第48話 対話
俺の問いかけに、特に動じること無くマイクは話し始めた。
「1つ目は端的に言えば、あんたをうちの国に引き抜いてこれないか、という打診だな」
まず1つ目。
マイクはまっすぐに放り込んでくる。
それについては、俺も葦原さんもまずはそうだろうという認識があったので事前に話していた。
「もちろん断るとも」
「わかってるよ。あんたが今いる環境が気に入ってることも、うちの国はあんたには合わないことも」
そう言っておとなしく引き下がるマイク。
というかそもそも、俺に打診をしてくるならば葦原さんの同席なんて無い状況で話すべきだ。
そうでない以上、これは既に彼自身も破棄したプランだったということを意味している。
さて、ここからが本番だ。
そんなありきたりな交渉をするために彼は来たわけではないことぐらい、俺にも予想は出来ている。
あの手紙の裏に書かれた走り書きの英文は、そんなちゃちぃもののために書かれたものではなかった。
もっと大きく、希望を掴むための必死のメッセージだったのだ。
「それじゃあ2つ目だが……これは俺じゃなくて彼女がメインなんだ」
そう言うマイクに視線を向けられて、アイリスは今度こそ口を開く。
「私は予言をした。『東の果から昇る新星が、この世界を終わらせる』と。だから私はそれを見極めるために来た」
やはり予言系。
そして俺が直接の対象か。
であるならば、聞いてみたいことがある。
「その予言は、君の自由に出来るものなのか? 例えば今ここで俺の将来を占ったりとか?」
そう尋ねると、少女、アイリスは首を横に振って応える。
「予言はいつも突然頭に浮かぶ。だから今あなたのことを占うようなことは出来ない」
「それで、預言者がわざわざ自分で対象の視察に来たと?」
俺が尋ねると、アイリスが答える前にマイクが割って入る。
「Mr.生神、それ以上はうちの国の機密になるから聞かないでほしい」
「こっちのことをさんざん調べて、その特殊だろう目で見ておいて、今更それを言うのか?」
目。
俺がそう口にした瞬間に、アイリスが大きく目を見開く。
それは俺が初めて見た彼女の無表情以外の感情だった。
同時に、マイクがお手上げだと言わんばかりに手を上げて椅子に深く座り込んで見せる。
「降参だ。なんでわかった?」
「深層探索者でもわからないだろうが、俺には彼女の目に膨大な魔力が存在しているのがわかる。いや、これは目そのものが固体化した魔力なのか? 例えばそう……魔石みたいに」
魔石とは、モンスターの体内に取り込まれた魔力、あるいは魔力を構成する微細な粒子が物質化したもの、とされている。
魔力が微細な粒子によるものであるということも含めて、一応ある程度の研究が行われた上でのそういう結論なので、おそらく間違いは無いと思っていい。
それがモンスターの体内で育ち、探索者によって発見される。
そしてここからは俺だけが知っている情報だが、深層までのモンスターのようにアイテムを残して消えること無く解体することが出来る深淵のモンスターにおいては、魔石の質は大きな魔力を受けていた個体ほど高い。
例えば同じ階層の中でも大気中の魔力の量は一定ではなく、魔力が溜まっている場所が存在する。
上層から深層ならば魔力溜まりとも呼ばれるそれの周りに生息しているモンスターは、大抵同じモンスターの他の個体と比べて戦闘能力が高く、また体内に持っている魔石も大きい。
魔石はそうやって、体内で生成される。
そしてそれは、おそらく少女の目もそうなのだ。
「スキル獲得時点か、それともその後スキルを使用する過程においてかはわからないが、君の目は今魔石の一種のような状態になっている」
好事家達が喜びそうだ、という言葉は、敵対的とは言えない少女に対して言うべき言葉ではないと思ったので流石に遠慮しておいた。
「それで? その目で俺を見てどう思ったんだ?」
俺の問いかけに、アイリスはポツリポツリと言葉をこぼす。
「他の人と比べて、倍以上に大きなスピリットを持っている。明るくて、眩しくて、まるで真夏に人を焼き殺すときの太陽のよう」
少女が予知予言系のスキル持ちだとわかった時点で、不思議少女である可能性は高いと考えていた。
だからその意味が理解しづらい少女の言葉にも、唖然とすること無くしっかりと向き合うことが出来る。
しかし、俺が思考を固める前に隣でずっと俺が会話しているのを聞いていてくれた葦原さんが口を挟んだ。
「アイリスさんよりマイクさんが説明した方が早いのでは?」
葦原さんは今回の会談において、基本的には俺の補佐に入ってくれることになっている。
