第17話 警戒と対策

『はい、葦原です』


 電話の相手は、ダンジョン省探索者局の局長である葦原さんだ。

 今日の会談で、少なくとも今日来た2人はこちらを見下すような態度もなく、真摯だったので信頼できると考えて彼を選んだ。


「生神です。こんばんは。夜分遅くに電話かけてすいません」

『ああ、生神さん。こんばんは。契約の内容について、何か確認したいことでもありましたか?』


 電話に出た葦原さんは、多分まだ仕事中なのだろう。

 後ろでも数人がやり取りする声が聞こえる。

 まああくまで、俺の探索者として深まった聴力だからこそ聞こえるレベルの会話だが。


「いえ、そうではなく、ですね。実はちょっと懸念というか、お聞きしたいことがありまして」

『大丈夫ですよ。それにしても懸念、ですか』


 おそらく向こうとしては、俺との関わりは一旦契約が出来てしまえば終わる、というつもりだったのだろう。

 それに何かしらでダンジョン省の力を借りるために必要な際の電話番号は、彼ら個人の番号とは別に貰っている。

 にも関わらず葦原さんに直接かけたことに、彼は少しばかり怪訝そうな声を出す。

 その表情が予測できるようだ。


「実は、ダンジョン省の役人ととある探索者事務所が癒着している、という気になる噂話を聞きまして」

『……それが真実かどうか聞きたい、ということですか?』

「いえ、そういうわけではなく」


 ここはもう、特に遠回りすること無く直球で言いたいことをぶつけることにする。


「うちの妹に、護衛とかつけられますかね」

『……可能ではありますよ。凄腕探索者の中では自分で雇ってる方もいます。しかしなぜ急に?』

「私の考えでは、ヌルが私であると知っているのは、ダンジョン省の役人さんの一部と、アラナムの何人かぐらいだと思ってたんです。でももし、そちらと探索者事務所が癒着していて情報が流れていたら、と思いまして。噂では手荒なことも平気でする人達みたいですし」


 俺の言葉に、数秒間電話の向こうの空気が固まる。

 そして再度動き始めた。


『わかりました。しかし、護衛を下手につけるということはそれだけ目立つことに繋がります。あなたの言う通り、今現在ヌルの正体を知っているのは、私達とアラナムの数名だけです。この状況ならば、あなたは大分頭が回られるようなので言いますが、他国からの手荒な勧誘や刺客もしばらくは凌ぐことが出来ます』

「はい、そうか、他国からも……」


 俺はそこまで考えてはいなかったが、確かに国際的な力関係がダンジョンの攻略度合いや有力な探索者の存在によって左右されるようになりつつある現代において、俺の存在というのはかなりのイレギュラーだ。

 大国ならばそんな俺を取り込むか、あるいは日本の勢いを止めるために消してしまいたい、そう思ってもおかしくはない。



『そうです。それを知った上で、どうされますか? 護衛を派遣するならば派遣しますし、代わりの住居を探すというならこちらからより安全な場所は提供は出来ます。あるいはより良い手段をこちらで検討するならば、それ相応に時間をいただきたい』


 その言葉を聞きながら鳴海の方に視線をやると、少しばかりこわばった表情で鳴海がこちらを見上げていた。

 おそらくは鳴海も、俺という存在が表に出たことでそんな大事になるとは思っていなかったのだろう。

 

 俺は若干大事になりそうだとは思っていたが、その結果他ギルドからの刺客や、他国の刺客を気にする羽目になるとまでは思っていなかった。

 完全に俺の読みが甘かったと言って良い。

 

「……海外からの刺客というのは、確実に来ますか」

『……前例の無いあくまで予想に過ぎませんが、海外では似た事例だと思われる事件は起こっています。あなたはそれだけ、イレギュラーになっている、ということです。私達も、刺客なのか勧誘なのか、それとも只の偵察程度ですむのかわかっていません』

「……そうですか。少し妹と話し合ってみます」

『そうしてください。こちらでも一応話し合っておきますので。ただ、時が経つほどに海外からのあなたに対する探りも深くなっていきます。そのことは忘れませんように』

「はい。わかりました。ありがとうございます」

『では、失礼します』

「はい、失礼しました」


 電話を切って、面倒なことになりそうだと思いながらも鳴海の方に視線を向ける。


「……悪いな、鳴海。迷惑をかけることになりそうだ」


 俺がそう言うと、気丈にも鳴海は首を横に振った。


「ううん。お兄に配信するの勧めたのは私だし、お兄は私の推しだから」


 だから大丈夫。

 そう言ってくれる鳴海に、本当に良い妹を持ったなと俺は思う。

 とはいえ、俺のせいで鳴海に迷惑をかけてばかりもいられない。


 ダンジョン探索のやる気が戻ってくるまではコラボ配信をしようと思っていたが、それよりもやりたいことが出来た。


「ちょっと魔法具、作ってみる」

「魔法具?」

「そ。お前の護身用のやつ」


 鳴海にはそう告げて、一旦自分の部屋とは別にアイテムを保管している部屋に戻り、いくつかの魔石を持ってくる。

 

「魔法具、ってどんなのだっけ」

「一般的には、物理現象とは異なる法則で、物理現象では不可能な魔法的現象を引き起こす道具全般だな」

「じゃあ、これも?」


 そう言って鳴海が持ってきたのは、普段アイテムを納品していたアラナムから送られてきたペンダント。

 装備することで、夏場は涼しく、冬場はあったかくなるように設計されており、将来的に非常に人気が出るであろう魔法具だ。


「ああ、それこそ魔法具だな。物理現象では不可能な、周囲の空気を適切な温度に調節する魔法陣か回路が仕込まれているはずだ」

「あれ? でも魔道具っていうのも無かったっけ?」

「魔道具は、物理現象、電化製品でも出来る事をする、魔石とかのダンジョン産の素材を使って作った道具だ。例えばエアコンみたいに冷たい風が吹き出す魔石を使った道具があっても、それはエアコンと変わらないだろ? 逆に、お前が持ってるそれは、少なくとも電化製品でその大きさでするのは難しい代物だ」


 このあたりはめんどくさい定義なのだが、語源を考えれば覚えやすい。

 魔法具は、『魔法のような効果を発揮する道具』で、魔道具は『魔石などダンジョン関連の素材を使って作った、電化製品や魔法以外の科学でも達成できる事をする道具』だ。

 要するにどこまで魔法らしいかの差だと言って良い。

 まあとはいえ定義は曖昧なのだが。

 

 その点で言えば、例えば見えないバリアを展開する道具は魔法の道具なので魔法具だが、入れたものを温める道具は原理は違えど電子レンジやトースターがあるので魔道具となる。


「これ、外に持ってっちゃ駄目ってお兄言ってたもんね」

「まだ世に発表されてない最新の品だからな。バレたら面倒くさいことになる。あの部長さんのところが開発したらしくて試供品をくれたんだよ」


 そういう道具を、俺は今から作ろうとしているのだ。

 魔法の技術、ダンジョン産の物資が無ければ不可能な事を成し遂げるための道具。

 科学ならば無理でも、魔法の技術ならば携帯出来てかつ持ち主を攻撃から守るための魔法具を作ることが出来るはずだ。


 といっても作るのは俺なりのやり方であって、おそらくダンジョン関連のアイテムの研究やそこから発展して開発を行っている人達とは全く違うものになるだろう。

 だが、道具というのは作り方ではなく使えるかどうかだ。

 そういう意味では、魔法系の技術に対する知識が無い俺でもやれる事はある。 



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