第15話 駆け引きと進展と

 その後も、いくつかの点、例えば今後も日本で探索者を続ける気はあるか、とか海外旅行に興味はあるか、とか、あの扉の発言の『チュートリアル』や『進化の泉』について心当たりはあるか、などなどいろいろなことが聞かれた。

 他にも深層だけでなく深淵について、どんな場所なのか、何層ほどあるのか、など詳しく聞かれた。

 ときにはダンジョン省の2人だけでなく、隣の二人からも純粋に疑問に思ったことなどが疑問として上げられる。


 そしてそのそれぞれに、俺は不利になるような言質を取られないように答えていく。

 ちなみに海外に興味はないし、チュートリアルについては配信で語った通り深層までがそれ以降のチュートリアルだと思っている。

 進化の泉については心当たりは全く無い、といったところだ。


 まあ単語だけ見れば、探索を進める程俺が人間から他のものへ進化していくのか、あるいはダンジョンの先にそういうものがあるのかと推測が出来るが、生憎とまだギリギリ人間だ。

 身体能力的には少し怪しいけど。


 そして最後に、ダンジョン資源管理局の局長である前田さんが問いかけてくる。

 

「それでは、生神さんのおっしゃる深淵産のアイテムについての扱いなのですが」


 その話題は、俺だけでなく隣にいる2人にも関わることで、彼らも視線を上げる。


「今後も、アラナムホールディングスさん傘下の、これまで売却していたショップをご利用される、というおつもりですか?」

「と、言いますと? そこについては正直、私個人の身バレが怖くて、最もショップが信頼できそうだという理由で選んでいるだけなので、特にこだわりなどは無いんですよ。お2人には申し訳ないですが」


 俺がそう言って頭を下げると、社長さんが首を横に振る。


「いやいや、そこまで信用してもらえているだけで、我々としてはありがたいよ」

「ありがとうございます」


 社長さんに礼を言って、改めて前田さんに向き直る。

 

「何か、今後こうしてほしいといった指示があればお聞きしますが……」

「そうですか。では、アイテムの売却先を、これまでのショップではなく私どもとしていただくことは可能ですか? 全てとは言いません、一部で大丈夫です」

「つまりダンジョン省さんにアイテムを売却する、と?」

「ええ、そうです。理由はいくつかあるのですが、お聞きしますか?」

「そうですね。お聞かせ願えるなら是非」


 俺がそう言うと、前田さんは胸元からメモ帳を出し、一ページちぎってからそこに書き始める。


「まず1つが、現在も行われているギルド主催のオークションの目玉商品にしたい、という点です。こちらのオークションは質の高いポーションやワンオフの武器装備類が出品されるのですが、ある程度探索が進むと各資源の量が増えてきて、オークションの熱が冷めてしまうんです。もちろんダンジョンから産出するユニーク武器などはある程度あるのですが、モンスターの素材などは特に時間が立つに連れて総量が増え、陳腐化します」


 なるほど、言わんとすることは理解した。

 ギルドでは、魔石の買い取りとは別に頻繁にオークションを開催している。

 これは、いろいろなアイテム、例えば鉱石や薬草、ダンジョン内に設置されている(一定時間ごとに場所が代わって中身が補充される)宝箱に入っているポーションや武器類等、通常のショップで売るよりはオークションで値をつけた方が高くなるようなものを売りたい者が利用するオークションだ。

 

 その中ではこれまでも、最前線が進んで新地区に進んだときはその全く新しいドロップアイテムがオークションにかけられたり、宝箱に入っていた武器防具やポーション等魔法の品が出品され、大きな熱を持って落札されていた。


 しかし、それだけでは足りない、とダンジョン省は判断している、というわけだ。


 実際最前線のドロップアイテムなどは、その地区の探索が進めば複数の探索者がそれぞれに複数持って返ってくるので陳腐化し、その価値もショップで買い取りが出来るように一定に定まっていく傾向にある。