故に主体的にしゃべることはせず、俺が何かを見落として相手に有利な発言をしそうになっているときや、場の進行が止まったときにのみ、こうやって口を挟んでくれることになっている。
その葦原さんの言葉に、おそらくは機密の関係で一瞬黙り込んだマイクだが、結局観念して口を開く。
「あくまで今のところは、って話だし、完全に確定しているわけでもない、という前提で話すが、彼女の目が見るのは、いわゆる人の魂のようなものらしい。例えば一般人ならば小さな塊が見えるし、一流の探索者やスポーツ選手とかなら大きな塊が見える。そんであんたからは、太陽のように鋭く光を放つ塊が見えたらしい」
なるほど。
概要だけ聞いたが全くわからない。
まあ取り敢えず、なんだろうか。
社会一般的な成長、というのはちょっと違う気がするし、人間としての努力や研鑽の量というならスポーツ選手と一流の探索者が同じように見えるというのが腑に落ちない。
曖昧な表現を使うならば、魂の大きさ、強さ、とでも言えば良いのだろうか。
「まあ、わかった。魂の強さみたいなものが君には見える。そういうことだと認識しておく」
「そうしてくれ。これについては俺たちの方でも完全には判明していないんだ。さあ、それより話を戻そう」
マイクの言葉に、まだ隠そうとしているものがあるのを感じつつも、俺は思惑にのって元の話題に戻ることにする。
「2つ目は、俺が『世界を終わらせる』という予言になったから彼女の目を頼りに俺を見に来たと。そういうことだな」
「そう。でも、見ても結局わからなかったけど」
世界を終わらせる、か。
こうなってくると目的語が何になるのかで話が変わってくる。
例えばアメリカがダンジョン関連の産業において一強状態である世界を終わらせるという意味なら、確かにアメリカ中心の世界は俺の出現によって大きく揺らぐだろう。
あるいは、今現在世界中に広まっている資本主義の社会を終わらせるのかもしれない。
とにかく、世界という単語の幅が広過ぎて中身が見えてこない。
しかも『世界を
滅ぼす、ではない。
滅ぼすならまだわかりやすく俺を敵だと認定することも出来るかもしれないが、終わらせるという単語が絶妙にわかりづらくしている。
しかも英語においてdestroyとfinishは完全に別物だ。
「今のところ心当たりは全く無いな」
「……そうか。まそうだよな。普通自分が世界を終わらせるなんていきなり言われても理解できるはずがねえ。この件については、こっちが勝手に調査しようとしただけだ。忘れてくれ」
「気にぐらいは止めておくよ。葦原さんは?」
「他国で出た予言の対応に頭を悩ませているほど暇ではありません」
すげなく切り捨てた葦原さん。
だがまあ確かに、今の日本のダンジョン関係は、如何に俺という突出した駒を活用して日本のダンジョン産業を盛り上げていくか、という方向について真剣に取り組んでいる節がある。
そんな状態で他国から『ヌルが世界を終わらせると予言に出た、どうにかしろ』と言われたところで、反応してやる暇すらもったいないというのが本音だろう。
「それじゃあ、最後にこいつは俺の提案だ。まだ俺が考えただけのものであって、国の許可が降りたわけでも無いし絶対に降りるとは限らない」
その上で、頼む。
とマイクは頭を下げる。
「あんたが持ち帰る素材やアイテムで、うちの国からの信用を買ってはもらえないだろうか」
ふむ。
少しばかり意味がわかりづらいが、よく考えればある程度見えてくる。
「それは我が国の探索者に対する脅迫と取りますが、よろしいですか?」
俺が脳内で明確に言語化するよりも先に、葦原さんが険しい表情でマイクに問いかける。
その表情は、これまで見てきた中で一番厳しいものだった。
それだけ、マイクの頼みが葦原さんにとっては大事な部分を踏み抜いているのだ。
まあどんな経緯をたどったにせよ、探索者局の局長を務めているような人だ。
探索者の保護にはそれだけ思い入れがあるのだろう。
マイクの頼みを解釈するとこうなる。
まず『俺の持ち帰るアイテムで買う』というのは、すなわちマイクの母国に俺が持ち帰ったアイテムを差し出せ、ということだ。
無償でプレゼントする、売却するいずれになるかはわからないが、とにかくそこにアイテムの動きを作りたい、とマイクは言っている。
問題は後半の方。
『うちの国からの信用を買ってくれないだろうか』という部分。
これはすなわち、逆説的に捉えれば、今のアメリカはヌルという個人を信用、信頼しておらず、危険な存在として排除する可能性があることを示唆している。
もちろんマイクはそこまで直接的に言っているわけではないが、俺個人がマイクの母国からの信用を買うということはそういうことだ。
