第13話 帰還とお国とショップ

 時は遡り、ヌルこと生神鳴忠が、迷宮深層最深部での配信を行った直後。

 ダンジョン省では、その幹部ら重要な役割を担う者たちが緊急で招集されて会議を行っていた。


「つまり、今回のあの配信は信憑性が高い、と?」

「配信の映像を解析した結果、映像を編集した可能性は限りなく薄いということが判明している。深層の最奥という証明にはならないが、未知のエリアの開拓の証拠にはなる」


 複数名の男たちが、それぞれについ今しがた見た映像についての意見を交わす。


「あれは新宿のダンジョンで間違いはないのか?」

「それは間違いない。新宿のギルドの魔式電波装置によって通信が行われていたことは確認した」

「なるほど……個人の特定は出来たんだな?」

「監視カメラの映像からな」


 そこに、扉を明けて1人の男が入ってくる。

 その姿を見た会議室の全員が、会話を一旦取りやめて勢いよく立ちあがり、その人物を迎えた。


「良い、緊急の場だ。畏まる必要はない」


 それを手で制した男性は、唯一空いていたこの場の上座となる席に座る。

 ダンジョン大臣。

 つまりはこのダンジョン省のトップに立っているのが、この男である。

 無論通常の省においては、閣僚であり専門家でなくとも任命されることが多い大臣よりも、本来は事務次官が省を統率している場合が多いのも確かであるが、このダンジョン省においては違った。


「それで、状況はどうなっている?」


 ダンジョン大臣の言葉に、場で2番目に地位の高い男が口を開く。

 

「はい。ヌルと名乗るダンジョン配信者が、新宿ダンジョンの深層の最奥に到達したと宣言する配信を行いました。また彼によれば、深層の更に先にもまだいくつもの階層がダンジョンには存在しているようです」

「どこまで事実が確認できたのだ?」

「未知のエリアと、未知の階層の存在については」


 男の言葉に、大臣以外の者たちが改めて驚きの声を発する。

 そんな中を、男は大臣に向けて説明を続ける。


「ただ、配信がその場から始まっているため、それが深層の最奥なのか、あるいは別の隠しエリアのようになっている場所なのかは判断が出来ていません」


 その言葉に、大臣は一瞬考え込んでから口を開いた。


「いずれにしろ、他国に先駆ける情報に変わりはない。探索者は特定出来ているのか?」

「はい」

「では、詳しい話が聞きたいと連絡の手紙を送っておけ」


 大臣の言葉に、一瞬場の空気が固まる。

 この緊急の事態に、手紙などと悠長な事を言いだしたのかこの大臣は、という反応だ。

 場合によらずとも、もはや官僚による直接的な接触が必要となる局面ではないのか、という反応だ。


「手紙でよろしいのですか?」

「良いとも。君等はあの配信を最後まで見たかね?」


 その言葉に、多くの者が首を縦に振る。

 話題となっている配信はそれほど長時間のものではなく、生で見ていなかったものもここに集められてからその内容を視聴しているのだ。


「では今現在、あの探索者がどこにいるかもわかるだろう」

「……時間の猶予があるうちに、下手に刺激しないように段階を踏め、と?」


 2番目に地位が高いの男の言葉に、大臣は鷹揚に頷いた。

「こちらが急いだところで、相手がダンジョン内での宿泊で数日地上に戻ってこないのでは接触のしようもないだろう。それならば手紙ぐらい届けておいて、向こうの反応を見たほうが良い」

「しかし……、あまりにも悠長過ぎませんか?」


 集まっている幹部達の中から、大臣にそう鋭い質問が飛ぶ。

 だが大臣は特にそれに反応を示さずにこともなげに返した。


「元来探索者とは自由な職業だ。少なくとも、現行の法の下ではな。では、君。法を今回は無視してみるかね?」

「……その必要もあるかと」


 そう応えた男を、大臣は笑い飛ばす。


「ハッハッハ、君は本当に探索者というものをわかっていないな。探索者というのはね、縛られるのが嫌いな存在なんだ。それを君たちが下手につついて日本から出て行かれでもしたらどうするのかね」

「それは……」


 大臣の言葉に、男は反応に詰まる。


「良いかね、他国からの圧力などどうとでもなる。今重要なのは、如何に彼を日本に止め置けるか、そして彼の活動をどうやって日本に還元していくか、だ。大量生産の一部ぐらいなら酷使しても良いが、今現在彼の代わりはいないんだよ」