 稀にレアドロップといって本当に珍しい確立でしかドロップしないアイテムもあるが、そんなのは稀だ。


 故に常にオークションの対象になっているのは武器防具、後は算出事態が稀な一部の鉱石ぐらいで、これを買おうというのは探索者かよほど金持ちの好事家ぐらいだろう。

 そうなると、新地区がまた開拓されるまでオークションの熱量が下がるというのは納得できる。


「そこで、私1人しか取ってくることが出来ない唯一のものが使いたい、ということですか」


 そしてそこに、俺が持ち帰った唯一、あるいは少数のものを常に少しずつ提供することで、常にオークションに目新しさを加えたい、と。

 俺の言葉に前田さんは頷く。


「有り体に言えばそうです。目玉の品があるだけで熱量が違ってきますから」

「でも、そうなると……普通に売却価格を設定している買い取りショップさんの方が変な目で見られるようなことになったりしませんか?」


 ちらりと視線を横にやる。

 これについては、一応今のところほとんど独占契約を結んだような状態になっているショップの上の人達である花坂さんと衛藤さんが関わるべき話だと思う。 


「うん、そのことについては、我々も話そうと思っていたんですよ」


 そう言って切り出したのは社長の花坂さんだった。

 そして花坂さんが話しかけたのは、前田さんではなく俺だった。


「これまで色々と生神くんから買わせてもらったけど、流通させていく、となると、うちだけが手に入る状況というのは健全ではないという気がしていてね」

「……他のショップにも出した方が良いですかね?」

「そのあたりはダンジョン省がやってくれるんじゃないかな?」


 俺の言葉に、それはダンジョン省がやる仕事ではないかと花坂さんは話題をそちらに振る。

 振られた前田さんと葦原さんは、一瞬瞑目した後、前田さんが口を開いた。


「では、オークション分以外のアイテムについても一旦私どもが買い取りましょう」

「そしてそれらを、一定の価格で複数のショップへと卸す」


 なるほど。

 つまりダンジョン省が仲介となって、アイテムを分配してくれるというわけか。

 そうすれば、俺がわざわざ売る相手を探す必要なく、また俺の顔はバレる事無く自然とアイテムがあちこちのショップに分配される。

 つまり市場に出回ることになる。


「こうすれば、2つ目の理由でもあったアラナムの独占状態も解けると思うが、どうです?」


 葦原さんの問いかけに、花坂さんは満足そうに頷いた。


「うん、まあ私は1度ダンジョン省で買い取らなくても、預かって売却先を探す、ぐらいで良いんじゃないかと思うけどね。おそらく1度オークションの目玉にしてしまえば、気がつく者が大半だ。そこにダンジョン省が募集をかければ、買い取りたい者たちが自然と集まってくる」

「それは生神さん次第でしょう。数日間預かるということはその間金が入らないという話にもなる」


 そのあたりはどうだ、という視線をこちらに向けてくる葦原さん。

 なんというか、丁寧で1歩引いて接してくる前田さんと違ってこっちの人は素がこれなんだろうな、という圧の強さを持っている。


「私としてはどちらでも。正直に言えばもう蓄えは十分な程にありますし、装備も整っています。深淵のアイテムを持ち帰るのは、私にとってはある種の慈善事業でしたから」


 俺の言葉に、衛藤さんが援護をくれる。


「実際、これまでも深淵のアイテムの価格は最前線のアイテムの2倍程度という破格の値段で取引して頂いています。ものによっては1つで数億動いてもおかしくはない、と私は思うんですが、そこまでは求めないと生神さんがおっしゃってくれましたので」


 実際、俺は生きていくためには数億あれば十分だと思っている。

 俺自身が娯楽に金をかけないし、ダンジョンにいれば満足できる類の人間だからだ。

 それにポーションなど希少なアイテムも、自分でつかえるようにいくつもストックはしている。


 それを考えると、俺にとって金の話は今現在は二の次で良い、という状況なのだ。


「そうですか。では、ダンジョン省が一旦お預かりして、その後販売先のショップに募集をかける、という形でもよろしいでしょうか? 入金まで、アイテムのお預かりから短くて1週間、場合によっては1月程かかることになりますが」

「それで大丈夫です」


 正直深淵のアイテムを持って帰る意味も、今の俺にはあのショップや衛藤さんとの付き合い以上の意味が無いのだ。



 

 その後、いくつか取り決めごとをしてダンジョン省の二人は帰っていった。

 正式な契約の署名についてはまた後日、ということらしい。

 まあ契約書も即席で作れるものではなし、当然だろう。

 俺も流石に大きな契約ごとは弁護士の先生を挟まないでするつもりはない。


 いやそれにしても、圧が強い空間だった。

 2人を玄関先で見送った後、思わず息を吐いてしまった。


「随分疲れてるな?」

「そりゃあ、疲れますよ。普段はモンスターを如何に殺せばいいかばかり考えてますからね。それ以外の場所は、俺の戦場じゃないので」


 2人が帰ったことでわずかに気を抜いて息を吐いた俺に、普段から多少の交流があった衛藤さんが声をかけてくる。

 彼は会社の中でもダンジョン関係の魔法具などの開発と研究を行う部門の長である。

 俺の持ち帰る深淵のアイテムに興味を持った彼が、どういう場所で取れたか、どういうモンスターがドロップしたかなどを尋ねてきたのが交流の始まりだった。


 それからもそれなりに交流は続いている。

 

