第29話 一方その頃地上では
《Side 大木平祐(ダンジョンエース事務所長)》
「くそっ、これはどういうことだ!」
叫び声とともに、執務机の上に載っていた書類がまとめて薙ぎ払われる。
先ほどまで椅子に座っていた男が、卓上の電話に連絡を受けた直後に立ちあがり、にこやかな表情から険しい表情へと見事に顔色を変えた後に、怒鳴るように会話したかと思うと受話器ごと机の上のものを薙ぎ払ったのだ。
薙ぎ払ったものがどうなったかも見届ける事無く、趣味の悪い無駄に綺羅びやかな執務机の天板を睨みつけるようにしながら、男は考える。
(なぜ急に捜査の手が入る? それもうちと関係のある官僚ばかり……! 何が省内で起こっているんだ?)
男の名前は大木平祐。
ダンジョンエースという、大手探索者事務所の所長を務める男である。
探索者達をグレーな手法でこき使っていた大木は、事務所に所属する探索者達から搾り取った金で贅沢な暮らしをしたことによって肥え太った体を揺らしながら、自ら机の上から叩き落としたものを漁る。
何も自分で片付けをしようなどという殊勝な考えで動いているわけではない。
ただ電話を叩き落としてしまったので、片付けをさせるための人を呼ぶことすらできなくなったので、仕方なく自分で回収をしているだけだ。
「くそっ、なぜ私がわざわざこんな事を」
大木は、これまで探索者という存在に対して、得られる限りの利益を得られるように動いてきた。
弱い探索者にはパーティーを組めるという大きな利益を提供する代わりに大きく搾取し、手練れの探索者に対してはいろいろな手を使って自分の元から離れづらいような状況を作り出していた。
例えば、事務所で結ばれる契約内容では、ダンジョン探索の国家的意義を盾に探索者に対して不利な契約を結ばせ、達成が困難なノルマを課し、その未達によって生じる契約上の義務で探索者を縛り、こき使っている。
他にも契約に違約金を盛り込んでおくことで、探索者が離れにくくしたり、更に違約金とは別に罰則規定を設けることで言うことを聞かせたりもした。
またそれらの活動をする中で目をつけられないように、ダンジョン省の官僚の中でも自分と同じ匂いのする者達に賄賂を送ると同時に、手駒として強力な探索者も雇っている。
探索者なんて結局の所、如何に実力があるのかが大事になる職業だ。
ちょっと強い探索者にダンジョンに連れて行かせて脅しをかけさせれば、若い探索者や気の弱い探索者なんてどうとでも出来る。
そしてダンジョンという人の目の無い空間は、そういう事をするのに非常に向いている。
大木はそう考えて探索者から搾り取るビジネスの形態を作り出し、それで確かな成功を収めていた。
ときにアイドルのように探索者を売り出しては配信やグッズなどで稼いだり。
ときに何も特筆できるものがない探索者に厳しいノルマを課しては、達成できればその利益をいただき、達成できなければ罰金を払わせることでどちらにしろ利益を出したり。
そうやって探索者を縛り付けるのは、ダンジョン探索で一番稼げるのがそれだからだ。
自ら稼ぐのは馬鹿のすること、というのが大木の持論である。
人に稼がせてその利益を得る仕組みを作る。
それこそがこの世で最も稼げる方法。
そういう意味では、大木には才能があった。
そして同業他社に対しては、様々な手で圧力をかけることで自分たちに逆らいづらい状態へと持っていった。
気に入らない探索者や頭角を現しそうなダンジョン事務所には先に手を回して潰したり併合したり、ダンジョン省からお触れを出させることによってその成長を阻んだこともある。
探索者も同様だ。
力ある他のクランに所属している者達であっても、自分の手駒の探索者と騒動を起こさせることでダンジョン探索から遠ざけたり、あるいは賠償金などの裁判を引っ掛けて探索に出る暇が無いような状態に陥れたり。
もちろん相手が謝ってくるならば、こちらの有利な契約を押し付けたり、あるいはクランや事務所に譲歩させたりと色々グレーなこともやった。
どんな探索者でも、ダンジョン省の上の方の官僚とのコネがある大木に自由にならないことは無かった。
ダンジョン省から注意勧告が出てしまえば、どのクランも事務所も従う他はない。
そうでなければダンジョンに入ることが出来なくなってしまう。
そうやって積み上げたコネと多数の契約書によって、大木は多くの探索者を搾取し、稼いできたのだ。
もちろんそんな大木と敵対したクランや探索者事務所もいくつか存在するが、結局大きな被害を被ってダンジョンエースに関わることをやめた。
流石に大手などは取り込めなかったが、揉めた相手との争いには大木は必ず勝ってきた。