 大臣の言葉に、幹部達の一部がはっとした表情をする。

 ダンジョン省、というダンジョンに関わる多くの事を決める省の幹部であるだけに、彼らには一部の者たちに限るが、ある種のおごりがある。

 探索者などどうとでもなる、言うことを聞かせることは容易い、と。

 実際そうやって圧をかけて、これまで探索者に情報提供をさせたことがある者もいた。


 ダンジョンの情報は基本的にそれを獲得した探索者達が自由に扱える。

 例えば最前線のルートの情報やモンスターの配置に関する情報なんて、攻略する探索者たちからすれば垂涎ものの情報だ。

 故に、最前線を行くクランや探索者事務所の者たちは、それら情報を商品として駆け引きを行っている。


 自分たちや所属する探索者が得てきた情報をただで他に共有してやるなどもっての他だ。

 場合によっては、その情報を独占することで数百、数千万、あるいはそれ以上の稼ぎになることもある。


 故に最前線を攻略している者たちの間で情報が共有されることは基本的に無いのだが、しかし、各国との探索競争に遅れを取れば不利になってしまう事を知っているダンジョン省の官僚からしてみれば、何を呑気な事をしているのか、と思えてしまうというわけだ。

 そして故に、一部のクランや事務所と関係のある官僚は、他の事務所に対して情報提供を迫ったりと圧力をかけることがあった。

 

 実際ダンジョン関係の法律の中で、必要とされた場合には情報提供をする義務がある、というものもあるが、これは基本的にダンジョン内での事件、殺人などに関して調べる際に活用される法律であって、探索した場所の情報を求めるものではない。


 しかし官僚達の中には、これを悪用して自分の贔屓のつながりのある事務所やクランに情報を流したりしている者もいるのだ。


 その最たる例が、昨今官僚との癒着が噂されているダンジョンエースという探索者事務所なのだが。


 さておいて。


 少なくともこの場において、大臣の言葉に反論出来る者はいなかった。

 これまで圧力をかければ簡単にとは言わないが情報を引き出せたトップの者たちではない。

 文字通りトップの者には、彼らの権力というのは通用しないのだ。


 こうして、ヌルこと生神鳴忠に対するダンジョン省の対応は、穏当なものになるのが決まった。




******




 そんな決定が為されていると知らなかった俺は、ダンジョンから離脱した後、ギルドで手続きをしてから、ダンジョンから少し離れたところにあるダンジョンショップ、ダンジョン関係の素材やポーション、武器などを売買出来る店を訪れていた。

 なおこの総合型のダンジョンショップの他にも、買い取り専門のショップや、逆に武器などの販売専門のショップも存在している。


「こんちわー」


 そのうちの1店舗、少し路地を行った先の、きらびやかな他の店と比べて寂れて見える店に入った俺は、カウンターのところに立っていた店員さんに声をかける。


「すいません、今って店長います?」

「は? 店長ですか? 裏にいますけど……」


 突然声をかけられたことに怪訝な表情をしながらも、店員さんはこっちに対応してくれる。

 そうだよな、急に来た客が店長呼べとか言い出したら意味がわからないよな。


「ちょっと呼んで貰って良いですかね? カミナリが来たって言ってもらえればわかると思うので」

「は、はあ……じゃあ……」


 それでも対応してくれる店員さんが奥に引っ込んでいった後、しばらくして別の若い男が裏から出てきた。

 さっきの店員さんもその後ろにいる。


 カウンターの前に立っている俺を見つけると、奥から出てきた店長が声をかけてきた。


「カミナリさん、お疲れ様です。一月ぶりくらいですかね」

「それくらいかな。元気そうで何より」

「そっちこそ、最近凄いじゃないですか。とりあえず、奥どうぞ」


 店長の俺に対する態度に目を白黒させる店員くんにペコリと挨拶をして、店の奥、バックヤード側のエリアに俺は通される。

 取引するものがものだけに、俺は表ではなく裏で店長と直接やり取りをしているのだ。

 店員の中でも、俺を知っているのはごく僅かである、はずだ。


「配信、見ましたよ。でも今日は随分早かったですね?」


 バックヤードの奥まで行った所で、店長がそう話しかけてくる。


「ああ、ちょっと国というかダンジョン省から連絡が来てな」

「うげっ」


 俺の言葉に、うげっ、という顔を店長がする。 

 というか声に出した。

 まあ俺とは後ろ暗い事をしていないとはいえ、他の探索者とは後ろ暗いことをやっている場合もあるこの店だ。

 お上の話は出来れば聞きたくないだろう。


「それで戻ってきたんです?」

「流石にな。だから今回は魔石しか持って帰れてないんだ、すまんな」

「いえいえ、そんな毎回期待してたらバチが当たりますよ」

 