「しかし、良かったんですか? そのまま俺がそちらに売ってた方が利益になったんじゃないですか?」

「はははっ、商売とはそう簡単ではないよ、生神くん」


 俺の問いに答えたのは、衛藤さんではなく社長の花坂さんだった。


「ものがある程度市場に出回るなり情報が広まるなりしないと、需要というのは生まれないものだ。社会がそれを知らないのだからね」

「……そして需要が生まれたときには、一番前にアラナムがいる」


 俺の回答に、花坂さんが嬉しそうに笑う。


「そういうことだ。我々は君のおかげで、新しいものに備えるだけの十分な時間があった。他がもたついている間に大きく引き離すことが可能だ。特許も既に申請の態勢を整えている。だろう? 衛藤くん」

「はい、ええ。まだ申請していませんが、いつでも可能な状態です」


 特許か。

 確かに俺が深淵から持ってきて、ダンジョン省が分配するアイテムを商品化するための技術の特許を押さえてしまう。

 そうすれば、最前線にいるだけでなく多くの特許料も取得できる、というわけか。


 そしてそれに関する契約を俺は彼らと結んでいる。 


「そのうち1パーセントは、君のものだ。だろう?」


 俺の前にやってきた花坂社長がそう声をかけてくる。

 体格ならば俺の方が大きいはずだが、先程の二人と良い花坂さんと良い、高い地位にいる人達というのは、どうしてこうも大きく見えるものなのか。

 ダンジョンの経験だけでは補うことの出来ない凄みのようなものを感じる。


「本当は、君を我が社に縛り付けておきたい。そうでなくても、スポンサーとして君と繋がりを持ちたい。だが、君はきっとそういうものを嫌うタイプの人間だ。だろう?」

「……その通りですね。スポンサーぐらいの繋がりなら良いですが、それであれやこれやと注文を受けるのも面倒です」


 俺の答えに、ハッハ、と楽しげに花坂社長は笑う。


「だろうな。だから我々はこれで十分。君に与えてもらったもので十分なのだ」

「俺の方の利益もありますけどね」

「我々が貰ったもののほうが遥かに多いとも」


 そう言って、花坂社長は手を突き出してくる。

 その手の形は、俺の右手と握り会えるような形になっている。


 つまり握手だ。

 その手を俺も取り、潰さないように、しかし適度に強く握る。


「ありがとう、生神くん。君と話すのは初めてだが、君のもたらした多く私は知っている」

「……そう言ってもらえるとありがたいです」

「ハッハ、今度、時間のあるときに食事でも行こう」

「是非に」


 なんというか、人の大きさ、器の大きさなのだろうか。

 熱いものを彼から感じずにはいられない。

 ダンジョンだけしか見ていなかった俺だが。


 俺の知らない場所には、彼のような人物がいる世界もあったのだろう。

 俺はもはやそこを見ることは無いだろうが、今はただ、この縁を大切にしようと思う。


「何か困ったことがあれば何でも連絡してくれ給え。彼ら以上に満足できるように応えて見せると約束しよう」


 これはおそらく、ダンジョン省の二人が帰り際に『どんなことでも、ダンジョンに関係ないことでもサポートする者を配置するので、なにかあったら頼ってほしい』と言っていたことに対抗する一言だ。


「ありがとうございます」

「うむ。では、今日はこれで失礼するよ。本当にありがとう、生神くん」


 そう言って、社長は先に靴を履くと外に出ていった。


「大きな人だろう?」

「……そうですね」


 衛藤さんの言葉に、俺はそれしか返す言葉をもたない。


「じゃあ、私も失礼するよ。今日はいい話が出来た、ありがとう生神くん。そして、これまで本当にありがとう」

「こちらこそ、俺の存在を知っていて只の取引をしてくれたことに感謝します」


 本当に。

 最初に下手な店で見せてしまったときは、半グレのような輩に付け回される羽目になってしまったのだ。

 その点、衛藤さん達の会社の傘下のあの店は、こちらに踏み込んでこないのが心地よかった。


「君はそうすべき相手だと思ったからね。では」


 そう言って、衛藤さんも玄関から外へと出ていった。

 それを見送った俺は、ようやくソファーに座り込んで、大きく息を吐き出すのだった。 


「疲れた」


 やっぱり俺は、ダンジョンで命をかけているぐらいが気楽で丁度良い。

 改めてそう思った数時間だった。


~~~~~~~~~~~



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あれが貰えると特別感あるので、是非いただきたいです!



最後に株を買うくだりいれてたのですが、インサイダー取引に引っかかりそうというコメントを頂いたので消しておきます。


実際あんま詳しくないからわからないですけど、駄目そうな気がします。

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