結果、ダンジョンエースは事情を知る探索者達の間では関わるべきではない存在として扱われ、新人や知らない探索者たちを搾取する業界最大手として君臨し続けてきた。
内部情報を外部に漏らすことは規約で縛り、敵対相手も契約で縛り、ダンジョンエースに関する情報は噂以上には外部に流させない。
そしてダンジョンエースについて知らない者を最大手として取り込んでは新しい獲物として搾取する。
その繰り返しだけで大木の元には大金が舞い込んで来た。
ダンジョン関係で自分に出来ないことはない。
最近名を挙げているヌルとて、妹とやらを盾に軽く脅してやればすぐに言うことを聞く。
大木はそうやって勝ち続けてきた人間だった。
今日までは。
ようやく電話を取り上げ大木が線をつなぎだした直後、電話が鳴り始める。
「私だ」
『社、社長! 大変です!』
電話の向こう側でうるさく社員が騒いでいる。
探索者は全てダンジョンに行かせているのだから社員だろう、という判断で大木が怒鳴りつけようとしたところで、電話の向こうから声が聞こえた。
『家宅捜索だ。令状は確認したな?』
『は、いや、俺に言われても……』
『問題ない。よし、お前等、徹底的に探れ』
『『『おう!!』』』
電話の向こうでそんなやり取りが行われている。
「おい、一体それはどういうことだ! おい!」
電話越しに社員相手に怒鳴りつけた大木に答えたのは、先程までの社員ではなかった。
『よお、ダンジョンエース社長の大木さんよお』
それは、先程指示を出していた男の声だった。
「な、なんだお前は! 一体どういうことだ! 誰が許可を出した!」
『少なくとも、内部監査でとっ捕まったおたくのご友人方よりは上からだな』
「な、それはどういう──」
大木が言い切る前に、複数の足音とともに社長室の扉が強く叩かれる。
「家宅捜索だ! 今すぐここを開けろ!」
「はよ開けんかいゴラァ!!」
「おい、グラインダー出せ」
突然の事態に大木は固まる。
そんな大木に、電話の向こうの男は告げた。
『年貢の収め時ってこった。ダンジョンエース社長、大木平祐』
その言葉と同時に、社長室の入口の扉がグラインダーによって切り裂かれ始める。
つまり、今回の家宅捜索はそれほどに本気というわけだ。
大木平祐の天下は、今この瞬間をもって終了したのだった。
******
《Side 葦原涼(ダンジョン省探索者局局長)》
「探れるだけのもんは全部回収させろよ」
電話の向こうが沈黙したのを確認して電話を降ろした葦原は、近くを通った警察の機動隊員にそう声をかける
「あ、局長。ですが、ここまでの事をやって大丈夫なんですか?」
それは、この一般の家宅捜索と比べて遥かに過激に行われている現在の状況を指しての問いかけだった。
それに対して葦原は、苦笑しながら答える。
「お上も流石に、金の卵を生む鶏を殺すようなやつは許しておけなかったらしい」
「どういうことです?」
「大木は上の逆鱗に触れたってことだ」
探索者事務所、ダンジョンエース社長大木平祐。
その悪行の限りは、これまでもダンジョン省の方でもある程度は把握していた。
把握した上で見逃されていたのは、ダンジョン省内に大木を擁護する者が複数おり、更にダンジョンエースがその人数と戦力にまかせてダンジョン探索において大きな成果を挙げ続けていたからだ。
最前線を攻略している者たちの中にもダンジョンエース所属の探索者はいたし、他にも下層中層と多くの探索者が他の探索者よりも多くの資源を持ち帰っていた。
その成果を盾として主張する者たちがいたために、これまでダンジョンエースに出来たのはせいぜいが勧告ぐらいで、実権のある取り締まりを行うことは出来なかった。
だが、ヌルこと生神鳴忠という男の出現によって、全ては一変した。
ずっと成果があるからと見逃していたダンジョンエースを潰す事が、ダンジョン大臣を含めた閣僚会議で決定され葦原に通達されたのが、丁度ヌルと会談をした日の夜、ヌルから電話を貰う直前だった。
異例の早さで最大手の探索者事務所を潰すという決定が為されたことは、今回の件、つまりヌルこと生神鳴忠の扱いについて国がどれほど重要に思っているか、ということを示している。
残念ながら葦原の権力だけではそこまでいけなかった。
事務次官も悪事に加担していたわけではないが、冷徹に国家の利益を見た時、金銭的な搾取を探索者が受けたところで日本そのもののダンジョン探索には大きな影響はない、むしろ今ダンジョンエースを潰すことによって起こる混乱の方が、日本にとって痛手となる、と判断する良くも悪くも国家に尽くす官僚だったために、訴えても聞き入れられなかったのだ。
そんな事務次官から呼び出された葦原は、その先で告げられたのだ。