つまり、マイクの言葉を思い切りひどい方向に意訳するとこうなる。
『殺されたくなければうちの国にアイテムを納めろ』
そりゃあ葦原さんもキレる。
もちろん俺だって普通に腹立たしいが、頭を下げてそれを頼みに来たマイクの姿が、まだ何か俺の知らないわけがあるのを示しているような気がしたので一旦発言を保留した。
それにマイクは、この件をまだ国の上層部は承諾していないと言っている。
にも関わらず、自分の権限の範囲を超えてまでわざわざ俺に持ちかけたのは、何か理由があるはずだ。
「あんたの国じゃなくて、あんたの思いとしては何が狙いなんだ?」
俺がそう問いかけると、マイクは頭を下げたまま答えた。
頭を上げられない程度には、失礼なことを言っている自覚はあるらしい。
「これで、あんたを排除しようとする奴らを黙らせたい。でなきゃ、俺たちエージェントは真っ先にあんたとやり合う羽目になる。俺はバカが起こした絶対に勝てない戦いで仲間を失いたくない」
ふむ。
筋は通っている。
以前彼が言っていた、俺と戦いたくないという発言とも内容は一致する。
だがなあ。
この曲者はまだ腹の下に何か抱えていそうな気がする。
気がするが。
「葦原さん」
「生神さんが深淵から持ち帰り私どもが預かったアイテムの国際的な売買。流石にうちの国も孤立したくは無いと思うので、可能性は十分にあると思います」
「ってことらしいが、どう思う?」
そもそも俺の持ってきたアイテムは、全てダンジョン省に預けることにしているので、もはや俺にそのアイテムをどうするかという決定権は無いのだ。
いやまあ俺の立場的にわがまま言えば聞いてくれそうではあるが。
だが取り敢えず、この件についてはそれぐらいが良いのではないかと思う。
俺は命令されて重荷を課されるのが嫌いだし、マイクの国にアイテムを納めろと言われても断固拒否する自信がある。
だがそれをダンジョン省がやってくれるなら別だ。
そこで国際的な取引が行われても、俺はそれについて特に思うところは無い。
後は、両国の人間がどううまく話をまとめるかだ。
マイクの国とばかり仲良くしようとしていると、遺憾の意を表明してくる国がいくつかあるからな。
そういうのを考えると、国際的なオークション、とかになるのだろうか。
しかしマイクの言いようでは、彼が求めているのは特別な権利のように思える。
他の国と一緒に舞台に上がることが出来ても満足はしない、とマイクは言いたいのだろう。
「まあ取り敢えずアイテム関連は全てダンジョン省に任せてるから、そっちで話し合ってくれ。それでも俺の相手になるっていうなら、苦しまないように逝かせてやる」
「……わかった。Mr.葦原、この後話を詰めても良いか?」
「確約は出来ないが、多少話しておいた方が良いだろうな。了解した」
顔を上げたマイクが残念そうな表情を一瞬浮かべてから葦原さんと交渉に入ったのを見て、俺は内心苦笑する。
随分と甘い人間だと見られていたらしい。
確かに俺は相手にとって良いことならばしてやろうと思うことは多いが、それでもときと場合は選ぶ。
そしてこれは、明らかに発案者のマイクか、あるいはそれを発案せざるを得ない状況にしたマイクの国の状況が俺にとって一線を超えている。
そこまで言うならばやろうではないか、戦争を。
俺は大国でも焦土に変えるぐらいの自信はあるぞ。
無限特攻舐めんな。
「あ、来る」
と、アイリスが壁を見つめながら何事かつぶやく。
そしてその直後、俺も敷地に設置した魔法陣から複数の侵入者がいることを感じ取った。
「葦原さん、ちょっと荒事です」
「侵入者か、あの配信を見ておいてよくやる気になるもんだ」
葦原さんも多少は荒事に慣れているのか、特に動揺した様子は無い。
「アイリス、侵入者なのか?」
「うん……でもマイクが言っていた人達じゃない……別の?」
その言葉の直後に、俺が魔法陣で一応の防御と補強をしてある家の壁に強い衝撃が加えられ、建物自体が揺れる。
家まるごとの保全は流石に要求される魔石の大きさが大きすぎて俺も出来なかったのだ。
そのため壁が受けた衝撃が家全体に伝わってしまう。
まあその分ぶち破られる可能性は薄いが。
「ちょっと殺ってくる」
「殺したら処理が面倒なので出来れば生かしてください」
「善処しますよ」
そう葦原さんに答えながら、俺は今も攻撃を受けている家の玄関へと向かう。
A国との話し合いの場は、混沌とした乱戦場へと姿を変えようとしていた。
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