第31話 大樹林

 雑談しながら第15層への道のりを進んでいた俺は、いつもよりは時間をかけて第14層の端にある第15層に繋がる転移魔法陣にたどり着く。


「それじゃあ、入るけど。いきなりビビらないでくれよ」


:流石にいきなりはビビらんだろ

:何かあるのか?

:大樹林、って言ってたな

:これは大樹の林? それとも広い樹林?


 視聴者達が困惑している間に、俺は魔法陣を踏んで転移する。

 そして転移した先は、巨大樹の根本部分にあいた穴に当たる部分。

 だが木に空いた穴だからと小さいようなことはなく、他の階層にある転移魔法陣と同様にある程度の空間は確保されている。


 なによりこの程度の穴は、この深淵第15層【大樹林】に生えている巨大樹にとっては、本当にごく小さな穴でしか無い。


 そこを出た俺は、一旦視聴者達に見せつけてやるために振り返って出てきたばかりの巨大樹を振り返る。

 そこにあったのは、横幅直径15メートル以上、高さ200メートルを優に越える、まさに地上には存在しない巨大樹だ。


「これでもビビらんか?」


:デッッッッッッカ!?

:大自然って、凄いんだね

:いやデカすぎか。まじで巨大樹じゃん

:木がでかすぎてヌルが小人に見える不思議


 俺も初めてここに来たときには流石にビビった。

 いくらなんでも木のサイズ感が巨大すぎるのだ。

 地面に露出している根の太さも俺の身長を優に越えているので、移動する際にデカめの段差を越えないといけないので移動しづらかったりもする。


 そしてその巨大樹の森に棲まうモンスターこそ。


『ガアァァァァ!!』

『ピィィィィィィイッ!!』


 それなりに近い位置から2体のモンスターの叫び声が聞こえる。

 どうやら、早速この階層名物のアレが見れるらしい。


「ちょっと飛ばすぞ」


 そう告げてドローンをひっつかみ、俺は急ぎ足で現場に急行する。

 木に進路を遮られるので平地ほどの速度は出ないが、それでも数十秒でたどりついた先では、2体のモンスターが巨大樹と巨大樹の間にある空間を飛び回りながら、激しくぶつかり合いをしていた。


 一方は目の覚めるような鮮やかな青い羽と紺色の体毛を持った巨大な鳥。

 俺が怪鳥と呼称しているモンスターの一種だ。

 体長はおよそ10メートル程あり、見事な飛び方で巨大樹林の木の中を縦横無尽に飛び回り、対面する敵に体当たりや嘴と爪による攻撃など、的確にダメージを与えている。


 もう一方のモンスターは体表の色合い自体は地味だ。

 だがその姿を見たことがある人も多いだろう。

 深い黄色をした獅子の如き体に、首から上は猛禽類の頭が乗っかっており、背中からは一対の翼が生えている。

 しかしその体躯は見事なもので、怪鳥よりも一回り大きく、機動力には劣るものの攻撃を体で受け止めると同時に発達した四肢を振るって怪鳥を叩き落さんとしている。

 それはまさしく、ファンタジーの世界から飛び出してきたのかと言いたくなるような姿をしたグリフォンだ。


 その2体が、大樹の森の中を飛び回りながら幾度もぶつかり合う。 

 更に、この階層の強力なモンスターなら当然だが、2体は肉弾戦を行うだけではない。

 グリフォンはときに口から火球や風の球を吐き出してはぶつけようとしたリ、あるいは前足によるひっかき攻撃から斬撃を飛ばしたりしているし、怪鳥の方は怪鳥のほうで、グリフォンに向けて羽ばたくことで風の刃を飛ばしたり、頭部にある特徴的な3本の角のような部分に電気を貯めて、それを指向性を持たせてグリフォンに照射したりと、結構派手に空戦を行っている。


:うわぁ

:なーにあれぇ

:これが人が戦えるモンスターか?