『上はダンジョンエースよりもヌルを取った。その意味を理解して、ヌルとの接触は継続しろ。ついでにあの搾取しか出来ない能無しの腕をいい加減後ろに回してやれ』
これまでダンジョンエースを容認してきた事務次官からの、いつもと変わらぬ冷徹な言葉。
そこには熱量も何もなく、朝食は卵焼きだったと告げるような声音で発された指令。
しかし葦原にとっては大きな意味を持つものだ。
それはつまり、ダンジョンエースを潰すことが出来るということで。
葦原はそれからすぐに部下を集め、更に警察にまで協力を要請した。
そして今日、こうして家宅捜索へと至っているというわけだ。
「本当に、ヌル様々だよ」
おそらく探索者事務所最大手のダンジョンエースの壊滅によって、ダンジョン界隈はそれなりに揺れるだろう。
だが、ヌルという全く新しい軸が存在することで、倒れることはない。
むしろ新しい軸が大きすぎて余計な心配が必要になるくらいだ。
そしてその軸を担えるヌルがこれから果たしていく役割は大きい。
だからこそ丁寧に接しなければならない、と葦原は慣れない丁寧な話し方を心がけた先日の会談を思い出しながら決意を新たにした。
そして既に捜索を行っている機動隊員や自分の部下たちにあらためて檄を飛ばす。
「よーしじゃんじゃん運び出せ! 空にしてやるぐらいのつもりでやれよ!」
この日、長く日本のダンジョン界隈を牛耳り、国に口出しすら出来る程の力を誇ったダンジョンエースという探索者事務所は、たった1人を発端とした騒動によってその歴史に幕を降ろしたのだった。
******
《Side ?????》
「どうだい、アメリア。彼女の様子は」
とある学校の校門前。
そこには、2人の外国人の姿があった。
ちょうど授業も終わって下校の時刻であり、正門から出てくる生徒達はその違和感ありまくりの2人の姿をチラチラと見ながら通り過ぎていく。
男性の外国人風の整った顔と女性の顔を見れば声をかけるものぐらい居てもおかしくなかったが、2人にはそれを躊躇わせるだけの何かがあった。
そして場違いな2人組のうち、大柄な男性がアメリアと呼ばれた隣の小柄な女性に問いかける。
特別な目を持つ彼女と、その護衛として選抜された彼は、とある任務を帯びてここへやってきていた。
「……うん、わかったよ」
ずっと何かに集中してじっと正門の方を見つめていた蒼く輝く瞳を持つ女性は、軽く目を閉じた後、再び目を開けて話し始める。
そのときには既に、彼女の瞳はいつもの金色の美しい瞳に戻っていた。
「で、どうするんだい?」
「彼が家にいるときに、正面から挨拶に行く」
「……それはどうしてか聞いても良いかな?」
男の考えでは、彼女の判断は「行ける」か「無理」の2択だった。
もちろんその内容については任務の秘匿の都合上明かせるわけもないが。
しかし、出来るか出来ないか、それを確かめにきたはずなのに、彼女は3つ目の面倒臭い手段を言い出した。
誰よりも間違えることのない、『導く者《ジ・アンサー》』として自国内では知られている彼女の判断は、いつも正しい。
故に男は、なぜ3つ目の選択肢が生じたのかを疑問に思ったのだ。
「ヌルは、勝手に動き回る核兵器みたいなもの。手を出せばけしてこちらを許さない。けど同時に、対話に応じるぐらいの寛容さはある人物」
未知の人間の本性を、まるで知っていたかのように暴いていくアメリア。
その言葉に男は、無駄な質問だと知りつつも問いかけた。
「なぜそうわかる?」
いつも彼女からは、こういうときに答えは帰ってこないのだ。
だが今回は、なんと彼女の口から答えが帰ってきた。
「……ヌルの作った魔法具は、そういう雰囲気をしている。それに……」
「それに?」
「放っておける程、可愛らしい相手じゃなかった」
アメリアの言葉を数瞬咀嚼した男は瞠目する。
それはすなわち、世界に冠たる自国の力を持ってしても力で従えることは困難であるということと。
同時に、放っておけば自国の脅威になるほどに大きな存在である、ということだ。
だから、正面から挨拶に行く、つまり『敵対しないで会いに行く』と彼女は言い出したのだ。
「……やれやれ、出張は延長かな」
男がぼやいたときには、既に少女は乗ってきた車の中に戻ってスマホを操作していた。
その付き合いの悪さに肩をすくめた男もまた、彼女のように車内に戻り、やがて車は発進して学校の前から去っていった。
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厄介ごとの処理と厄介ごとの追加です。
みんな、★評価をおらにわけてくれ……
後先行公開10話越えました。
良かったら近況ノートとファンボックスでどうぞ。
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