第14話 五者面談
ダンジョンから帰還してから1日後。
俺は早速家にお客さんを数名迎えていた。
話が話なので外での会話には向かないし、わざわざ相手の懐に飛び込むようなのも好きではないので、今日は会談の場所を、それなりにしっかりしていて人を迎える準備も十分に出来ている俺の家にしてもらった。
鳴海も同席したいと言っていたが、あいつはまだ18歳。
高校生であり、今は親元を離れた結果俺の庇護下にあるような状態だ。
流石にそんな子に見せるべき話ではないと思ったので、色々と言いくるめて外に追い出しておいた。
まあ、彼女としては、将来探索者事務所で職員として働くときの参考にしたい、というのは嘘ではないとは思うが、しかしそれでも、彼女はまだ高校生なのである。
代わりにボイスレコーダーで会話内容を録音する許可を貰ったので、もしどうしても知りたがるようなら、高校を卒業した後にそれをマネージャーという身分を盾にして聞かせてやろうと思う。
さて、話を戻して、今は目の前の人達の対応だ。
おそらくは2人とも40代ほどのおじさん2人組がテーブルを挟んで対面に座り、名刺を出しながら挨拶をしてくる。
「初めまして、私ダンジョン省の探索者局の局長を務めております、葦原と申します」
「同じく、ダンジョン省のダンジョン資源管理局の局長を務めております、前田と申します」
まさかの局長クラス。
一時期、というか大学で勉強していたときにちょっと調べたことがあるが、確か局長というとダンジョン省の中でも相当上の方の身分の人になるのではないだろうか。
てっきりそれなりの下っ端の人が来る、ぐらいに思っていたので面喰らってしまった。
しかし、俺が固まる一方で、隣に座っていたそれより年上の初老の男性と、こちらは対面と同じ40代の男性が、同じ様に名刺を出しながら名乗り返した。
「申し遅れました、私、アラナムホールディングス代表取締役兼社長を務めております、花坂と申します」
「私、アラナムホールディングスのダンジョン開発・研究部の部長を務めております、衛藤と申します」
いやこっちも大概だったな。
衛藤さんは話したことあるが、社長さんは流石に話したことが無いぞ。
そこでようやく冷静に戻った俺は、全員の注目の中で改めて自己紹介をすることになる。
「私、ヌルという名でダンジョン配信業を、カミナリという名でアイテムの売却を行っておりました、本名生神鳴忠と申します。職業柄名刺を使う機会があるとは思わず、名刺の持ち合わせがございません。誠に申し訳ありません」
俺がそう言って頭を下げると、間髪入れずに社長の花坂さんが言葉を発する。
「いやいや、今日は皆君と話したいとここに集まったんですよ。探索者である君が名刺を持たないからと責めるような者はいません。そうですよね?」
社長の言葉に、わずかにダンジョン省の二人に緊張が走った。
おそらく今の社長の言葉は、俺の側に立つことでダンジョン省に対してマウントを取るわけではないが、俺との関係性においてある程度優位に立つ事を示したのだろう。
更に俺を庇った、という恩を売りに来た、と取ることも出来る。
しかしダンジョン省の局長達も流石はその場まで上り詰めた者たちだけあって、反応が早い。
「そうですね。元々生神さんの事を知ったうえで会談を申し入れてますから、名刺が無くても大丈夫です。こちらの名刺を受け取っていただければ、ですけどね」
なんというか、本当に化け物同士の化かし合いという感じがする。
葦原さんは今の発言に、『俺(生神鳴忠)については良く知っている』と匂わせ、更に名刺を受け取るならば、つまり今後も関係を続けるならば、と遠回しに圧をかけてきたのだ。
うーん、修羅場。
いや、彼らにとっては日常茶飯事なのだろうが。
ダンジョンでの修羅場しか知らない俺にとっては、会談で修羅場になるような今回の場面は流石に慣れていないのだ。
それでも言葉に含意させている内容が察せるあたりは俺も大概だとは思うが。
「ま、皆さん楽にいきましょう」
そこで言葉を発したのは、俺と唯一交流がある衛藤さんだった。
彼とは電話越しに話したこともあるどころか、実際に開発や研究を行っている現場を訪問したときに話したこともある。
そのため、俺がこの場で一番親しみを覚えているのも彼だ。
「あまり張り詰め過ぎると、こういう場に慣れない生神くんも疲れてしまいますから。そうでしょう?」
ピリピリとした空気を抑えつつ、俺の方に意見を言えるようにと話を振ってくる。
このあたり、本当にうまいな、と感じてしまうのは、俺もこの駆け引きの場という雰囲気に
普段なら『助かりますわー』ぐらいに思っていたと思う。
「そう、ですね。今日は自分が主役、ぐらいのつもりで行こうと思ってたんですが、流石に皆さんが想像以上に偉い方々で、モンスターとの殺し合いよりも緊張しております。はい」
「はははっ、そんなに緊張してくれなくても良いよ。君の言う通り、今日の主役は君なんだ」
「そうですね。我々も、君という個人と話がしたいと思ってきています。そう緊張しなくて大丈夫ですよ」