:深層のボスが可愛く見えてきたんだけど

:深層のボスとか今のところデュラハンとかクラブ・リーパーとかやからな。魔法使うと言っても単発大技だけやし


 視聴者達がそんな話をしていると、どうやら乱入者がやってきたようだ。


「1名様ご案なーい、てか」


 俺の言葉の直後、2体が戦う空中数十メートルの位置に、さらに上方から一体のモンスターが飛び降りてくる。

 そしてそのまま戦闘中の2体の頭上で体を丸めると、一回転しながらその巨大な尻尾を叩きつけようとする。

 しかし2体もさるもので他への警戒もしていたらしく、新手のモンスターの奇襲は失敗に終わった。


 しかしそれで体勢を崩すこともなく、飛び降りてきたモンスターはそのまま近くの木の枝に大きな尻尾を絡めて減速した後、その木の側面に爪を引っ掛けてぶら下がりながら2体を睨みつけ咆哮を上げる。


『ウゥルガアァアア!!』


 わずかに甲高い音の混じった咆哮。

 この第15層の主であるモンスターの1種、俺が鼬竜と呼称しているモンスターだ。

 

 体躯は細いものの尻尾を入れると15メートルほどと他の2体よりも長く、その体表は毛と同時に鱗のようなものに覆われている。 

 その柔軟な体躯を活かして木に巻き付いたり木から木へと飛び移ったりしながら空中戦を行う猛者だ。


 新しい乱入者が来たことで場が膠着するかと思えばそんなことはなく、普通に3体のモンスターが三つ巴の戦いを始める。


「おー、激しいことで」


:三つ巴!?

:あいつ、飛べないのに木と木の間飛び回って戦ってんのか

:魔法といい肉弾戦といいどいつもこいつもエグいな!?

:ハイリスクってこれのことか

:てかヌルはこれと戦えんのか?


「戦える戦える。戦うところに乱入するのは木昇らんといけないから面倒臭いけど、普通に遠距離攻撃仕掛ければ射程内まで降りてきてくれるし」


 あいつらは互いが空中にいるからこそ空中で戦っているのであって、地を這う俺と戦う場合には普通に地面付近まで降りてくる。

 少なくとも飛んだまま一方的に撃ち下ろしてくるようなことはない。


 本音を言えば、俺も最後に乱入してきた鼬竜のように、飛ぶことが出来なくても空中を移動する手段というのはいくつかある。

 例えば、本来の俺の脚力では木から木に一歩で飛び移ることは出来ないが、魔法陣魔法でその辺りを強化すれば俺も奴等の様に木の間を飛び回りながら戦闘をすることが出来る。

 出来るが。


「まあ、流石にあそこに混ざるのは面倒だから他に行こうか」


 俺は地上で戦ったほうが強いし、やつらは空中の方が強い。

 なら地上で戦ったほうが、生身の俺としては安全で良い。


:むしろ混ざるという選択肢があったです?

:あの中に入っていくのが面倒ですむのか

:四つ巴も出来そうだな

:むしろ単体でもあれらと戦いたく無いんですが。

:というかアレの攻撃に耐える巨大樹も巨大樹だろ。


 確かに。

 あいつらが大暴れをしているのに森が荒れないのは、巨大樹が圧倒的な耐久性を持っているおかげだ。

 表皮はまだ俺の剣やナイフでも傷つけられる程度のものだが、それ以上木の身には刃がとてもではないが通らない。

 それぐらいガッチガチに耐久性があるのが、この階層の巨大樹である。

 あるいは、一撃の威力を鍛えたかったらここで木に対して魔力を集めて叩きつける練習をするのも良いかもしれない。


 その後モンスターが三つ巴をしている場所からは離脱し、俺は俺で獲物を探すために歩いてみる。


「まーでも、ここも【巨人の巣】と同じでモンスターの数自体はそんなに多くはないからっ、と」


 話している最中に、側面から飛来してきた攻撃を回避する。

 魔法で土を固めて槍状に形成し、それを腕力で投げるという魔法なのか物理なのかわからないような攻撃。


「そうか、お前等がいたか」


 それは、この階層に出現するもう1種類のモンスター、オークによる攻撃だ。

 その一投を皮切りに、多数の槍が俺めがけて飛来する。

 俺はそのうち先頭の1本を掴み取ると、それを使って飛来する槍のうち俺に命中するものを全て叩き落とした。


 そして今度はこちらから攻撃を仕掛けるために、槍が飛んできた方向に、攻撃を弾くのに使った1本を投げ返しつつ、そちらに向かって突撃する。


 するとすぐに、木の裏側に固まっているオークの集団が見えた。

 向こうもこちらに気付いたようで、それぞれの武器を持って俺の方へと突っ込んでくる。


:なんか新しい亜人系のモンスターだな

:なんだろ。

:豚っぱなみたいだしオークとかじゃないか?