 会話をしながら、俺がポーチから魔石を出して籠に載せ、それを彼が鑑定する。

 彼は探索者の中でもそれなりに見かけられる《鑑定》というスキルを持つ者の一人だ。

 

 彼のように、探索者として活動はしないが、最低限一度はダンジョンに入って、スキルだけでも手に入れようという人はそれなりにいる。

 実際に彼のように役立ってもいるし、ギルドにも魔石を鑑定するために数名は《鑑定》スキル持ちがいると噂には聞く。


「あー、そう言えばカミナリさん、あれ、報告上がってましたよ」


 ちなみにカミナリさんというのは、俺がここで名乗っている偽名である。

 『生神鳴忠』の間を取って神鳴。

 カミナリだ。


「どれだ?」

「カミナリさんの持って帰ったものが良い効能を持ってないかみたいな、調べてたじゃないですか」

「ああ、確かにあったな」


 今のところダンジョンで発見されている資源だが、鉱石類や植物、ポーションやマジックアイテムなど様々にあるが、その中でも植物は、今のところ発見されている限りにおいてはファンタジー的な要素が無いものばかりだった。

 例えば地上には存在しない魔力を秘めた鉱石だとか、未知の回復効果をもたらすポーションや、容器に入れれば内部の空間を拡張出来る魔法のオーブなど、いわゆるファンタジーらしいものはダンジョンから多数入手される。


 その中で、植物だけが今のところ、ポーションの材料になりうるのではないかとされる薬草を除いてだが、ファンタジーらしい効能を持っていない毒のあるものばかりだったのだ。

 それ故に、数年前になんとか深層を突破しその先の階層を知った俺は、様々な資源を持ち帰っては、それらがどんな効果を持っているか調査を頼んでいた。

 もちろん植物に限らず持って帰っているが、特に植物については、薬草に限らず何らかの効果を持つ植物があるのではないか、と期待していたのだ。


「で、どうだったの?」

「やっぱ部分的に魔法的な効果があるみたいですね。一番凄いのは『りんごもどき』食べた人の病気が治りかけたことっすかね。その後複数食わせたら完治してました。『天使のりんご』ってあだ名で呼ばれてますよ」

「まじかー……結構効果でかいな」

「ですねー」


 そこまで効果が大きいものがダンジョン産とは言え手に入るとなると、手に入れたいという者は当然のことながら多くなるだろう。

 だがオークションにでもかけてしまえば値段が釣り上がることになるし、かと言って固定価格で販売すれば確実に血を見るような奪い合いになるのはわかる。

 病気もどの程度の病気までなら治るのかが不明だが、わかってくれば更に争奪戦は激しくなりかねない。


「そっちの上はなんて言ってる?」

「流石にこれは国に届けないといけないかなって感じの話はしてますよ。というかあれですね。カミナリさんもダンジョン省からお手紙来たなら一緒に国の役人さんと話しても良いんですよね。別にカミナリさんのこと秘匿しなくても」

「……ま、そうなるか。俺の名前は出して貰って構わないって伝えといて」

「了解です」


 一応ここのショップの裏にいる企業のお偉いさんには俺の名前は伏せておいて欲しいと伝えていた。

 深層を越えていることがバレて騒ぎにならないように口の堅いこの店を選んでいるわけだし、向こうもその分他に先んじてアイテムを手に入れて研究が行えるので互いにWIN WINの関係だった。


 ただ今回俺は深層の先の世界の多くを配信した。

 それによって、俺という個人、そしてダンジョンの深層より先を知る探索者がいる、ということが周知された。

 そして新しい階層、エリアがあるということは、その分新たな資源、物資が期待出来る、ということだ。 


 これによってこのショップやその裏にある企業が別段困ることは今の所はない。

 なぜなら、俺が提出した品々は総量が少ないのも合って、あくまで企業のうちか、企業が雇っている探索者に使わせたり臨床試験をやったりするのに留まっているからだ。


 いきなり俺とその会社の関係が取り沙汰されて、問題になる、なんてことはない。

 加えてそもそも、ショップでのアイテムの売買やそのアイテムの行き先については特に制限は無いため、その繋がりが批判されることも基本的にはない。

 まあこの制限が無いのは、管理しきれないのでしょうが無い、という消極的な意味で制限が無いだけだが。 

 

