服を漁ってやろうと思ったが、それよりも先に中で待っている2人に安全を伝えてきてくれ、と依頼される。

 

「それに、こういう作業は俺の方が向いてる。だろ?」

「そこまでお前の仕事内容に詳しくはないが、まあ想像はつくな」


 確かに純粋に探索者としての能力を高めてきた俺と、国家のエージェントとして働いているマイクなら、マイクの方がそういうことに詳しいのは道理だ。

 そう思ったので、言われたままにおとなしく2人を迎えに行く。


「生神さん、さっきの爆発音は?」


 部屋に入るなり、ソファーから葦原さんが勢いよく立ち上がって俺の方へとやってくる。

 一方アイリスはこういうことに慣れているのか、特に動揺した様子もなくおとなしく椅子に座ってテレビを見ている。


「敵が6人攻撃を仕掛けてきたんですが、うち3名を気絶させずに無力化したら自爆されました」

「自爆……そこまでですか」


 自爆という言葉に葦原さんが呻くようにつぶやく。

 俺もいつか攻撃されることはあるかもな、ぐらいには考えていたが、まさが自爆までするとは思わなかった。


 まあでも、日本の北に位置する2つの大国なら、ありえない話ではない気もする。

 マイクの母国より全然気が短いし、人の命をなんとも思っていないように使い捨てるあたりとか。


「取り敢えず私の方で護衛を呼びました。一度それでダンジョン省まで移動しましょう」

「彼女らは?」

「不本意ですが、連れて行くしか無いかと。誰が狙われたのか、まだ判明していませんから」


 葦原さんの言葉に、俺はそこで自分の思考が狭まっていたのに気づいた。

 確かにそうだ。

 俺の家を攻撃してきたが、場合によっては狙いは俺では無かったかもしれない。


 ダンジョン省の探索者局の局長という重要なポジションにつき、最近ではダンジョンエースなど複数の探索者事務所を潰したことで恨みを買っている葦原さん。


 そして予言という能力を持ち、向こうの探索者界隈では有名人になっているアイリス。

 その護衛にかなり戦闘が出来るマイクがついていることだけで、その重要性というのがわかる。


 つまり俺以外が狙われた可能性は十分にあるのだ。


「わかりました。俺も少し準備してきます」

「できるだけ急ぎでお願いします」


 葦原さんに一言断って、俺は自室に戻って貴重なアイテム類を収納している大きなマジックバッグを担ぐ。

 ついでに作成途中だった魔法具もいくつか放り込んでおき、武器などもまとめる。


 家の玄関を俺が蹴り破ってしまったために、今俺の家は誰でも入り放題な場所だ。

 対象を限定して障壁を張る魔法陣はそこまで都合が良いものではなく今回の場合は使えないので、それで家を囲ってしまって守るようなことも出来ない。

 

 だから俺が家を留守にした間に盗まれないように、貴重品は全てまとめておく。


 鳴海には悪いが、しばらくこの家に戻るのは難しいだろう。 

 そう言えばそっちも連絡しておかないとな。


 その後マイクや葦原さんとともに、障壁を貼りながら生き残った襲撃者たちの見聞をする。

 護衛とその他爆発の後の補修などを行う作業班が到達するにはもう少しだけ時間がかかるらしい。


「……爆弾は全部体内だろうな。服のどこにも隠してなかった」

「狂ってやがる」


 爆弾の位置を確認していたマイクの言葉に、葦原さんがそう吐き捨てる。


「まあ無理もねえ。多分こいつらはC国の使う催眠人形だ」


 その単語に聞き覚えの無い俺とは違い、聞き覚えがあるらしい葦原さんが顔をしかめる。

 それはもう、これ以上の渋面は無いと言うほどに。


「A国との会談中にジャストタイミングでC国から襲撃を受けるとは思わなかったな」


 まだ断定できたわけではないが、今回の相手がC国からの攻撃だった、という前提で俺がそう感想をこぼすと、男性の体を触診して爆弾の位置を特定しようとしていたマイクが顔を上げる。

 

「いや、そいつは違うぞヌル。あいつらにとっては、あんた自身よりもあんたと俺たちが手を組むことの方が怖かった。だからこの場を襲撃をしたって可能性もある」

「……そういうことか」


 俺単体ならば放置するか取り込むか検討する余裕はあったが、俺とC国と敵対する大国であるA国のエージェントの会談は見過ごせないものになったのか。


 だから攻撃をしてきた。

 その可能性も確かにありえる。


 そんなことを考えていると、門の前に複数の車が走ってきてとまった。


「迎えです。一旦移動しましょう」

「悪いな、世話になるぜ」

「手はずが整えばすぐに大使館にお届けしますよ」


 葦原さんとマイクがやり取りをしている間も、俺は無表情にうなだれる襲撃者たちを見ていた。

 

 マイク達といい、今回の襲撃の首謀者と言い。

 いよいよ他所の国が俺に手を出してきたらしい。

 

 まあ最悪の場合はダンジョン深淵に潜ってからの無限特攻で更地にしてやるぐらいのつもりではいるが。

 出来れば穏やかな日常が戻ってきてほしいものだと、切に願う。


 まあ取り敢えず、その辺りは葦原さん達に丸投げしておくことにしよう。

 もしそれでどうにもならなかったら……そのときはどうしようかねえ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る