:なんで初手投げ槍なんだろうか


 それぞれに斧や槍を持つオークの群れに突撃して撫で斬りにしながら、俺は周囲の気配に意識を配る。 


 この階層がどういうふうに作られているのかは知らないが、何故かこのオーク達は、この階層にいるのに見合わない程度には弱い。

 まあそれでも群れで行う狩りは出来るようで、先程のように多数の投げ槍を利用した攻撃で時折他のモンスターを仕留めたりはしているようだが。

 しかし逆に、同じ大きさの相手との1対1の戦闘にはめっぽう弱いのだ。


 と。

 直後に後方から木々の間をくぐり抜けて飛来する気配を察知して、俺は一旦オークの集団から距離を取り、そのまま近くの木の側面に飛び上がって地上から10メートルほどの位置にナイフを刺してそこにぶら下がる。


 直後に飛来した影が、俺に集団を荒らされて右往左往していたオークを2体程捕まえて空へと飛び上がっていった。


「よし、追うぞ」


:はっや

:オークは捕食対象ってことか

:今のさっきの怪鳥よな? 色違いっぽかったけど

:もしかしてそのためにオークを?

:あ、暗くなった

:ドローンがヌルについていけないからなあ


 ドローンを革鎧の胸ポーチに放り込み、自分に移動速度強化の魔法を付与する。

 そしてそのまま森の中を木々の間を跳ぶように移動して、俺はオークを引っ掛けていった怪鳥の後を追った。


「いやオークは普通に偶然。何も来なかったら殲滅するつもりだったし」

 

 この森に出現する中では弱いとは言え、流石に第15層のモンスターだし数も10匹以上いる。

 多少の経験値の糧になるだろうと思い刈り取ろうとしたのだが、それよりも先に獲物に気づいた怪鳥が飛来してきたのでターゲットをそっちに変えたのだ。

 この森のモンスターの中でも特に怪鳥は基本的に地に降りてこないので、必然グリフォンや鼬竜に比べて接敵する回数が少ない。


 そのため狙えるなら狙っておきたいのである。

 主に素材とかそういう方向性で。


 流石にオークをぶら下げているだけあって、怪鳥の移動速度も通常よりは遅く、後方からおいかける俺でもなんとかついていくことが出来ている。

 ちなみに俺の方は気配隠蔽の魔法陣も施してあるので、丁度良く適度な距離が保てている今は怪鳥の方は俺には気づいていないだろう。

 視界に入らないようにあえて木に張り付いて隠れもしたのだし。


 やがて追いかけていると、怪鳥が1本の木の高い位置にある枝に腰を落ち着けて、オークどもを捕食し始めた。

 それを見た俺は、怪鳥にこちらを向かせるために下からいくつかの魔法を放つ。


 上方向に100メートルもあると流石に魔法が届きづらいが、魔法が放たれた、ということを感知した怪鳥は、確認するためにこちらへと降りてくる。

 そして俺を見つけるなりこちらに向かって全速力で飛び込んでくる。


『ケアァァアァア!!』

 

 一声咆哮とともに放たれる鉤爪でのひっかきを、腰から剣を引き抜きつつ回避した俺は、返す刃で怪鳥を斬りつける。

 が、相手も一撃離脱が狙いだったようで、一旦空中へと離脱していった。


:戦闘だー!

:正直巨人より怖くない気がする

:まあ、確かに攻撃手段は多彩だったけど巨人のほうが迫力があった

:気をつけてくれよーヌル。怪我しても誰も助けにはいけないからな

:ヌルなりの判断基準が何か聞きたいわ

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