 ああついでに、国境を越えるのは流石にアウトだ。

 ダンジョン資源はそれほどに国力競争において重たい。


 ただ、いつまでもそのままでいられるわけでもない。

 今はまだ俺が持ち帰った量もそこまで多くはないので実験にのみ使用しているが、将来的には会社としては、売り出して行きたいものであるのは間違いない。


 その際に、あまりに効果が大きすぎるものや全く新しいものを世に出すのに、ダンジョン関連の法律は厳しめに作られているので、小さい規模ならともかく流通にのせるならば流石に国の認可を得ずに、というわけにはいかない。

 故にここらがダンジョン省に報告しどきである、というのは間違いない。

 

 それにダンジョン省の方も、国の機関であるのでそこまで1つの会社に介入する、ということはそうはない。

 日本でのダンジョン関連の産業は、国主導ではなくあくまで経済の一部として存在している段階だ。

 故に、何か大きな不利益を被ることに関する心配はない。


 無いが、ここから物事はある程度大きく動き始める可能性が高い、ということだ。


「……計算終わりました。今回も上質な魔石をありがとうございます。おかげで良いものが作れるって研究所の奴らも喜んでましたよ」

「そりゃありがたいな」


 魔石の使い道は色々ある。

 まずは魔石をそのままに、ダンジョン探索の道具として活用する方法。

 魔力の伝導率が高いので、魔法を使う探索者の杖などには大抵使用されている。

 他にも探索用の魔道具などがいくつもある。


 そしてそれは地上も同じで、魔石を利用して電化製品並の製品を作ったり、あるいは物理法則の中では不可能なカバンの中の空間拡張や、防御バリアのような魔法具の開発、販売なども行われている。

 もちろんものによっては非常に高いが、それ以上に魅力的な魔法具が多く、売れ行きは好調だ。

 

 その分社会に与える影響も大きいので、新規開発された商品には、日本の場合はダンジョン省の、各国でも相当する国家機関による確認が必要となるが、逆に言えばそれほどまでに魔法具の価値とポテンシャルは高い、ということだ。


 そしてより性能の良い魔法具を作るには、それ相応の魔石が必要となる。

 魔石の純度や質は階層が下るごとに上がっていくので、必然的に俺が深淵から持ってくる魔石は、世界で最も質の良い魔石だ。

 そのために、このショップの裏にある企業は、他を凌駕する高級品が稀に販売されるとして注目を集めていたりする。

 

「じゃあいつものところに振り込んでおきますね」

「ああ、それで頼む。今日もありがとな」

「いえいえ、これも商売ですから」


 ここのショップは、俺の中では足元を全く見てこなかったのでかなり信頼を置いている。

 普通訳あり品、まあこの場合はあまり表に出たくない俺の理由を察したら、足元を見て手数料だの口止め料だのを求めるようなショップもあるぐらいには、ダンジョン関係のショップというのはたちが悪いところもあるのだ。

 その点この店はちゃんと商売をしてくれるので、俺はここを使い続けているのだ


「そう言ってもらえると助かるよ。じゃ、またな」

「またのお越しをお待ちしております」


 店長に礼を言って、バックヤードの出口の方へと歩いていく。

 その俺の背中に、店長から声がかかった。


「ああそうだ、カミナリさん」

「何だ?」

「多分上から連絡が行くと思うので、そのつもりでお願いします」


 上とはつまり、このショップのオーナーである企業のことだ。

 内容については、まあ色々あるだろう。 

 今回の配信のことに、今後のアイテム納品の話。

 後はダンジョン省と話すうえでの口裏合わせなんかもあるだろうか。


「あいよ」


 彼の言葉に軽く返事をした俺は、今度こそバックヤードから出て、表の入口から店を出た。

 途端に、スマホが振動を始める。

 見ればまさしく、今言われた『上』のお1人だった。 


「色々、話さんとかね。はい、もしもしカミナリです」


 電話に応答しながら、俺はダンジョン関連のショップが並ぶ道を歩いて、家への帰路をたどるのだった。 

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