花坂さんと前田さんが俺の言葉にそう反応をしたことで、場の空気が弛緩する。
そこでようやく俺も肩の力を抜くことが出来た。
「それで、生神さん。今日はなぜ私どもの他に、アラナムホールディングスの方をお呼びしているのか、聞かせて貰ってもよろしいですか?」
その空気の中早速切り出したのは、ダンジョン省ダンジョン資源管理局の局長である前田さんだ。
おそらくある程度察している中で、あえて俺に尋ねてきたのだろう。
「実は、私が深層の先、深淵から持ち帰ったアイテムを、アラナムホールディングスさん傘下のダンジョンショップの方で売却させていただいてまして。アイテム関連の話をするならば、一緒にいたほうが便利だろうと思い呼ばせていただきました」
ちなみに俺が敬語を使っているのは、この人達に対して心象を悪くしないためだ。
いくら基本我道を行く俺とは言え、面と向かってしまえば1人の人でしか無いし、わざわざ敵対するような必要もない。
まあ相手が俺を束縛するような事を言ってくればそのときは全力で反抗させてもらうが。
「私どもとしても、表には出していない開発物がいくつかありまして、それらの扱いについてもご相談させていただければと、この会談に参加させていただきました」
「そういうことでしたか」
まあ要するに、俺側の援軍である。
流石に1人でダンジョン省の官僚と向かい合うのは気が引けたし、こちらに人を増やしておくことで圧をかけることも出来るのではないか、と思ったのだ。
社長さんが来るのは聞いてなかったけど。
「では、まずはこちらの話から始めさせて頂いても?」
「ええ、大丈夫です」
今度はこちら側、というかアラナムホールディングスを代表して社長さんが頷く。
それを確認したダンジョン省の2人は、早速俺の方を振り返ってきた。
「今日お話させていただきたいことなのですが、単純に言えば生神さんの意思確認です」
「私の意思確認……例えばこれまで探索した情報を提供する意志があるか、とかですか?」
探り、というわけではないが、かなり大きめな釣り針を放り込んでみる。
それに対して、探索局の局長である芦原さんは軽く頷いて話を続ける。
「そのような点の意思確認という認識で間違いはありません。ただ、先に言っておきますが、あくまで意思確認であり、それの結果がどうこうで何かしらペナルティーがある、というような話では有りません。あくまで意思確認に過ぎないので、その辺はご理解ください」
「わかりました」
まあ、そもそも探索者を縛る法って本当に少ないしな。
外から見ればあくまで自営業の1形態に過ぎないので、特殊な義務も課されてはいない。
モンスターを討伐した際のアイテムだって、全てをギルドに提出する義務はないし、なんならショップで売らずに家に持って帰ることすら出来る。
「ではまず、深層を探索した際の情報、いわゆる攻略情報だとか、ボス戦に関する情報について、周知する、あるいは私どもに何らかの形で提出する、というつもりはありますか?」
「それこそ検討段階ですね。およそ十五地区分になるので量が多いですし、私も完璧には覚えていないので、再確認する必要もありますから。それに他のクランや探索者事務所の商売を奪って恨まれるのもごめんですから」
以前も言った通り、攻略関係の情報、とくに最前線の情報というのは、ほんのちょっとしたものでも大きな価値がある。
効率的な探索方法であるとか、モンスターの弱点の情報等に至っては、クラン間や探索者間で高値で取引される場合もある。
俺がそれらを公開するということはすなわち、それを飯の種としている彼らの職を奪うことになりかねない。
まあ深層探索者ともなれば日給何十万何百万も有り得る世界なので、それ以上稼いでどうするのか、というのはあるが、稼げれば稼げるだけ金が欲しいのが、俺のように欲が削れてしまった人間とは違う普通の人間というものだ。
「検討はしている、と?」
そんな俺の言葉の中に、含ませたものに気づいて更に葦原さんが詰めてくる。
俺もそこには食いついてほしかったので、待ってましたとばかりに反応する。
「配信の中でも言ったんですが、私1人がいつまでも突出しているのは良くない、と言いますか。はやく追いついてきて欲しいというのが私の本音です。ですので、それを促したいならば情報を出したほうが良いのかなと考えたこともあります」
「そして出さないほうが良い、という結果に至った、と」
確認するようにこちらに視線を向けてくるので、俺は首を横に振る。
「いえ、ですからまだ検討段階です。まあ、要するに決めきれていないという話です」
「なるほど、理解しました。では次ですが──」
どうやら質問はまだまだ続くようである。
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こういうシリアスな場面もちょこちょこ書けるんですよ。
作者は。
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